虐げられた婚約者は、誰だ
お読み頂き有難う御座います。
婚約者が『姉』を構いに行ってるお話です。
ホラーの方が宜しいですかね…。分からない…。
此処は色とりどりの季節の花がふんだんに咲き乱れた若い御婦人に人気の美しい庭園の前の、素敵なカフェ。
楽しくも甘やかなデートへと心弾む人気スポット。
華やかな装いで佇む人々が、次々と待ち人と落ち合う中。
でも、あたしはひとり。可哀想なあたしは、ひとりぼっち。
差し出されるのは、使用人から渡された慇懃な手紙のみ。
中身は『本日の会合はお断りしています』
あの人は、今日も来ない。
「貴女は、本当に意地悪な方ですね」
何度目かのデートのボイコットで、つい漏らした恨み言の返答投げ掛けられたのは、冷たい視線と言葉だけ。
どうしてなの。
あたしは何も悪いことなんてしていない。
意地悪なのは、貴方の姉。悪いのは、崇高なあたし達の愛を妨げる意地悪な姉なのに。
「先約を守って、何が悪いのです?
そもそも、前回の急で無理な呼び出しには『謹んでお断り』していましたよ。それでも待つと言いはるから、態々使者まで出したのですよ」
「そんな……。でも、だって」
どうしてなの? あたしが愛する、愛しい愛しい貴方はどうしてそんなに冷たいの?
将来を共にするのはあたしだけだと、憂いを湛えた目で誓約書に署名をくれたのに。
誠実と真摯な誓いをくれた筈。
それなのに。
彼は、悍ましいことに血の繋がらない姉を耽溺している。
それこそ、彼女に呼ばれたらどんな芝居の最中でも、逢瀬の道程でも即座に席を立つ。
あたしとの約束を直ぐ反故にする。
家族想い?
いいえ、こんなに頻回だと異常だわ。
婚約者よりも汚らわしい血筋の姉を優先するだなんて、おかしすぎる。
どっかの家の要らない不義の子を、彼の家で隠してるんだって、聞いたもの!
だけど、あたしは無理して微笑んで許してあげてきた。
だって、貴方を愛しているから!
王家主催のパーティで、冴えない男達の中スッと立つカッコいい貴方の姿を見初めてから、寝込む程恋焦がれているから!
今だって、あたしに向けられる恨みがましい目を許して、思いやりのある言葉を探してあげているのに。
決して責めている素振りすらみせていない、おおらかな心を捧げているのに!
「ですから、もう……聞いているのですか?」
「お、お姉さんに構うなとは言っていないわ!
だけど、ずっとじゃない! 何時も何時も具合が悪くなったって……」
思い出しても、異常だわ。
昔に負った小さな傷が痛んだだの、ちょっとした熱が出ただの。
彼は医者でもないのだからそんなもの、使用人に任せておけばいいじゃない。
それなのに、彼は姉の元へ駆け去ってしまう。
何度も。
何度も何度も何度も!
あたしの邪魔ばかり! 気が狂いそう!
「だから、姉の具合が悪くなってるんです。
貴女には何故、具合が悪くなったのか理由が分からないんですか?」
「軽い不調でしょう? こんなに頻繁なんておかしいわ!」
「軽い不調、ね。そうですか。そうお考えですか」
「お姉さんの立場を考えるべきよ! 高貴なのは」
「高貴なる血筋なのは、義姉の方ですよ。
貴女よりずうっと、高貴な身の上です」
此方に向けられるのは剣呑な顔なのに、ハッとする程美しくて……つい見とれてしまうわ。
あたしを一番に考えてくれない辛い辛い言葉ばかり、掛けられているのに。心の高鳴りが止まらないわ。
あ……そうだ。
きっと、彼は板挟みで辛いのね。
姉からのストレスに苛まれて、辛いんだわ。あたしには気を許してるから、少し冷たくなってしまうだけ。甘えてるんだ。
高貴なる血筋を振りかざして彼に無理を強いるだなんて……何て酷いのかしら。
「ねえ。甘えてくれてるのは嬉しいわ。でも、あ、わたしだって……王家の血を」
弱々しく抗議して、身の程を知らせてあげようにも彼は解ってくれない。
そんなに姉が怖いのね? 本当に可哀想。
「未だ明らかになっていないことを、高らかに宣言なさるその根性は本当に図々しいですね。
こんな往来で、何を宣う気なのやら」
「……」
脅すようでこんな事言いたくなかったのに、本当に辛いのに。
どうしてそんな事を言うの。
そもそもあたしが王家の血を引いているから、この婚約が成り立ったと聞いたのに。だから貴族の家が迎えに来たのに。
解っている筈なのに。
どうしてそんな顔をするの。何もかも嫌だとばかりに溜め息を吐くの。
どうしてあたしを疎んでいる目を向けるの。
あたしはこんなに必死に訴えているのに。ふたりきりなら遠慮しなくていいのに、そんなに姉に脅されているの?
それとも、あたしの心を振り回したい趣味? 困らせて喜んでるの?
好きな娘を虐めたいにしても、ちょっと酷いわ。
「一目でも会いたいと無茶振りを何度もされたので、出向いただけです。いい加減、分かってください」
「そんな事、許されないわ!
ねえ思い出して。あたし達は愛し合っているの!
そんな姉とかどうでも良いでしょ?
家の権力になんて負けないでよ!」
「言うに事欠いて……権力になんて負けるな? 愛? そんなもの、何時生まれていたのかなぁ。
有ったとしてもとうに尽きますね……」
あんなに、出会った時は優しい言葉を掛けてくれていたのに。あんなに愛しそうに瞳を潤ませて見つめてくれたのに。
どうして。
あんな見窄らしい弱っちい姉のせいで!
「いい加減、現実を見たらどうですか」
「貴方こそ、目を覚まして! お姉さんでなく、あたしを見てよ! 貴方の愛は全部あたしに向けてよ!」
ああ、あたしの優しさは決壊してしまった。きっと、口にすべきではなかったのに。
つい、心の内が涙と共に零れ落ちてしまった。
止めどなく溢れた涙は、コロコロと真珠のように頬を滑り落ちて、ドレスに染みを作ってしまう。悲しみで崩れ落ちたあたしに手を伸ばすべきなのに。
それなのに、彼は鼻で嗤うばかり。
一体どうしてこうなってしまったの?
誰の言葉なら、彼を元通りに戻してくれるの?
遠ざかっていく背中が、果てしなく遠い……。
どうしてよ。
婚約者は愛し合うもんでしょ? 同じ時間を過ごして一緒にいるもんだわ。
何で置いてくのよ。
こんなあってはならない事が、何時まで続くの……。
「負けないわ……」
そう、負けてはダメ。
あたしは、王都の小さな家に生まれた単なる町娘、だった。
だけど、世界が変わったのは、とある曇り空の蒸し暑い日。あの日を忘れてはダメよ。
「お前は王様の娘なのよ」
時々、鼻と頬を赤く染めたお母さんがそう言ってたの。
口は悪いけど、沢山の男の人に好かれる美人なお母さん。気風も良くていい女だと言ってたわ。だから、そんなお母さんに王様が惚れ込んじゃうのも無理はない。
「その胸の痣は、アタシとアンタだけ王様に頂いたんだよ」
「そうなの?」
「シビバナだよ。王家にしか咲かない特別な印んだ」
あたしの胸には引き攣れた赤い跡がある。
寒い日には痛むし、火傷だと思っていたけど、コレは王様の娘の証なんだって。
王宮にしか咲かない、高貴な花だそうなの。
この重厚な模様はきっと、昔住んでた丘の上のお屋敷に咲く大きい花みたいなのかしら。
皆と違う印を持つあたしにぴったり。高貴なお姫様に相応しいの。
あたしは嬉しかったわ。こんな、ホコリだらけの安宿の物置で寝るような生活は嘘なんだもん。
それに秘密だけどね。
胸がときめくと、傷の治りが早いの。
きっとこれ、王女の印だわ。特別な力が有るのよ。
お母さんから約束された未来を聞いてから、幾日か過ぎた晴れの日。
小綺麗な馬車が、宿の前に止まった時。
お迎えに来た……! って、あたしは確信したわ。
お母さんの話は、本当だった!
その日からあたしは綺麗なお屋敷で召使いに平伏される、お姫様になったの。
ホコリと湿気が立ち上る、ゴミと酒瓶が溢れた部屋から抜け出して……!
キレイで相応しい姿に生まれ変わったの。
お母さんは、何時の間にか居なくなってたけど……。お父さんと居たいからでしょ。きっとその内会えるからいっか。と考えてた。
そして、素敵な婚約者も出来た。彼に出会ったのは素敵なお屋敷。あたしを此処に連れてきてくれた王様の臣下が与えてくれたのよ。
あたしが見初めた、あの彼!
でもそれなのに、何でか陰気で邪魔な女も着いてきて……。
「あんな……骨みたいな色の髪の変な女嫌よね!
あたしの方がキラッキラのキレイな髪なのに!!」
ボサボサで骨みたいに不吉な白い髪が不気味だった。顔色なんて、道端の酔っぱらいより酷かったし!
蕩けるような透ける太陽の金色の髪のあたしとは全然違うのに!
婚約者はあの女の髪を褒め称えて、あたしを全く見もしなかった。
故郷の男達は皆、カワイイあたしに夢中だったのに。
でも、その内彼は変わると思ってた。身近な女が他に居ないからよって。
王様は美しい金髪をされているって聞いたわ。
だから、あたしは王様の娘……王女様で間違いないのよ。胸に印もあるもん!
今は耐えて……皆の前であたしが認められた時、彼はきっと変わってくれる。
あんな汚らしい姉がくたばろうと死のうと、あたしのところへ戻ってくるわ。
あの女に騙されてた、間違えてたって、抱きしめてくれるのよ。
「負けないわ、きっと。あの卑しい女を踏み越えてこそ……愛は生まれるんだもの」
きっと、これは試練なんだわ。
この跡を見せれば、世界は変わる筈。あたしに全て優しい世界になるのよ。
芝居だってそうだもんね。
そして物語のようにチャンスは、突然やってきた。
あたしを引き上げた貴族が、あたしを王宮へ連れて行くって言ってきたの。
勿論行くって言ったわ。
「明日は、王様に……本当のお父さんに会えるのね」
メイドが運んできた綺麗な寝間着を着て、綺麗な布団に包まる。
明日はきっと、あたしの世界はまたくるっと変わり、更にもっと輝くの。
お父さんに愛された王女として、彼に愛された幸せな女として何もかも上手くいく。
目を開けていられないくらいの熱量に包まれるんだわ。
でも。
「どうして」
頭上には、魚の鱗よりもキラキラ煌めくシャンデリア。
足元にはまるで踵を覆う程毛足の長い絨毯が引かれて。
沢山のフリルを重ねた重いドレスは、彼のリードで軽やかに揺れる。
夢見た光景なのに。
周りの偉そうな奴らからは、あたし達の美しさと偉大さに手放しで褒められる筈で……。
褒めてくれる……沢山の人が、居ない?
部屋を間違えた? って振り向いたら……。
ガチャガチャガチャって足音が響いて……急に眼の前がひっくり返っただけ。
頭が、胸が痛い!
痛い。
どうして。
「な、何故、何故、何故、どうして!?」
押し付けられた肩が痛い!
どうして、あたしの首に冷たい刃が突きつけられているの!?
どうして、床に押さえつけられているの!?
あたしは、王女なのに! 傷の治りが早いって言っても、痛いのは嫌!
「どうしても何も」
落ち着いた彼の声が、がらんどうのホールに響き渡る。
目を必死に動かしたら、上の方に……彼がいる。
……いえ、もうひとり。
彼の腕の中に居る女は、あの見窄らしい姉!?
どうしてよ。
まだ騙されてるの!?
「罪人め。お前の悪事も此処までだ」
「あ、悪事!? 何もしてない! 誤解よ!」
「身分を騙って、ガルーバ家の財産を掠め取った平民の分際で」
身分を偽った!?
勝手に迎えに来たの、あっちじゃない!
あたしは貰えるものを受け取ってただけ! だって、その権利があるから……!
王女だから!
あ、そうだ。
今こそ見せなきゃ!
「ちょっと待って、見て、この胸の印を!」
コレを見たら、間違いなく大丈夫!
間違ってるって、証明出来る!
必死で押さえつけられてる中から這い出して、釦が千切れるのも構わずに胸元を破った。
繊細なレースとは言えか弱いあたしにこんな力、出るなんて思わなかった。
痛い。細い糸に切られた指と膝ががジンジン痛む。
「……」
ほら、周りがざわついてる。
見てよ。コレが証拠よ。
あんな女、直ぐに排除されちゃうわ。あたしを押さえつけた騎士と一緒に、処分されちゃうのよ。
「まあ、殿方の前だと言うのにはしたない方。
……それ、罪人に捺される焼印ですわよ」
「……は? 何言ってんの……?
コレ、王女様の印の花でしょ?」
顔が真っ赤になるのが分かる。あたしは好きで服の下を晒してない! 決死の思いでやってるのに!
なんて嘘つきなの、コイツ!
「王女様の花? 罪人を埋めた跡に植える種から生える草ですけれど。花の方に目を向けるのはどうでしょうね」
何を言ってるのよ、この女。
あたしを騙そうとしてるんだわ。ちゃんとお母さんから聞いてるんだから。
「貴重な土地を占拠する罪人墓地を作らず、再利用出来るような良い土地にする肥料。
いい肥料になるんですよ。死肥花は」
そう、シビバナ……って。
ひ、肥料……?
罪人、墓地……!? 何よ、何よそれは!!
心臓が鳴るのが早い。暑い。痛い……。
「地下茎が膨れて何もかも丸呑みして、全てキレイな土になるんですって。オマケに、救荒作物にもなれる素晴らしい改良野菜ですね」
「や……やさい!?」
「生きている時に植え付けられたケースは初めて見ますね。施術者は余程、腹に据えかねたのでしょう」
言ってることが意味分からない。
あたしの胸の花は、罪人の証で、野菜!?
え、植え付けられたって……これ、単なるアザとか模様じゃないの?
生 き て る の?
胸の上で脈打つのは、心臓じゃなくて……花が?
私の血で、生きてるの?
眼の前が赤くて、よく見えない。
「態々誰も見たくもない貧相な肌を晒し、証拠晒しを有難う御座います」
「み、見たくないって、そんな」
だって、ちょっと襟を捲っただけでも皆喜んだのに。色っぽいって、手を叩いて喜んでたのに。
何で、彼はそんなに嫌そうにあたしを見るの。
……前は、ええと、前は。
彼は、どんな顔をしてたっけ。
今と同じ、嫌そうな、顔……?
「はあ、怖気が奔る。無作法で気味の悪い。ブルーベラに癒やしてもらわなければね」
「まあ、旦那様ったら」
アンタ、姉でしょ!? 何であたしの彼を旦那様だなんて、なんて……。おか、おかし……い。
「だ……んなさま!? あ、アンタの、アンタは、あたしの婚約者……」
「名前もご存じないのに? 名前も呼ばれたことがないのに? そもそも私と彼の関係は、姉弟ではないのに」
名前……。なまえ、なまえなまえ。ええと、名前。
庶民の時の名前、は棄てたから。
あたしの、王女様としての名前……。彼の名前と、並んでピッタリの……。
頭を打ったから、思い出せないだけ。きっとそう。
胸が熱い。なんで、胸が破けて開きそう。
「あたし、あたしあたしたしたし……し……びび……」
痛い……。
見えてるのに。体が、動かない。口が動かない。いえ、口が勝手に動いていく……!
「私が病弱なのかは、貴女の母親のせいよ」
「……し、しび……あ…し……」
「あら、もう乗っ取られた。意外と私より体が弱いのねえ」
耳に聞こえる音は、震えて流れていく……。
国王陛下には現在の王妃殿下と御結婚なさる前に、愛する方がおられました。
ですが、同時に言葉巧みな田舎娘に愚弄されましてね。
一夜の既成事実を偽造されたのです。
あの時の王宮は戦乱の後で混乱しており、本当に乱れていました。
その衝撃を間近に受けた想い人……当時身重だったジーエ伯爵令嬢クロリフィーは身を隠しました。
田舎娘は何せ、狡賢い女でしたからね。
身分をジーエ伯爵令嬢と偽り、周りに悪評をバラまいていたんですよ。
冤罪を擦り付けられる前に、幼なじみ夫妻のもとへと取るものも取らず……必死で逃げたそうです。
お気の毒に。靴も履かず逃げたせいで今でも足と肺が不自由でいらっしゃる。
さて。
月満ちて、クロリフィー嬢から生まれたのは見事な子供。成長するにつれ、卵の黄身のような見事な金色の髪を靡かせる……誰かを彷彿とさせる豪奢な子供に成長した。
女で良かった。男ならば殺されていた。王妃様には王女しか授からなかったから。
お目溢しされるだろう。何せ、長子でもない庶子の娘には継承権は無い。
そう、噂になったのです。だから、地方でおとなしくしている筈だった。
王女だ王女だと騒ぐ偽者が現れなければ。
十年苦しむ毒を塗ったナイフの的になることは、無かったのに。
「さて。態々臭いを丹念に消した煮凝りを、再び煮やしてかき回しに来た愚か者。
誰しも隠したい事実を開いたからには……掻っ捌かれる用意は有るのだろう?」
「掻っ捌くにも、お作法が有るものね。
冤罪は……罪だもの。
貴女が被せてくださった冤罪、とっても辛かったのよ」
みしり、と皮膚の下で音が鳴った。
深淵から這い出た本当の婚約者ですから。




