初陣(嫌々)
「眠い」
朝日も上がり、昼より少しは前の頃。私は馬の上、ロブや屯田兵の皆様に囲われながら行進中。ふぁぁ……と周りには出来る限り見せないように、欠伸を殺した。
ミリゼとのお泊り会も無事終わり、平穏な日常が戻って来た。あの子、最後の方は死にそうだったり、覚悟キマった顔だったり忙しそうでしたね。なんでだ?
失礼晒したのは私の方なのに、優しいなぁ。まぁ許せないような奴だったら、そもそも呼んでないけど。
「一難去ってまた一難ねぇ」
「お嬢様、何か仰いましたか?」
「小競り合いね、って」
「確かに」
横に付けているロブと話す。今日の直衛と私は魔法鉱物製のフル装備だ。それもその筈、ちょっとした戦闘があるからね。旗印が要るからって12歳、涙の初陣です。
父上が腐敗貴族に粛清っていう暴風を吹かせたお陰で、一部の他貴族領で無事反乱が起こりました。悲しいねぇ。父上も兄上も、その火消しで大忙しなのだ。
「偵察は?」
「数分前に。距離1時間強、数は千五百弱」
「確度は?」
「イリルからです」
「なるほどね」
直衛の一員である。青髪短髪のカワイイ系、顔に対して武器はメイス。優秀で非常に真面目な軍人さんだ。顔に対して口調も真面目。脳がバグる。
イリルが言うなら間違いないでしょ。内通してたらどうせ負けだし、直衛調査も白だった。
「編成は?」
「パイクが主軸にて、騎兵が二百程度、魔法兵が十数名」
「魔法兵か……」
「槍で囲むでしょうね」
魔法兵をど真ん中に置いて、パイクで囲って魔法ぶっ放すのが世界のド安定戦術らしい。実際強いし。
魔甲騎兵がいなけりゃ、ね。ロブ達、全身を魔法金属やダンジョン産アイテムで固めてんだもん。ちな私も。恐ろしいことに、銃弾が貫通しねぇんだ。意味わからん。
「任せていい?」
「その為に、我々はおります」
「心強いわ」
少しだけ得意気に胸を張るロブと直衛。最近出番無かったもんな。
ま、魔甲騎兵は維持費と編成費がバカにならないから精鋭中の精鋭って感じになるけど。お陰で銃の研究が進んでねぇ。
「ロブ」
「?」
「冒険者ギルドの方は?」
「あぁ……完了しております」
「そ、なら良いわ」
ロブさぁ、引かないでくれる?別にちょっと頼んだだけじゃん。冒険者ギルドを通して、存在しない本軍が後続で迫ってる事。相手の伯爵に協力しなければ税優遇、お咎めなしってのを駐屯する街に流しただけ。やるだろ!それぐらい!命掛かってんやぞ!
「どう出るかしら」
「そこまで詰めたなら、一つしかないと思いますが……」
「分かんないわよ?」
今度はロブだけじゃなく、直衛みんながジトっとした目で見てくる。いや、予想外は常に発生するものだし……。でしょ??
そうしてのんびりと、でも確かに戦地へと進んで行く我々でございました……。
//////////
「……お嬢様」
「見えたわね」
数は想定通り。位置は街の外らしい、外周で騒ぎ?調略は成功?一旦、隊形取って寄るのが正解か。
「戦闘隊形、横だ」
「隊形変更!横隊!」
後ろがにわかに煩くなる。停止して、隊形を完全に整え始めた。向こう側も接敵に気づいたのか、同じように陣形を取り始める。
「ま、気づくよね」
「先に準備は出来るかと思われます」
「偵察は?」
「十分前の段階にて伏兵無し、予備見えず」
「そ。隊形が出来次第、距離を詰める」
「了解」
しばらく隊形を変えながら両軍が睨み合う、奇妙な時間。ロブに目くばせすると、皮袋に入った水を渡してくれた。あ、美味しい。フィガティーだ。沁みるぅ~。
さぁて、どう出るかな。私は責任だけで生きてるけど伯爵、貴方はどうなんだろうね。ま、死ぬより酷い目に遭わされるのは勘弁だ。
「完了です」
「……やるか」
「はい」
「前進!!」
私の号令で、横隊が動き始めた。ハルバードを上に掲げる、横に広がった五百人が前進する。圧巻の光景ねぇ、小規模でこれなの凄いわ。間に長剣兵が入り、囲むように魔力発火式のマスケットを持った兵が歩いている。これで戦闘態勢が完成や。もう負ける訳ないで!はは!頼むわ。
「数は不利」
「質は圧倒的優勢です」
「は。確かに」
弱気を溢すと、ロブがすかさず修正を入れてくる。出来る男ねぇ。私が転生者じゃなかったらキュンキュン来てたのかもしれん。そういうの、無いんだよなぁ。
「左翼に移動いたしませんか?」
「わざわざ提案にしなくていいわ」
「では、移動を」
「えぇ」
私を守るように展開していた騎兵たちと横隊の左側へと移動する。結局私も突っ込むのこれ?別に嫌なんだけど。ガチャガチャパカパカと雑多な音が鳴り響いた。戦いが迫っているのを、素直に感じた。
「私は?」
「銃兵の護衛を付けますので」
「じゃ、任せた」
「任されました」
直衛一同が私の方を向き、左腕をほぼ直角にし、右胸に手を当てた。全く違和感のない、鮮やかな動作。私でさえ、少し感動してしまう。戦場補正かもしれん。
んでしばらく前進してると、向こうは若干まだバラけてる戦列ながら先に魔法兵が動いた。火球や土球が散発的に飛んでくる。まぁ当たらんよ。あ、右翼に土球が掠った。あ、当たらんよ。
返すようにこっちの銃兵が先んじて射程にまで進み、発砲を始めた。エリート兵科だから、火薬の量や銃身の強さもマシマシなのだ。ドン!と大砲寄りの音が散発的に響き、向こうから悲鳴が上がる。かわいそ~。私なら撃たれたくないね。
「敵、もう手詰まってない?」
「はい」
お互い睨み合いながら距離を詰めていく。向こうも詰めないことには勝ち筋が無いことを悟ったのか、かなり早いペースで前進してくる。お陰で、戦列が更にバラけている。
「斧槍構え!」
ハルバード部隊の部隊長が号令を掛けると、一斉にハルバードが前を向いた。間に潜む形で長剣を持った皆様がスタンバイしている。皆一様に表情は引き絞られている。
向こうのパイクも前を向いた。お互いの穂先が少しづつ近づき、やがて当たった。ヴォ~ッとお互いに吠え、前に出したり下がったりと槍で突っつき合う。
「突撃!!」
長剣兵が槍の合間を縫って敵側へと進み、パイクの穂先を切り壊し始めた。いい仕事。敵のパイク兵は後ろに下がろうとしてつっかえている!
「さて」
後ろで悲鳴と雄たけびが聞こえる戦況を眺めていた。銃兵の皆様は私の周囲をしっかりカバーしてくれている。ロブ達とはまた違った安心感ねぇ。
「敵騎兵、来ております」
「ん。ロブ達が当たるわ」
壮年の男であられる伯爵様は、見るも無様な表情でなけなしの騎兵をこっちに突っ込ませてきた。あらまぁ。直衛五人を先頭に、こっちも敵騎兵へ突っ込んでいく。
騎兵同士が当たった瞬間、敵の前衛騎兵が数人、宙に舞った。えぇ??飛んでんだけど。ロブたちってこんな強いの?音もキン!とかじゃなくて、ドゴォン!だもんな……。こっわ。
伯爵殿、敵ながらかわいそ~。こんなん全体的にどうしようもないじゃん。ま、反乱起こしたのが悪いよ。
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後は普通に消化試合だった。適当に優勢とってボコって、伯爵は街から締め出される。う~ん憐れ。
「ソフィア……」
「伯爵、久しいわね」
縄で縛られ、地面に転がされてる伯爵。私が馬上から声を掛ける。
「父上の粛清。そんな怖かった?」
「他領と連携さえ取れていれば……」
「無茶な仮定するわねぇ」
「本隊の接近も」
「そんなもの無いわ。私が流した偽報」
「……は?」
呆然とこっちを見る伯爵。敗軍の将は無様ねぇ。偽報に踊らされて、慌てて兵を興して、負ける。
「冒険者ギルドは中立だ。嘘な訳」
「中立と公平である事は違うわ。アイツら、下手な商人より利に聡いわよ」
「バカな」
足元見られたって父上がぼやいてたわ。フェロアオイ公爵家の本家と冒険者ギルドは協力してくれてるから、今回は色々楽だったけど。本家無しだと手を焼いてたでしょうね。
「まぁいいわ。処遇、察してるでしょう?」
「命……。どうにか、なりませんか?」
「何が出せるの?」
「ソフィア。いやソフィア様に、私の持つ全てを捧げます」
ちょっと弱すぎるかなぁ。カスじゃないの。溜息をついて伯爵を見ていると、直衛たちの雰囲気が少しだけ不安に振れた。えっ、なに生かすと思われてるの?
「本家と貴方を比較出来ないわよ」
「僭越ながら、フェロアオイ公爵家は力を持ち過ぎております」
「まぁ、事実ね」
「誰かが、止めねば」
「止めてどうするの?」
誰があの超絶大規模な血族官僚を管理するの?実権のない王族なんかやれないぞ、王国は巨大すぎる。しかも法務やぞ、ギリ腐敗してないのは奇跡なんだからな?
「王に、国権を」
「無いわよ。出来ない者に返してどうする?」
「……王を侮辱するか、七大!貴様らが腐敗の温床だ!」
「聞き飽きたわ。もういい?」
「悪魔め……!」
「はいはい。連れていけ!」
グググ……!と蹲って唸る伯爵を眺めながら、適当に指示を出す。適当に抱えられて、牢へと連れてかれた。本人は処刑するとして、一族はどうしようかなぁ。まぁ貴族位、領地剥奪でいっか。若いのには数年賦役も足しとこ。体力残して解放したら、また反乱起こされちゃうし。やだやだ、勘弁して欲しいわ。ダルすぎ。
「お腹空いたわねぇ」
「お嬢様……」
ロブがまた、こいつマジ?みたいな顔で見てくる。その反応、テンプレ化してきてない?そろそろ夕方だし、お腹も空くでしょそれは。なんだよ。
「初陣なら及第点ってとこかしら?」
「素晴らしいかと」
「世辞でも嬉しいわ」
──────そうして、私の初陣は終わりを告げた。戦争はもういいわ、満足。




