表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/57

司教補佐、グルド・ザハリア


「司教。如何されるのです?」

「何がだい?」

「教育についてです。言われるがまま、通すつもりですか?」

「問題があるのか?」

「そういう訳では」


 リードラル卿が去ってすぐの会議室。私と司教は残っていた。先程言われた内容が、まだ整理しきれていない。情報量が多すぎる、傭兵出の私には難しい内容もかなりあった。

 そして何より、内容が問題だ。教科別の概念は悪くない、だが教会の主導権は失われる。これまでは二つであった内容が、一気に倍へ。そして、国学や魔法で教えが弱まる。これを本気で受け入れるのか。


「言いたい事は分かる。だけど、跳ね返す程じゃない」

「本当に、そう思っておりますか」

「思ってるさ、多少は予想外だったけどね」


 平静を装っているのが伝わるが、机に投げられた手は震えている。司教も悩んでいるのだ。成り行きで就任した司教補佐、私はこれからその席の重さを知る事になる。フィグラス司教が悩んできた、その立場に。

 司教の表情を伺おうとするが、高い身長のせいで覗き込めない。戦争では何度もこの体格に救われたが、こうなっては邪魔でしかない。とにかく、司教の真意を知らなければならない。


「国学は良いとしても、魔法を基礎に導入するのは……」

「分かってるさ」

「我々の持つ権勢の柱は祈祷です。魔法は、それを揺るがしかねない。違いますか?」

「だから、分かってる」

「では、何故」

「仕方ないんだ!」


 バン!と大きく机を叩く司教。仕方ないとは何なんだ。クレアの件にて我々が不利な立場というのは分かる。だが、教会そのものに対する挑戦を通す程なのか。私には分からない、故に聞く事しか出来ない。


「仕方ないと仰られますが、中央へ連絡すれば良いのでは?」

「駄目なんだ……」

「なぜ?」

「……僕は中央の人脈を持ってないんだ」

「ですが、これ程の圧力を掛けられているのなら」

「向こうには枢機卿が付いてる。そもそも、彼女は七大の本家だ」


 枢機卿が付いている?初耳だ。中央の情勢を私は知らない。貴族についても、七大が強大であるのは知っている。だが、フェロアオイ公爵家一つに中央教会、我々の教えが負けるとは思えなかった。

 リードラル卿の名でさえ、西方鎮圧で畏怖を齎し、シリッサに熱狂を齎している領主。そこまでなのだ、私の知識は。

 そもそも、教会の権勢が弱まることを中央が簡単に許すのか?シリッサは要衝にして、地方教区の中心だ。それをむざむざと明け渡すなど、普通に考えればあり得ないはず。司教には何が見えているんだ。


「教えの下で団結しているのが、我々では無いのですか?」

「それは、そうだ」

「使いを出せば、中央の真意は察せましょう」

「…………」


 頭を抱える司教。何をそんなに悩んでいるのです。確かに、リードラル卿を裏切るのはリスクが高い。しかし、向こうが強く出ている以上……。疑念程度、構わないでしょう。


「……何が貴方を悩ませているのです?」

「全部だよ」

「クレアの件でしたら……」

「合ってるけど、違うんだ……」


 クレアの件は部分でしかないと言うのか。確かに、民からの人気はリードラル卿が持っている。だが、我々が見捨てられた訳ではないはず。数日前の蜂起で、信頼が落ち込んだのは間違いないが。

 民の被害は無く、首謀者と一味は軒並み処刑されたことで、信頼はある程度回復した。我々の派閥はこれまでに無いほどの隆盛を持っている。なのに、何が不安なんだ。


「怖いのですか」

「……違う」

「怖いのでしょう、彼女が」

「怖いのは、彼女を取り巻く全てだ」

 

 静かに司教は言った。確かに武力は強大です。ですが、我々には信じる力がある。どんな苦難にも負けないだけの天が付いている。陽、月、星が我々を見守っているんだ。同じ信徒でしょう。


「……少し悩む事にする」


 そう言い残して、司教は部屋を後にしようとする。会議室の扉に彼が手を掛けようとした時、逆に扉はノックされた。私が開けるべきかと扉へ寄ろうとするが、彼の手が横に振られた。そのまま、彼は扉を開ける。

 扉の間から顔を覗かせたのは、異端審問官であった。名前はテレンスだったか、奥に部下二人も見える。


「御取込み中でしたか?」

「構わないよ」

「では、失礼します」

「「失礼します」」


 テレンスが先に部屋へ入り、白髪の二人が後を付いてくる。異端審問官は苦手だ、教会の冷たい部分を詰め込んだ奴ら。出世欲の化身達、戦場で無実が何人死んだか。私を救ったのが天の教えであり、私の友人を殺したのも天の教えだ。

 実際にテレンスの目はギラ付いているように見えた。白髪の二人の方は、よく分からない。一応、朋友なだけあって始末に負えない。政治の機微は苦手だ。


「それで、何の用かな?」

「出立しますので、そのご挨拶をお二方に」

「もう立つのか?」

「えぇ、今回の件を中央へ報告しなくては」

「そうか……」


 丁度いいのでは?今回の件、ついでに伝えておけば話は上に上がるでしょう。そんなことを考えながら、司教の顔を伺い見る。今度は表情が見えたが、見えたとて複雑そうだ。

 テレンスと司教が握手している。テレンスがにこやかに笑い、後ろの二人は司教へと頭を下げている。


「しかし、上手くやりましたな」

「え?」

「その歳で司教は、さほどおりませんよ」

「そうなのか……?」

「ご存じないので?何より、中央出身でないのが凄い!」


 テレンスが大声で言う。困惑する私と司教。お互いに中央では無く、地方の叩き上げだ。何となく嫌な感覚がする。見落としていた敵が、急に視界に飛び出てくるような。

 司教が返答しようとする、目が揺れていた。私の手も、細かく揺れている。


「なれないのか?」

「司教補佐も例外的ですが……司教位は、まずありえませんな」

「何故?」


 思わず、私が問いかけていた。司教が聞いていただろうが、それより先に言葉が出てしまった。

 私の疑問を聞いたテレンスは、顎髭を撫でた。


「暗黙の了解という奴です。教会法には書いておりませんよ、当然ね」

「なら、なんで、僕等は」

「……七大貴族というのは恐ろしいですな」


 いやはや……と頭を掻くテレンス。我々は、言葉を失っていた。司教は蹴落としたのか、クレアを?いや、それよりも、昇進がリードラル卿によって?貴族が干渉できるのか?纏まらない、だが聞かねば。


「司教、貴方はクレアを」

「おや、ご存じなかったので?」

「どの道、彼女に消されていたんだ」

「ですがそれは」

「上手く利用したと思いますよ、私はね」


 どうなってるんだ?クレアに罪があったのは間違いない。それは知っている。だが、それを利用した?自身が出世するために。合理とは言え、その一線は。


「グルド、聞いてくれ」

「……はい」

「財政を傾け、領主に非礼、その上、謀殺を企てた。それがクレアだ」

「どこまで、本当なのですか」

「全て本当だ」

「私からも一応言っておきますが、全部事実です。酷いものですな」


 ではなんだ。クレアは悪人であり、ただ単に司教とリードラル卿で倒したと?そういう話なのか?何かが引っ掛かり続けるが、それを理解できない。


「ですが……」

「まぁ、良いでは無いですか。我々は利を得た、何も問題ないでしょう」


 これ以上掘り下げる気も無いのだろう、テレンスが話を切ってしまった。得た勝利と昇進は、明るいものだったのか?信仰が認められ、悪を断じたが故に昇進したのだと、心のどこかで信じていた。


「テレンス、一つ聞かせてくれ」

「何でしょう?」

「この教育案、中央はどこまで知っている?」


 机に置いてあった教科書を持ち上げ、司教はテレンスへとそれを渡す。テレンスはパラパラとそれを一通り見た後、ふっと笑った。


「先に申し上げておきましょう。中央は、動きませんよ」

「なぜ?」

「嫁入り前の公爵家長女に傷が残った。しかも顔に」

「その程度で……」

「司教、貴方は貴族を知らない。彼らにとって面子は、命より重いのです」

「だが、彼女は気にして」

「フェロアオイ公爵家は激怒するでしょう。運が良かったですな、フェロアオイで」


 もはや私には何も分からない。されど、竜の尾を踏んだのだろう。しかし私がこれまで見て来た貴族は、そこまで恐れられるようなものでは無かった。力の無い割に声だけ大きい者、リードラル卿と会うまではその程度だった。

 気がつけば、テレンスの我々を見る目は哀れみに近くなっていた。司教が質問を続ける。私は、黙って考えることしかできない。


「他だと、どうなるんだ?」

「皆殺しは避けられないでしょうな」

「馬鹿な……」

「法務卿は法に厳格です。王国でも珍しいのですよ」

「なら」

「地方出身の貴方達には分からないでしょうが……」


 テレンスの表情は笑顔だが、声色には最早怒りさえ滲んでいる。リードラル卿が恐ろしいのは分かるが、教会が負けることは無いだろう?なぜ、そんなに怒られるのか見当が付かない。


「この国の頂点は王では無い、七大公爵家です。貴方達は、その怒りを買ったのだ」

「首謀者は死んだ。それ以上に何がある?」

「教会の者が傷を負わせたのです。中央の政情は動く。貴方達に掛けている時間は無い」

「だが、この教育や干渉は……」

「"通せ"、それだけでしょう。寧ろリードラル卿に楯突こうとする意志が驚きですな」


 中央は我々を見捨てたと?何が起こってるんだ。我々の知らない場所で、一体何がどうなっているんだ。黙って見過ごすのが当然だというのか?


「従うしかないと?」

「何か勘違いしておられますな。もう既に、貴方達はリードラル卿に守られているのですよ」

「何だと?」

「市街には行かれましたか?教会に石が投げられてないのは、リードラル卿が率先して協同を示しているから」

「……」

「そもそも彼女の庇護無しでフェロアオイ公爵家を、どう相手するのです」

「枢星教会の力なら……」


 絞り出すように、司教が言った。私も、同意見だった。もうそれしか、言えることは残っていなかった。


「ロンドリア王家と枢星教会が組んで、ようやく七大公爵家に抗せるんですよ」

「そん……なに?」

「王都を知らなければ、分からないでしょうがね」


 もう言葉は無かった。テレンスは溜息をついて、一言も話していない後ろの部下二人を見た。彼らもまた何も言わず、テレンスへ一礼した。


「まぁ、身の振り方は考える事ですな。では、失礼いたします」

「「失礼いたします」」


 そう言い残し、彼らは部屋を出ていった。我々だけが部屋に残され、ただ止まる。机に当たる日の角度が変わっているのが分かった。私の頭の中は混乱している。グルグル回る思考、答えは出ない。

 司教は椅子に座り込み、項垂れて動けない。私も釣られて椅子へと座り、何もせずぼんやり景色を眺めてしまう。頭がもう限界だ。ただ、一つだけ分かる事がある。それは。


───我々はどうしようもなく、詰んでいる。それだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
権力的に言えば王族に大商人の子飼いが消えない傷を負わせたのと同等……そりゃあ詰みだわ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ