ダルすぎお披露目会その二
「でねでね!ウチの家令がね!」
「ふむふむ」
「こう言ったの!『ミリゼ様は光る花みたい』って!」
「あら、それは素晴らしいですね」
「でしょ!」
ミリゼ嬢の話を聞きながら、適当に相槌を打つ。確かにその金髪は、下級貴族にしては非常に手入れされますわね。
勢いよく話すものだから、対面に立つ彼女の髪はブンブン揺れている。奇麗だし、面白い。う~ん気に入っちゃうなぁ。こういう元気で無邪気、若干傲慢なのは好きだ。でも両親が見たら「冗談でしょ?」って感じなんだろうな~。
「髪のお手入れ。秘密があるのかしら?」
「よく聞いてくれたわ!」
ビシッ!と指を向けてくるミリゼ嬢。お気に入りポイント、プラス一点。娘や年の離れた妹なんだよな、感覚が。
「エデロル領の特産品よ!」
「というと?」
「アブラナ!」
「おぉ」
良質な菜種油が取れるって感じか。普通に凄いな。フェロアオイ領はいかんせん広い盆地で、強みしかないんだけど……こういう一点突破!ってのは無い。強いて言うならウールか。
「髪油を使ってるの、しかもふんだんにね!」
それはそれでいいのか?美しいものはバランスって、ミモザが言ってたぞ。でも先生はポヤポヤ一点突破だしな……。
「後であげるわ!」
「よろしいので?」
「勿論!父上は言っていたわ!『宣伝してこい!』って!!」
「あらあら」
商魂たくましいな。なら、源流は商家系か。ともすればミリゼの雰囲気も説明がつく。立ち振る舞いが、富を誇示する形。振られる髪、大仰な仕草、プロモーション。純貴族には無い、この泥臭さは。
「あらあら……こんな所でも物乞いなの?成り上がり者」
「アンタは……!」
「アンタ?私は伯爵家の人間よ?貴女とは違うの」
なんか来た。明るい緑色の髪を流した高慢そうな女の子。伯爵家?私からすれば両方カスなんだけど。アリの背比べはちょっと面白くないなぁ。
「セシリー!……様」
「それでよろしい」
「何の用、ですか……?」
ミリゼ嬢がしょんぼりしてしまった!何てことだ!確執しか無さそうだし、絡まれない限り眺めとこ。今の身分は男爵家、どっちにしろ面倒なことになる。
彼女が可哀想ではあるが、私が介入するというのは重い。男爵令嬢として介入するのはもっと荷が重い。
「いいや。笑いに来たの」
「なんで……」
「無駄な商売。面白いじゃない」
「……それはアンタのところが」
ダンピングか、通行差し止めって所かな?もしくは関税?にしては言葉が強い。ま、輸送を止められてるのは間違いない。畑焼き討ちとかの武力なら、私が知らない訳ないし。
「あまつさえ、無名の格下に宣伝してるんだもの」
ミリゼ嬢はすっかりドレスの裾を握って、黙り込んでしまった。可哀想……。どうしよっかな。別にミリゼはお気に入りだけど、救ってあげる程の仲じゃない。アリ同士の喧嘩に虎が入ってどうする。
私の名誉はネタバラシの時に全部ひっくり返るしな。実際今は格下なのだ。へへぇセシリー様。
「貴女、名前は?」
「ソフィアと申します。セシリー様」
「身目はいいわね」
「お褒めに預かり光栄です」
「分かってるじゃない」
嬉しくねぇ~。しかもこんな有象無象に褒められるとか余計にダル。他に褒めるとこあるだろ!服とか、装飾品とか!見た目はバリバリ公爵家やぞ!
だからバカかアホしか話し掛けて来ないんだよ!分かる奴は、見た目と爵位の不均衡を察してるの!
「でも、服と宝飾品のセンスは無いわね」
──────は?
「目を惹かないわ。見た目はいいんだから、精進なさい」
「……そう見えますか?」
「何……?」
「ソ、ソフィア……?」
ミリゼが何かを察したのか、一歩離れる。よく分かってるじゃないか。このせいで、私は貴族として怒らなければならなくなった。侮辱されたのだ、フェロアオイ領を。
今、貴様がバカにしたのはロンディルト王国の中枢、王国内位貴族七家が一、フェロアオイ公爵家の長女だぞ。そして価値が無いと断じたのは、フェロアオイ公爵家の領民が、心血を注いで縫い上げたドレスだぞ。
「縫製、染色、彫金。細部に質は宿る」
「結局はモノの価値でしょうに」
「鴉みたいね。光物に集って」
「なんですって……!?」
「ソフィア!落ち着いて!」
落ち着いてはいますのよ。これは怒らねばならないのです。たとえ男爵家だったとしても。眉間に皺が寄ったのが分かる。私は、家を背負ってここに立っている。
「ギジレン男爵家ね、覚えたわ」
「……」
「ね、ねぇ……!二人とも……!」
凄まじい力場になりつつあった、その時。
「大変待たせて申し訳ない!これより、舞踏会を始める!」
パチパチパチ!と拍手喝采が豪華なホールに響き渡る。時間切れか。ま、周りに気弱って印象は持たれなかったでしょ。重畳重畳。ま、普通に衣装バカにされたのは不愉快だけど。
白髪の偉丈夫、今回のホストたる侯爵がステージに立ち、大声の低音を響かせる。いい声してるなぁ。流石歴戦の軍人。心が洗われるわ。
「演奏を始める前に、一つだけサプライズがある!」
ネタバラシの時間だぁ!マジで疲れた。二度とやらねぇ。
「社交界に飛び出す諸君。気がついている者もいるようだが……」
髪をちょっと整えて、髪飾りの歪みは……大丈夫そう。さて。
「今ここに……七家の長女が来られている」
明らかにざわめく会場。そらそう。侯爵家主催ってだけでも、人脈作りに家の命運賭けてる下級貴族の皆様が一杯いるのに。その上、いる訳ないと思うよねそりゃ。私もそう思うもん。
親父が侯爵に借り返すノリで、私を差し出したんだろうなぁ。まぁこの程度ならいいけど。
「……ソフィア・クオーツ・フェロアオイ嬢。前にお越し頂けますか?」
立ち上がり、優雅に周囲へと一礼する。四方向に、ゆっくりと。ミリゼとセシリーが心の底からの驚愕と、恐怖の表情でそれぞれ見てくる。あほくさ。
「ごめんなさいね。ギジレンじゃないの」
「ソフィア……いや、ソフィア様?」
「改めてよろしくね。ミリゼ」
「……あぁ後、セシリー。家名は?」
「ラックレ伯爵です。ソフィア様」
「ラックレね。覚えたわ」
ガチガチと歯を鳴らせるセシリー。嫌ねぇ、私が虐めてるみたいじゃない。
人の波はすっかり分かれ、ステージまで一本道になっていた。大変よろしい。
「侯爵殿、今宵はお招き頂いて感謝しますわ」
「とんでもない。我らが侯爵家、何よりも名誉に思っております」
ステージに上がると、侯爵が迎えてくれた。ステージから会場の方を向くと、全員こっちを見ていた。というか私を。そんな見んな、恥ずかしいわ。
「僭越ながら、ソフィア様」
「如何されましたか?」
「今日から社交界に出る貴族諸君に、お言葉を頂けないでしょうか?」
え、なにそれ。事前に聞いてないんだけど。あっニヤついてやがる。本家と共謀して試す気か、この私を。ダルすぎ!でもやるしかないんだよなぁ。ここで無様晒したら勘当されちゃう。
「勿論、構いませんわ」
いい訳ねーだろ。ふざけんなぁ。
「感謝します」
あれよあれよとステージのど真ん中へ。どうすっかな。静かに私を見る皆様。適当にしゃべるか、てかそれ以外できないし。沈黙の中で、私は口を開いた。
「まずは、祝福を。諸君が星とならず、社交の場に出られたことを嬉しく思います」
これは本心。出生率と生存率、魔法ありきとは言え結構酷いし。だからおめでとう。
「して、私は稀有な経験をしました。それは、男爵の身分です」
稀有であり、二度としたくないです。
「聡明な貴族諸兄は気づく者も多く居ました。しかし数人、気づかぬ者が話し掛けてきた」
新鮮だったなぁ。舐められるの。転生前なら日常だったけどな!
「計三人。愉快な者です」
良くも悪くもな!
「名前は挙げません。されど、私の心情は共有したい」
半分愚痴ですね。はい。
「一人は力と欲を誇示し」
視界の隅で目線を逸らす……名前が思い出せん。有象無象一号。お前だよ!こら!
「一人は曇った眼を誇示し」
セシリーちゃん。家名覚えたかんな。アブラナの規制、ウチの法務官が正当かどうか調べてやるから覚悟しとけよ。やる時はとことんやるのが家是だからね。
「そして一人は、自領の素晴らしさを純粋に語りました」
ミリゼ。貴女の商魂と覚悟は、私に届いた。偶然、自棄、傲慢。それでも貴女は私に届かせた。それは偉業。私には出来ないことだから。
「礼を失うと、礼の無いこと。似てるようで、余りにも違う」
失礼は、礼があって初めて成り立つ。無礼は、礼を持たないこと。
「見る者は、失われた礼の先にある“何か”をきちんと見ています」
別にミリゼは失礼だったしな。格下相手とは言え、ぶっちゃけ酷い。でもまぁ、商家式とは言え礼法や、確かに敬意はあった。
「だからこそ、学びなさい。若さはその門戸を開いています。」
私は頑張りたくないです。
「長くなりましたが、本題は一つ。若さとは無限であるということです」
これもまた事実だと信じている。君たちは綺羅星のような未来の一人だ。
「貴方達の無限の可能性を、私は楽しみにしています」
私は止まっているし、やる気はない。でも、君たちは違う。期待してるよ。本当に。
「では皆様、舞踏会をお楽しみ下さい。今宵は無礼講です」
一礼。まぁまぁそれっぽいこと話せたんじゃない?もう十分でしょ。なんでこんな静かなんだよ。沈黙がしばらく続き。
──────ドワッ!と拍手と喝采が地響きみたいに押し寄せる。
公爵家令嬢じゃなかったら飛び上がってたぞこんなん!加減して!てかなんでそんなウケてるの!?もうやだ!あいさつきらい!




