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内務補佐、ローナ


───お嬢様には、何が見えているんだろう。


 会議と呼ぶには荒々し過ぎる何かは終わり、あっさり解散となりました。そして、お嬢様は私と直衛の皆さんを連れて工場町の見学に入ります。置物だった私も付いていきます。荒っぽい工場の方々は苦手です……。

 ちなみに各工場長は働きに戻っていきました、正直四人揃って居ても邪魔だと思います。私も、役立ててたのかと言われると微妙ですけど……。でも、私が口を挟むのは違うはず。どうにも、言い訳ばっかり浮かびます。


「ローナ」

「はい!」

「よく、口を出さなかったわね」

「……?」

「非礼を咎めるのは私の仕事。理解してるようで嬉しいわ」

「……ありがとうございます」


 工場までの道中、お嬢様はそう言って私の頭を軽く撫でました。小さい私より、小さいお嬢様。白く小さな手が、私の髪を通る。すごいなぁ、私の不安もお見通しなんだ。でも、これでいいのかな……。

 それでも嬉しくて、お嬢様の目を見る。すると、私を見返して薄く笑ってくれた。澄んだ碧眼、直衛さん達の嫉妬の目線さえ、今は気持ち良い。


「……皆、そんな目で見ないで頂戴」

「失礼いたしました」


 お嬢様は私から視線を外し、後ろをジトっとした目で見た。ロブさんがサッと謝る。こんなやり取りもそこそこに、本格的に見学が始まりました。

 そこで出て来た疑問の数々は、相変わらず凄いものでした。ただでさえ、ここの物はお嬢様が発案したものが多いのに。


「この辺りの木材の癖はどうなの?」

「一番採れやすいので言えば……かなり硬いですね。その分、手入れ次第では長く持ちますよ」

「発色や木目も綺麗だものねぇ。本家にも置いてあったわ」

「最高品質となれば、そうでしょう。槍の持ち手とか、武具に使われる事も多いですね」

「そうよね。数不足は聞いてるけど、貴方から見て原因は?」

「森はダンジョン化しやすいってので、危険の割に合うか微妙らしく。後、既存ギルドが生育地を独占してるってのもあります」

「下手に手を出すと火傷するわね……」


 木工場から見学を始めたお嬢様。カッカッ、シャリシャリと木を削る音が響いています。そしてお嬢様は、色々見ながら木工長のジェフリーさんと話してますけど、もう既に込み入った話になってます。私も行政側なので何となくは分かりますが、話が早すぎます。

 さっきとは打って変わって真面目なジェフリーさん。空気感が違い過ぎてあわあわとなってしまいます。そんなことを考えながら、二人の会話をとにかく紙に書き留めます。後で理解すれば大丈夫!多分……。

 見学が終わり、私は紙をまとめていました。その間、他の職人の方々とお嬢様が談笑しています。あの内容を、そのまま覚えられるんですか……?


「領主様……!」

「諸君、ご苦労様。仕事の調子は?」

「いい調子です!領主様に拾って貰えて、感謝してます!」

「ならよかったわ。……皆、少し聞きなさい!」

「「「はい!」」」

「樽、箱、家。木工の質が、生の質だ。諸君の労力は、民の生活と私の誇りに繋がっている」


 相変わらずの弁舌。お嬢様は言っていました、基本的に即興だと。意味が分かりません。誰がこんなのを用意無しで出せるんですか。明らかに職人さん達の聞き方が違います。


「諸君が作った家具にて、私はペンを執り!食事を取り!眠りに就く!これを胸に抱き、木工に励め!」

「「「はっ!」」」

「……ありがとうございます。領主様」

「想う事を述べたまで。感謝は要らないわ」

「それでも」

「……なら、受け取っておきましょう」


 他貴族の方々を知りませんが……。こんなの、普通にできるんでしょうか。私も、これぐらいできないと……?ポッと、頭の中に浮かんだミモザ様が、呆れた目で私を見てきました。そうですよね、出来る必要無いですよね。

 そのまま、私たちは木工場を後にしました。興奮冷めやらぬまま、場を後にするのが演説の大事なところ。そう、お嬢様が言っていたのを思い出します。でもお嬢様の顔には疲れがもう、浮かんでいました。


「ギルドに発注出すのって微妙かしら?」

「いえ、いい仕事はしてくれるでしょう。……仕事は、ですが」

「他が終わってるって事ね……」

「ザラにああいった手前、言いづらくはありますがね」

「やはり一番上が?」

「はい。お陰で職人が弟子を取れなくなっておりまして……」

「水門の調整、どうしようかしらねぇ。任せると、アレじゃない」

「ですね……。原料の石も、かなり足元を見られるので」


 次は石工場です。ノミや釘を叩く音の中で、お嬢様とハドリーさんが話しています。二人が話されてる内容、全部ぼかされてますね……。ハドリーさんは難しい立場だから、仕方ないんでしょう。

 ですが水門補修の件は、私も分かりますよ!報告を上げたのはいいものの、保留になっていたやつです。なるほど、こんな意図があって寝かされてたんですね。とはいえ、何とか補修してください!


「腕は評価してるのよ、腕は」

「光栄です」

「内部で何とかならないの?」

「確実に、血が流れるでしょう」

「それはそうじゃない?」

「運営側の知識や経験を、職人は持っておらんのです」

「後が厳しいか。……急ぎの物だけ発注出して、後は掃除まで保留ね」

「それがよろしいかと」


 ギルド関連は、お嬢様が先導されています。最初は私とアイヴィーさんの二人で請け負う予定でした。だけど私が行政に、アイヴィーさんが教育に行ってしまったのでお嬢様に……。あの仕事量、やっぱり心配になります。別邸に居た頃は、もっと顔色や表情も良かった。


「……皆、少し聞きなさい!」


 私がまたまたメモに書き留めていると、お嬢様が声を上げた。ここでもやるんですか???職人の皆さんが手を止め、お嬢様を見る。


「まずは労働、ご苦労様。諸君の力で、都市は今日も動いている」


 お嬢様は言っていた。感謝と生活に繋げることが大事だと。実感できなければ、何のために働いているのか分からなくなって死ぬって言われてました。分かります。


「石工は都市の心臓にして歴史。つまり、諸君の仕事は永遠に残り続ける。……石工という偉業に励め!都市と私は諸君を決して忘れない!」

「頑張ります!!」

「ありがとうございます!領主様!」


 しっかり刺さっているように見えます。どういう事なんですか?話した内容も、さっきの木工場とは全然違いますし。生活に即したのは分かりますけど、こんなに色々出せるんですか……?

 また浮かんできた頭の中のミモザ様が、今度は困った顔をしていました。お嬢様の前でしか出ないやつ!やっぱり無理ですよね!


「ハドリー、しっかり悩みなさい」

「……そうですね」

「ま、どちらに転んでも、私個人は君を恨まんよ」


 顔に皺を作って悩んでいるハドリーへ、お嬢様は薄く笑った。領主としてのお嬢様は容赦ないけど、個人としてのお嬢様は驚くほどに優しい。ミモザ様が、あの人を基準に貴族を見ない方がよいって言うぐらいには。これも、本気で言ってるんだ。


「本気で仰っているので?」

「勿論。組織として敵対はする事になるけど」

「……ありがとうございます」

「お互い、後腐れ無しで行きましょう」


 そういってお嬢様はひらひらと手を振り、石工場を出ていった。可能性が低いとはいえ、これで敵対してしまったらどうするのか考えてしまう。それでも、お嬢様なら何とかして下さるんだろうなって諦めが浮かんでしまう。頑張れ、私。考えて、少しでも。アイヴィーさんも言ってた、諦めれば一生届かなくなる、って。拳に力が入る。


「こっちは人手が足りない……」

「仰る通りです。高炉にて鉄は作れておりますが、加工する人が足りません」

「安易に増やせないのが難しいところね……。鉱石はどう?」

「質は安定しております。輸送距離の元は取れているでしょう」

「エデロル領はそれなりに遠いものねぇ……。炭も輸送ルートに乗る分、多少単価は下がると思うわ」

「仰られていた……確か、コークス炉でしたか。炭焼きの類型でしょうか?」

「聡いわね。ま、炭焼き窯が基になってるから分かるか……」


 鍛冶場は、カンカンと鉄を叩く音と炉の熱気に満ちていました。ずっと流れの職人をやっていたらしく、知識が強いアーヴィンさん。私も元商家なだけあって、話自体は分かります。取引量が増えて、その分輸送費が下がっていく。でも、二人はその先の話もしている。輸送、加工、生産の三本柱は分かるけど……。そんなに一瞬で繋がらないです。書き留めて、後でダフネやミモザ様と理解すればいい。手が動く。


「少し、話されますか?」

「そうするわ」

「承知しました。おい!皆、聞け!」


 パンパンと手を叩きながら、働く職人を大声で呼ぶアーヴィンさん。丁寧な口調から一気に変わるこの感じ、何か慣れないです……。

 静まり返ったのを見て、お嬢様が口を開いた。


「皆、ご苦労様。物より人が足りない分、皆には苦労を掛けているわね」

「とんでもございません」

「謙遜は不要。事実、新技術や供給量はここが一番多い。期待と考えるか、負担と見るかは貴方達次第」


 三回目ともなれば種も切れそうなものなのに、スルスルと言葉を紡ぐお嬢様。でも、さっきの二つとは雰囲気が違う。こっちの方が、挑戦的?だと思う。


「……私は鉄にこそ、未来を切り拓く可能性を見ている。農具、武器、金具。鉱石は数あれど、鉄無くして何を作るんだ?」


 仰ることが完全に正しいのかは分からない。でも、正しいと心が思ってしまう。お嬢様の自信、意思、責任の重さが言葉に乗ってるんだ。


「鉄は熱いうちに打てと云う!私も諸君も、共に熱鉄だ!諸君の手を見よ!我が首を見よ!熱の痕が、我らを繋げている!」


 そういいながら、お嬢様は痛々しい傷の残る首を指差した。あれだけ怖い目にあったはずなのに、何で平気なんだろうか。そこだけは、少し怖い。


「励みなさい、諸君」

「……感謝を」

「「領主様万歳!」」


 一際、熱気が高まった鍛冶場。ただでさえ熱気に包まれていた場所が、更に熱くなった気がします。そんな中、軽く手を振りながらここを後にするお嬢様。もう、驚きも無くなっちゃいました。


「ザラ、ご苦労様」

「領主様……失礼いたしました」

「勘違いしないで、疑問を持つ姿勢は嫌いじゃないの」

「そうなんですか?」

「えぇ、疑う姿勢無くして進歩無し。タイミングが悪かったわね」

「……ありがとうございます」

「感謝は不要よ。答えないを不信と取る気持ちも、理解してるわ」

「……そう、でしたか」

「で、炉の調子は?」


 ゴウゴウと燃える高炉の傍で、ザラさんとお嬢様が話しています。さっきのせいか、直衛の皆さんもピリピリしてます。私も正直苦手です。こういう感じの人がそもそも……。悪い人じゃないのは、分かるんですけどね。


「高炉の一号炉はまずまずですね。偶に故障もありますが、二号炉もあるので何とか」

「ペースも順調、この辺りは書類で聞いてるわ」

「ですが、魔法でどうにか持たせている部分もあります。して、魔法使いも足りません」

「そうでしょうね……。有能な魔法使いは、冒険者になってしまうし……」

「魔法ギルドから引っ張って来れないのですか?」

「出来る限りはやってるわ。ただ、集まらないのよ」

「土に火、魔法の練習としてはいい環境なんですが……」

「そうねぇ。私もちょっとは使うし、分かるけど……」


 う~ん、と二人で悩み始める。私も何か役に立てないかと頭を回してみる。……冒険者の方々に仕事がない時、冒険者ギルドを介した紹介で一時的に働いてもらうとか?どうなんでしょうか。いや、言うだけでも言おう。このまま空気で終わりたくない……!


「あの!」

「ん?」

「ローナ、何かある?」

「はい!一時的に、働いてもらうのはどうでしょう?」


 心がドクドクと音を立てているのが分かります。二人揃って私を見る。全然ダメだったらどうしよう……!不安と緊張が!


「ふむ……。確かに、完全所属である理由も無いか」

「単純作業に絞れば、機密も大丈夫ですかね?」

「そうね。人の呼び方はどう?考えてる?」

「……冒険者ギルドで、発注元は行政はどうでしょう!」

「正当性は十分、既得に抵触も……許容かしらね。ザラ、どう?」

「問題ないかと考えます」

「よし。……いい案よ、ローナ」

「ありがとうございます!」


 やった!お嬢様に褒められた!ザラさんも感心した雰囲気です!少しは出来るんですよ私は、補佐だけじゃないんです。ふふん。

 そんな感じで得意気にしていると、二人が生ぬるい目で見てきました。そんな目で見ないでください!


「では最後、少しだけ皆と話しましょうか」

「承知しました。『風よ、吹き巡れ』おい!お前ら聞け!領主様のお言葉だ!聞き洩らすなよ!」

「「「あい!」」」


 ザラさんが唱えた風魔法が、皆さんの注意を引きました。それ以上に、大きく響いた声が注意を引いてます……。お嬢様も、ザラさんに近い方の耳を手でこっそり塞いでますね。


「長くは話さない!まずは炉の操業、ご苦労!」

「「ありがとうございます!」」

「素材無くして加工無し!諸君らの一瞬一瞬が、シリッサや民の未来を決める!」


 鍛冶場での演説に近い導入から始まりました。四回目なのに、それを全く感じさせない雰囲気。お嬢様の凄さが、ここに来て更に感じられました。普通は飽きるはずなんです。また言うのか……みたいな空気になるはず。でも、お嬢様は違う。

 昔、お嬢様が話していたのを思い出した。演説する側は何度も話すけど、聞く側はたった一回の演説なんだ、って。だから、手を抜くのは責任として出来ない。そう言っていた。今、それを実感で聞いてるんだ。


「誰かがやらねば世界は動かない!故に、私は炉を動かす諸君らの一瞬を、決して無駄としない!」


 聞く側の私もそれなりに疲れてる。それ以上に、お嬢様は疲れてるはずなのに。弱みを見せてくれているようで、見せるべきじゃない弱みは絶対に見せない。憧れが、一層深まった気がした。


「鉄に炭!諸君が文明の担い手であると、私が保証する!共に文明を背負うのだ!これからも、期待している!」

「「感謝を!万歳!」」

「領主様万歳!」


 話し終え、皆が作業に戻ります。私は演説、会話メモを見返していました。そんな中、傍からザラさんとお嬢様が話す様子が聞こえます。


「ザラ」

「最高の演説でした」

「大げさねぇ。……皆に言い忘れた事があるの」

「なんでしょう?」

「エールを何個か樽で、蒸留酒と幾つかと食べ物が後で届くわ。皆で食べなさい」

「ありがとうございます!」

「で、それを他の三人にも伝えておいて」

「……了解です!」


 一礼して、ザラさんは他の方々へ伝えに行きました。珍しいです、お嬢様はこういうことを忘れないのに。そんな日もあるんでしょうか。

 気がつけば夕方になりつつある工場町、帰路につきます。その道中、お嬢様はケホケホと乾いた咳をしていました。心なしか顔色も、悪いように見えます……。

 その時、お嬢様が私と妹に飛ばした質問が頭に浮かんできました。私が死んだらどうする?その言葉が、一気に現実へと近づいたようで。ちょっと視界がぼやけちゃいますね。良くないです、ほんとに。


「大丈夫?ローナ」

「はい……!」

「無理せず言いなさいね。何なら帰りの馬車で、悩みと一緒に教えて頂戴」


 指で目の端を擦り、お嬢様の方を見ます。綺麗な顔が、今度は心配そうにしています。ごめんなさい、ありがとうございます。落ち着いて、私。

 少し歩いて、馬車の前へと辿り着きました。私が馬車の扉を開けて、お嬢様が先に入ります。その後に続いて、中に入る。主人と従者が一緒の馬車に乗るのは、あんまりやらないってお嬢様が言っていたのを思い出しました。


「さ、個人的な悩みというのを聞かせて頂戴。ここなら、私以外聞いてないわ」


───お嬢様は、私に何を見てくれているんだろう。

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