ただいま、責任
ミモザと触れあい、誰かの為に統治や頑張る事の素晴らしさを自覚しつつあった。私しか頑張れないんだから、皆の為に頑張る。
私を許してくれる皆のお陰で、私は救われる。ありがたいわ。
「ご馳走様。美味しかったわ」
料理長にそう伝えると、変な雰囲気になった。えぇ……。美味しいご飯にお礼を言うのは当然でしょ。うんうん。
昼食を済ませ、何となく屋敷を歩く。今日の護衛にはシーラが付いている。活発系の仏頂面が映えてますね。
エントランスでは使用人たちが掃除をしていた。私に気付くと、全員が同じ角度で礼をしてきた。私はそれに頷き返す。場の雰囲気が微妙な感じになった。なんでよ。
「シーラ」
「どうされましたか?」
「私、何か変?」
「……いえ」
「あら、そう」
二人で廊下を歩きながらシーラに聞くと、微妙な間が空いて回答が返ってきた。じゃあ違うか。直衛が私に嘘つく訳ないものね。
適当に歩く、中庭へと出る。そこではシーラ以外の直衛たちが、摸擬戦をやっていた。なんか、前見た時よりもこう、気迫があるわね。
「皆、頑張ってる?」
「……お嬢様?」
「どうしたの?」
いの一番に、ロブが微妙な表情を浮かべた。同じように皆、何か引っ掛かるような顔をしている。どうしたの。
「僭越ながら……お疲れですか?」
「疲れてるけど、皆の為だもの」
「?」
今度は意味が分からないって顔、口がパクパクなってるわよ。弱くて、無理して頑張ってる私。皆のお陰で立てる、力のない令嬢よ。
ふふ、と笑う私。一歩、皆が下がる。なんでよ。
「本当に大丈夫ですか?」
デレクが私に問いかけてくる。勿論、もっと頑張らなきゃならないもの。クレアを殺してしまった私の罪、転生者としての責任があるもの!
「大丈夫!心配してくれて嬉しいわ」
「???」
「もしかして、お邪魔だったかしら?」
「いえ、そんな事は」
言わせちゃってる感あるし、訓練の邪魔しちゃ悪いわね。
「そろそろお暇するわ」
「承知、しました……」
「また」
大きく手を振り、中庭を後にした。まだちょっと外は寒いし、やっぱり屋内の方がいいわ。
シーラを引き連れ、廊下をまた歩く。今度は、幹部候補の双子に会った。ローナもダフネも、息ぴったりでお辞儀をしてくる。私は頷いて返した。二人は困っている。なんで?
「あの、お嬢様」
「どうしたの?」
「僭越ですが、ご様子が……」
ローナがおずおずと言ってくる。私は笑顔で返した。何となく、怯えられた気がする。いつも通りよ、私は。
「変かしら?」
「変、といいますか……」
ダフネが不思議そうに声を出す。別に、言葉を選ぶ必要なんてないわ。みんな人の子だもの。
「少し、休まれては……?」
「そう?」
「はい……」
そう言って、仕事があると二人は行ってしまった。こんなに救われたような気持ちなのに、不思議なものね。
また、長い廊下を歩く。しばらく歩くと、行き止まりへと着いた。壁には、大きな鏡がついている。何となく、私はその前に立って、自分をみた。
───花が溶ける程の腑抜けた笑みを浮かべる、綺麗な少女がそこに立っていた。
「誰?」
一気に、現実へと引き戻された。冷や汗と、不快感が湧き出てくる。絵にかいた様なボンボン貴族の令嬢が、今映っていた。
ぼんやりと見ていた景色が鮮明になる。髪のセット、服の状態、立ち姿。いつもなら完全にしていた振る舞いが、抜けている。現代日本に居た頃の自分みたいだ。
鏡を見たまま立ち尽くす。えっキモすぎ。こんなんで屋敷歩いてたの?クレア処刑、過労が重なっているとはいえこれは……。無いわ、無い。
「えぇ……」
ミモザはしっかり用意してくれたはず。いや、流石にあの感じで試してるってことは無いでしょ。危うくグズグズに溶かされちゃうところでした。こわ~。まぁ、個人の心配には感謝してるけどね。
フェロアオイ本家に居た頃のこう、統治とは別種の圧し掛かる責任を投げてたわ。本当に宜しくないぞ。マナーが抜けると、見た目の格が下がる。当然の話で。
「何を……」
てか、クレア処刑しただけで落ち込み過ぎでは?どれだけ殺しまくってきたのか忘れてない?貴族家を何個族滅させたのかって話よ。粛清しまくっておいてその思考は通らないでしょう。
あんなぬっるい思考でこの先粛清とか出来ないでしょ。クレアと最後話せたからって、変な満足感に襲われてたわ。最後まで責任を果たせと、クレアは私に責任を乗せましたからね。まぁ、しょうがないけど。
謎の使命感とか、頑張ろうとか変な考えを……。押し付けられてる事を嫌々やってるだけなのに、変に意味とか幸福に結び付けるとか冗談でしょ?なんかこう、キモいわ。
「……シーラ」
「はい、お嬢様」
「部屋に戻るわ」
「承知いたしました」
鏡越しに見えたシーラの顔は、今度はしっかり私を見ていた。よろしい。
鏡である程度自分を整え、自室へと歩き始める。足の歩幅、髪を振らない、手は前に組め。周りを常に観察しなさい。
「お嬢様」
自室に入ると、ミモザが私の部屋の片付けをしていた。何とも言えない顔で、私の方を見ている。まぁ、そうでしょうね。
「シーラ、外しなさい」
「承知いたしました」
スッと去っていくシーラを尻目に、私はミモザをジト目で見た。少女ソフィアとか、余りにも今更過ぎる。そもそも私は元成人男性です、もうほんとね。私キモいね。
「弱ってる時に優しくしてくるのは、卑怯じゃない?」
「本心ですとも」
「だから卑怯なのよ」
適当に話しながら、ドレッサーへと座る。静かにミモザも私の後ろへと立った。そして、何も言わず再度私の準備をする。よし。
「馬鹿になっちゃうわよ、私」
「それでも良いと、思ってしまったのです」
「柄にも無いわね」
「そうですとも」
髪が整えられ、装飾品もちゃんとした位置に直される。私は自分を、また鏡越しに見た。
今度はいつも通り、内心が見えないと評判の笑顔が浮かんでいた。ミモザはそれを見て、少しだけ残念そうにしていた。長い付き合いだけどさ、ここは履き違えちゃ駄目ですよ。
「馬鹿になるのは責任の放棄よ」
「……そうですね」
身体が軽くなった気がしてましたけど、あれ思考とマナーを放棄したから脳が軽くなっただけでしたね。まだまだまだまだ責任は圧し掛かります。勘弁してよね。
「貴女の話を蔑ろにする気は無いけど、やっぱり乗れないわ」
「……では、仕方ありませんね」
「少女ソフィアの前に、私は貴族よ」
「出過ぎた口を利いた事、お許し下さい」
「許すわ。別に、言うなという話では無いの」
「……ありがとうございます」
「朝の話だけど。やっぱり言葉だけ、受け取っておくわ」
実際なんでも言ってくれていいですけどね。こう、色々重なってる時に言われると私も揺れちゃうのよ。クレア、ミモザのダブルパンチでもう脳内滅茶苦茶だったもの。直衛も落ち込んでるしさ。首は焼かれるし。命あるから別に問題ないんだけどね。
「お待たせいたしました」
「ん」
一礼して、一歩下がるミモザ。私は立ち上がり、部屋の外へと向かった。ミモザは私が部屋を出るその瞬間まで、静かに頭を下げていた。謝っておくわ、ミモザの私に対する思いは本物で間違いないし。ただ、責任放棄に繋がるから受け入れられないって話で。朝方?気の迷いって奴です。駄目人間になってしまう。貴族強度が下がる。まぁ統治においてしっかり致命傷になるってのもあるし……。
外に出ると、シーラが敬礼で出迎えてくる。左手を軽く上げて返す。何となく、シーラが安堵しているような気がした。
「もう一度見回って、執務に戻るわ」
「承知いたしました。変わらず供を」
「ん」
また屋敷を歩く、エントランスへと再度足を踏み入れた。変わらず掃除をしていた使用人たちが私に一礼する。皆の顔を見ながら、左手を軽く上げて返す。
「ご苦労様。順調?」
「はい」
「良い規律は良い掃除に宿るわ。励みなさい」
「はい!」
何か、さっきとは気合の入り方が違うような気がしますね。やっぱ一番上が適当だと駄目っすね。あ~責任。はい、やります。やればいいんでしょ。
また廊下を抜け、中庭へ。時間もあんまり経ってないんで、まだ訓練中ですね。気付いてすぐに皆が寄ってくる。あ、敬礼がスッと出てくる。そんな違う?
ロブが顔を上げ、話し掛けてくる。今度は元気そうでよろしい。というか、私の調子に引っ張られ過ぎじゃないの?
「お嬢様……?」
「ご苦労様。私の命、今度は守れそう?」
「勿論です。二度はありません」
「よろしい。私も、自分の命の重さを再確認したわ」
「ありがとうございます」
「それだけよ。訓練を続けていいわ」
「承知いたしました」
また訓練へと戻っていく四人を眺め、廊下へと戻る。またあの鏡に向かって歩く。ぶっちゃけ今日の朝方、あの様子を実家でやってたら大説教ですからね。くわばらくわばら。
すると、ローナとダフネにまた遭遇した。まぁこの廊下、色んな部屋に繋がってるからね……。私を見つけた二人は、今度はいつもと変わらない様子で寄ってくる。
「お嬢様!」
「お嬢様、体調の方は……?」
「もう大丈夫。二人は何を?」
「部屋の備品確認です!」
ローナが元気よく答える。よろしい。まぁ身内で備品持ってくってのはあんまりないと思うけど、チェックは大事ですからね。
「作業の意味は分かるかしら?」
「盗難防止です!」
「屋敷を把握する為、でしょうか?」
「合ってるわ。出てない内容を言うなら、管理者側の視点を持つ為でもあるのよ」
「なるほど……!」
「勉強になります」
「必要な資質は細部を見る目と、全体を考える頭。励みなさい」
はい!と二人は言い、作業へと戻っていった。後姿を少し眺めていたが、私も再度歩き始めた。シーラは静かに私の後ろへ居る。
ほぼ同じ道を通り、鏡の前へ立つ。めんどくさいけど貴族やるしかないのよね、生まれが悪いよ生まれが。なんて思いながら、私は再び自分の立ち姿を見た。
「ま、及第点ね」
───感情の見えない微笑を浮かべる、隙の無い公爵令嬢がそこに立っていた。




