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おかえり、ソフィア


「ふぁ……」


 また、目覚める所からか。靄がかった頭が、記憶を探している。

 目を開いた、白みつつある空が天井と共に朝を知らせてくる。屋敷だ、帰ってたっけかな。


「……流石に二度寝は無理か」


 そうだ、昨日。クレアの移送から処刑を見届けて、屋敷に戻った。そして風呂だけ入って寝たんだったか。どうにも疲れすぎてて……。

 元々、礼拝の翌日は休みにしていた。色々面倒ごとが起きるのは確定。そこから疲れて寝込むのも何となく予想がついてた。


「現実味が無い……」


 たった二日、されど二日。色々コンテンツが多過ぎて頭がまだ処理し切れてない感はある。でも、今日からお仕事再開です。慈悲は無い。

 目下、一番厳しかった教会との対立が解決されたのは非常に嬉しいんですけど。でもここから仕事が増えるんだよね、教育関連は先生に投げるとして……。でも、大枠の教育要領は私が見ないと。はぁ。


「ようやく、第一段階は終わったかなぁ」


 ファースト・パージとか調子乗ってましたけど、結構危なかったですね。下側を一掃して、教会まで掌握。何だかんだ、時間が結構掛かってしまった。でもまぁ、形にはなってるから!よし!


「ま、ここからが本番なんですけどね」


 基盤は固まりつつある。教会、港湾、ギルド。三大処理対象の一角を崩した。市民、農民層からの支持は盤石に近い。高炉と輪栽で収量も上がってるし。ギルドには目くらましと、市民層からの怒りを煽る為に資源の流量は絞ってないぞ。こっちはこっちで流れの職人囲い込みを始めてるし、次はギルド潰しかな。

 港湾は一旦置いとこう、ここの手入れは情報と法、力の全てが要る。下手したら海務卿関連で調整が必要かもしれない……うん、考えるのやめよ。


「……」


 白の花模様が少しだけ入っている天井をぼんやり眺めながら、布団の中でモゾモゾする。毎日これで過ごしたいわ……。嫁入りとかすれば、こんな感じで過ごせるのかね。まだ、嫌だけど。

 所在なく動かしていた手が、首に触れた。……そうか、そうだった。残ってる。でも、クレアの生きた証と言えばそう。私が奪った命の、証明。そう思うと、もし治せたとしても……。ま、たらればか。

 そんな感じで色んな事を考えていると、ドアがノックされた。多分ミモザかな。されど、ノックの音がちょっとデカい。さて。


「入りなさい」

「……失礼致します」

「ミモザ、おはよう」

「お嬢様……」


 やっぱりミモザだった。いつもの真面目顔だけど、ちょっと目力が強い。心配してくれてたのかな。直衛の落ち込み方も凄まじかったし、ミモザも先生も大概ヤバいか……?


「疲れて寝ちゃってたわ」

「……当然かと」

「ね。色々あり過ぎよね」

「…………そうですね」


 たはは、と笑う私。何というか、気まずい。どう表現したらいいのかって感じだけど、ミモザの返答に軽さが無い。しかも、視線は私の首元に向かってるし。

 ミモザは静かに、私の方へと歩いてくる。いつもと違って、どこか悩んでいるような足取り。一歩の間が長い。え、何なんです。


「以前、お嬢様はこう仰いました。統治が怖くないと言えば嘘になる、と」

「……言った気がするわね」

「恐れているのでしょう?」

「否定すると、やっぱり嘘になっちゃうわ」


 暗殺、失脚、裏切り。あらゆる可能性は軽減できる。でも、ゼロにはならない。シリッサに来た頃、めちゃめちゃビビってたのが懐かしいわねぇ。今じゃ市街の治安はまともになって……。涙が出そう。スラムと港湾?うん、まぁマシにはなってるから。

 ミモザは話しながらこっちに寄り、ベッドで上体だけ起こした私の横に立つ。お着替えはもうちょい待ってくれない?身体が重いんですよ。体感。


「あの司教は……どうでしたか」

「……そうねぇ。私は、嫌いになれなかったわ」


 私個人としては、クレアに怒りとか憎しみは無い。むしろ、申し訳なさの方がある。私がこの世界の人間だったら、今回の結末にはならなかったんだろうなって。本当、転生者って罪深いわ。しかも、ここから先、罪は深くなる一方ですからね。気が滅入る。

 私の回答を聞いて、考え込むミモザ。元信仰者的にも、思うことはあるわよねそりゃ。私も傷つけられてる訳だし。


「……申し訳ございません。少し、言葉を選ぶ余裕が」

「構わないわ。直衛には席を外して貰いましょう」


 ドレッサーの鏡へ、席を外すようにハンドサインを送る。鏡からノックが二回、返ってきた。よし、外してくれたわね。


「ありがとうございます」

「それで?ミモザは司教についてどう思うの?」

「…………愚かで、憎い」

「どうして?」


 重い怒りと、やり切れなさが伝わってくる。ミモザがこんな感じになってるの、初めて見たかも。いや、前にあったかな……。そんな事はいいや、でも、そっか。私の事で、怒ってくれてるのね。


「あの司教は、何も知らない。お嬢様の苦悩も、恐怖も、悲しみも」

「……そうね。でも、仕方ないのよ」

「信仰者は、あらゆる者を受け入れる覚悟を持たなければなりません」

「でもねぇ……」


 難しいなぁ。クレアは私と言う例外に対して、恐れた。彼女の生きて来た世界を破壊してしまう、神の理外。中世と近世の間、世界はまだ神話と科学の狭間に居る。そもそも、こっちの世界では創造論が正解かもしれないし。ま、私を許すのは純粋な信仰者であるほど難しいと思う。だから、彼女の最期は……。

 流石に転生者ってのをミモザにぶちまける訳にはいかない。ぶっちゃけ、信仰者相手にカミングアウトは悪手なのが確定してるし。でも、言えないのはもどかしいな……。


「知って尚、受け入れられないなら理解出来ましょう。ですが、彼女は耳を塞いだ」

「そうね……」


 最後の最後、クレアは聞いた。彼女の世界を壊す、私の話を。聞いて、拒絶して、歩み寄った。神に則った形とは言え、私を赦したのだ。私には、神の理で生きることは理解できない。でも、科学が神に否定されたとしたら、きっと信じられないだろう。

 だから、ミモザの考えも理解できる。でも、クレアの考えも全く分からない訳じゃない。全部話せたら、楽に決まってる。でもそれは、私の我が儘だ。


「三年です。その間、彼女はお嬢様の一切を拒絶した」

「事実ね」

「"星彩"一つで、お嬢様そのものを否定した」

「受け入れるだけの、強さが彼女になかったのよ」

「それを持つ為の、信仰でしょう」

「それは、正しいわ」


 何かを在るがまま受け入れるのは、そもそも難しいのよ。私が生きた現代の日本でさえ、出来る人は多くなかった。しかも、受け入れたって苦しいだけ。救済とか天国とかの報酬が無いと、到底やってられない苦行。自分の周りをそのまま受け入れる。私のような正しく生きられない人間にとって、それは自殺に等しい。だから、しょうがない。


「何故、歩み寄れないのでしょうか」

「……ミモザ。人は、弱いのよ」

「その為に信仰があるのでしょう?」

「信仰は、神では無いわ。所詮、人の内側に過ぎないのよ」

「ですが……!」


 ミモザも散々見て来てるはずなのに、言ってしまうのね。それだけ、やり切れないんだろう。私が原因過ぎて何とも言えない。ほんとうにすいません。あまりにも。

 皺が浮かぶ、ミモザの顔。色々悩んでくれてるのね、皺が更に深く、多くなってる。私はそっと、ミモザの頬へと手を伸ばす。ミモザは腰を折り、私の手に顔を寄せる。久しぶりに触れたミモザの頬は、昔より乾いたように感じた。複雑ね、本当に。


「心配してくれるのは嬉しいわ。でも、人は完璧じゃないのよ。私を含めて」

「それでも、お嬢様が傷つくのは……辛く、思います」

「そうね……反省してるわ」

「お嬢様が亡くなってしまえば、全てが終わります」

「大丈夫。どうなっても世界は動くわ」

「……そういう事では無いのです」


 私という人間一人が死ぬのは重い。公爵家長女、統治はやり掛け、借金も返してない。確かに、そういう意味で終わっちゃう。雇ってる皆も再就職先を探さなきゃだし。やっぱ、しっかり反省しとこ。


「違うの?」

「お嬢様は自分の価値を、見誤っておいでです」

「ちゃんと計ってるわよ?」


 ミモザがとてつもなく、悲しい顔をした。顔が絞られ、私の目を見て止まってしまう。えっ、そんな変な事言ってる?

 今度はミモザの方が、私の首に残った痕へと手を伸ばした。されるがままになりつつ、ミモザの顔を見る。首筋が優しく触れられる、撫でるような手付き。ゴロゴロ鳴っちゃいそうだわ。


「フェロアオイ公爵家長女、ソフィア・クオーツ・リードラル辺境侯が傷つけられたのに対して、辛くなっているのではありません」

「そうなの?」

「えぇ、そうです。私の目の前に居る……」


 言葉を探すミモザ。本音が聞きたいわ、心の底からの。


「……言葉を選ばないで」

「…………ソフィア。貴女が誰かに傷つけられて、苦しんでいるのが辛いのです」

「そう、なのね」

「貴女はずっと笑っている。どのような状況でも」

「率いる者として、それはね」

「貴女は19歳です。19の少女が襲われ、首に痕が残ったなら。悲しみ、泣くのが当然なのです」

「でもねぇ」

「困った顔で笑う貴女の裏側を、誰が見て下さるのです。教会に否定された貴女は、神でさえ……」

「いいのよ」


 神を信じず、人に内側を見せず。普通に考えて、結構とんでもない奴かと言われればそうね。難しいなぁ。別に、救われたいと思ってやってる訳じゃないからね。弱みを見せるのが苦手。政治とか環境もあるけど、周りがこんな感じになるから申し訳なくて言えないのよね。そもそも秘密が多すぎる?それはそう。


「ソフィア」

「何?」

「やはり何度でも言わせて下さい……最期まで、お傍に居ます」

「……貴女が一人、傍に居るだけでね。私はね、幾らでも頑張れるのよ」


 努めてミモザへと笑顔を向ける。責任と言えばそう。頑張りたくないのも本音。でも、皆の純粋な期待とか、頑張らないでって止めてくれる人のお陰で動けるのも本音なの。めんどくさい奴でごめんね。


「本音ですか?それは」

「勿論。……そうねぇ」


 実際、ヤバかったのはヤバかったし。ちょっとぐらい、甘えてもいいか。まぁ、ミモザ相手だし今更か。でもなぁ、元成人男性が人に甘えるってのも……。いや、ダメだ。この思考が良くない。


「ねぇ、ミモザ」

「何でしょう?」

「手を、握って貰える?」

「勿論です」


 優しく私の手が握られる。皺があれど、綺麗に保たれているミモザの手。私は今、優しさに触れているんだろう。思った以上に、私は周りに愛されてるのかもなぁ。


「少しだけ、このままでいい?」

「えぇ、どれだけ長くとも構いません」


 温かい手の感触を感じつつ、私は目を閉じた。悩むことは多い。されど、まだ道は間違ってないのだろう。それでも、疑いながら信じ続けなければならない。


──────まだまだ、責任は続く。それでも、少しだけ身体が軽くなったような気がした。



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