おべんきょうのはなし
簡素な会議室、微妙に悪い空気。部屋の全員から視線を向けられている私。この視線を集めるのも何か慣れちゃったなぁ、シリッサに来る前まではそうでもなかった気がする。いや、実家だと常に見られてたか……。
話したい内容はこれからの基礎教育についてと、陣営ごとの役割についてかな。忘れがちな所が一点、シリッサの教会には強く出れるけど、中央教会に対して私自身は有利程度の影響しか持ってないとこ。私もフェロアオイ公爵家の一員に過ぎないのだ……。はぁ。
考えも何となく当てがついたし、全員を一度見回してから声を発します。大事ですね。
「とはいえ話の範囲が広すぎるわ。今回の議題は大きく二点、基礎教育と互いが果たすべき役割。相違ある?」
全員が思考を巡らせているように見えた。え、何かある?あるなら言ってくれていいんですけど。
「ありません」
少々間が空き、一番最初に返答したのは先生だった。真剣そうですね、切り替えの速さは流石。元ベテラン冒険者やってただけありますね。
「相違ございません」
次に返答を返してきたのはグルド。固い表情ですけど、文句はなさそう。うん、よろしい。こっちも軍人らしく、切り替えは大丈夫そう。んで、最後は。
「私としても、相違ありません」
フィグラスはちょっと気まずそうにしてますね。我々、副官とは抱えてる情報量が違うから仕方ない。諦めてください。無いならよし。じゃ、やろうか。
「では、基礎教育から話しましょう。まずは前提の合わせね……既存の教育について教えて貰っても?」
「勿論です。グルド、頼んだ」
「はい」
グルドが手元の紙を手にして、立ち上がる。黒板とかあればいいんですけどね……。この辺も作らないとなぁ、仕事が……。
「現在、我々は所有の孤児院や貧しい家の子ども達に、教典を用いた王国語や簡単な算術を無償にて教えております」
「なるほどね。その先の教育は?」
「神学校やギルドへの紹介が多くございます」
事前に調査してた内容と相違なし。基礎教育の後が無いのが非常に困るんですよね。優秀な奴が出ていくか、職能労働に従事する形になる。職能労働は悪くないけど結局頭打ちで、損失が発生する訳だ。実際、今の文官層は他から引っ張ってるし。
「ふむ……」
あ、なるほど。中央の陽座がどこに食いついたのか分かった気がする。教典を用いた基礎教育に貴族が噛めば、教会権威に箔が付く。それに出費が浮くし教育規模が拡がる。暮らしにより強く喰い込めば、影響力も上がるか。まぁいいや、教えをベースに教育するけど、教え以外もベースにするから。嘘は言ってない、よし。
「簡単な説明ではありますが、以上です」
「ご苦労様。じゃアイヴィー、民間の教育状況について説明を」
「はい」
グルドが座り、先生が立ち上がる。理由のない不安がポッと湧く。ま、大丈夫でしょう。魔法学院出てるし……出てなかったら教育担当させてない?それはそう。そも家庭教師になれてないですね。
「ギルドの徒弟が主で、種類は多岐に渡ります。されど、学習の専門機関は無い状態です」
フィグラスが頷いてますね。グルドは無言。まぁフィグラス達もこの辺は知ってるでしょ。お互いに前提が違わないかどうかで話してるって感じ。
教育は正直、ギルド切り崩しの一手目でもある。だからコケられないんです。はい。いつも通りですね。
「端的な概況としてはこの状態で、内訳については……」
「詳細は大丈夫よ。司教も知ってるわね?」
「大枠は知っております」
「後、ここまでの認識に相違は?」
「ありません」
「よろしい。教会の基礎教育から徒弟へ向かう道が市民の出世ルート、この考えも間違いない?」
「大枠として正しいかと」
フィグラスが何となく肯定してくれる。まぁ的外れでは無いでしょ。問題点もよく見えるって話だ。良い職に就くにはギルドを通らなければならない、そして優秀な人材が徒弟制度で喰われると。腐敗してなければ機能するけど、腐ってるから困るんだよね。他ルートもあるけど、大枠はこんな感じ。
「よし。それで、何をどう変化させるかって所を話しましょう」
「基礎教育の主題に沿えば……教育の強化でしょうか?」
ま、順当に考えればそうでしょう。実際間違ってる訳じゃない。どこまで広げるか、そこに現代の教育制度を知る私の知識が活きる訳だ。多分。
「その通り。此方側に腹案があるわ」
「なるほど……。内容を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「勿論。簡単に話せば教科の拡充、教科書の導入、人員の増員、この三本柱で基礎を固めるって案」
「範囲が広く、導入するには負担が掛かりそうですが……」
当然そうでしょうね、フィグラスの懸念は真っ当。ま、全部一気に数ヶ月でやりますとか現実味が無さすぎるので……。いつも通り段階的に導入します、ええ。
ちなこの三本柱は近代化の基礎の基礎っすね。ある程度の学力や共通の学習基盤を持たせる必要があるんです。官僚化、産業、文化。もうほんと、どの項目においても必須なんで。そしてコストもそれなりにデカい。教会の掌握を優先した理由の一つ、この国の基礎教育は教会が握ってるんでね。魔法学院、貴族学校辺りが特殊まである。アレ、光るものかコネが無いと入れないですからね。だからこそ、アイヴィー先生が凄まじいって話で。ポヤポヤしてるけど、平民からの叩き上げです。私なら出来ないわ多分。
「勿論、段階的に導入していく予定よ」
「そうでしたか……」
「ま、一つずつ解説していくわ」
「お願いいたします」
「まず、教科の拡充ね」
算術教えてるだけマシではあるんですけど、やっぱ最低限が過ぎますね。今の文明レベルの維持ならまぁって感じですけど、先に行くには厳しい。なので、現代に少し寄せます。
「今は語学、算術の二つ。これに魔法、国学を追加するわ」
「魔法は理解出来ますが……国学とは?」
「王国や教会の歴史、文化を主に扱って貰うわ」
「なるほど」
「質問、よろしいですか?」
グルドが手を挙げ、私が彼を指す。はいどうぞ。まぁ質問とか疑念しかないよねぇ。答えられる部分には勿論答えます。
「構わないわ」
「内容や種類が多く、これを教えられる人間をどう持ってくるのでしょうか?」
「いい質問ね、これが次の内容に繋がるわ。アイヴィー、あれをお願い」
「了解です」
私は先生に視線を向けた。先生は鞄より、数冊の本を取り出す。紙と印刷が生きてれば、これが作れるんすよ。綴じた紙束に近いそれの表紙には、各教科の名前が書いております。
「これは?」
「さっき話した教科書。これを軸に教育を行って貰う予定よ」
「ふむ……」
先生がフィグラスとグルドに教科書を渡し、二人はパラパラとそれを捲る。頷くフィグラスを見る限り、そこまで印象は悪くなさそうっすね。あっ、先生がホッとしてる。気持ちは分かる。
「数は揃えられるのですか?」
「全員に無償で配るのは厳しいけど、それなりの数は揃えられるわ」
「内容はどのように?」
「語学と算術は大体一緒。魔法は魔法ギルドとアイヴィー、国学は私や実家に見て貰ってるわ」
「でしたら……凄いですね」
「まぁ、雛型だけど」
「それでも、十分かと」
作るのに苦労したぞほんと。魔法はギルドと先生に任せました。この辺りは後の理科に生きてきますから必須。国学は私とミモザで作って、実家に見て貰いました。これも後の社会に生きてくるので必須。やれるなら体育も入れたかったです。まぁ現代より動いてるし大丈夫でしょ、と泣く泣く外しました。悲しいね。
「……最後、人員の増員については?」
しばらく二人は教科書を読んでましたね。作った甲斐があるわほんと。そして、フィグラスが思い出したかのように言う。これもシンプルな話で。
「単純に他から文官層を呼んでるし、人は増えるわって話ね」
「教育内容に差が出ませんか?」
「その為の教科書ね。一定の揺れは許容するけど、基本的にこれに沿って貰う」
「ふむ……」
それなりに負担や軋轢はあるだろうけど、致命的に無理ではないと想定してはいる。まぁ段階的に導入するし、駄目そうなら修正します。いきなり全導入は絶対死ぬからね。
「その教科書は渡すから、何か問題あればまた言って頂戴」
「……承知いたしました」
「で、何か問題はある?質問でもいいわ」
「導入までの時間はどの程度を考えておられますか?」
「数年かしらね」
「なるほど……」
フィグラスのちょっとした質問に答えると、部屋は静まり返る。まぁ情報量多いし、思いついた時に手紙飛ばしてくれればいいです。私もこういう時、情報の整理で頭が埋まるタイプだし。
「無ければ次に行こうかしら。こっちは長くないでしょうし」
「グルド、何かあるかい?」
「ありません」
教会側の確認を経て、第一議題は終わりと。もう一個はおまけみたいなものですね。こう考えると。
「では次、果たすべき役割。まぁ次回もあるからざっくりと話しましょう」
「そうですね。教会側としては、教科書との内容擦り合わせ、理解、導入調整といった所でしょうか」
「そうね。此方側は教育人材の作成、教科書の内容調整、場所の確保辺りかしら」
やるべきことを並べてみると、意外とやることあるな……。心なしか全員似たような表情をしてる気がします。まぁ、導入前の擦り合わせならこんな感じで大丈夫かな。
「……教育は平民の切り札。私はそれを、誰もが持てるように制度化する心持ちよ」
「よろしいので……?」
貴族らしからぬ思想に、フィグラスとグルドが若干引いてますね……。ま、教育し過ぎは既得権益に対する挑戦説はあるんですよ。貴族とか特に。この点、枢星教会は気にせず基礎教育やってるから強いよね。まぁ宗教は知る人数が増えれば増える程影響力も上がるか……。
私が死ぬ前に近代化しとかないと、中途半端は人類の負の歴史フルコース行きですからね。流石に始めた者として、先を知る者としてやらねばならない。めんどいけどね!
「勿論。半端な気持ちで言ってないもの」
どうあがいても過労っすね。でもやめるわけにはいかない。責任と言う奴はこれだから……。
皆のやる気と希望に満ちた表情を横目に、何とも言えない私。これもまた、いつも通りというか……。まぁいいや、締めの一言いっとこ。
「まず一歩、未来へ進みましょう」




