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最終弁論


 馬に乗って、光源の少ない夜の街を駆ける。全力を尽くし過ぎてもう筋肉痛かも。揺れる度に、全身が痛い。

 無言で私の周りを囲みながら、直衛の皆も追従してくれる。目的地は法務所、その地下牢獄。

 

 しばらく馬を走らせると、厳めしく古い建築物が見えてきた。何代か前の法務卿が作らせた建物だけあって、無駄に仰々しい。

 正面ではなく、守衛詰所の方へと向かう。馬を適当に任せて詰所の扉を叩いた。中から、眠たげな男の衛兵がのっそり出てくる。サボってなさそうで何より。


「夜中だぞ……領主様!?」

「衛兵、クレアは此処の地下?」

「は、はい」

「案内しなさい」

「承知いたしました」


 大慌てで飛び出してきた衛兵と、直衛を引き連れて勝手口から法務所へと入っていく。

 威厳のあるホールを抜け、衛兵の先導で奥へと進む。廊下を抜けると、薄暗い地下への階段が見えた。その傍に、監視室がある。


「おい!」


 ぼんやりと光る窓口へ、衛兵が声を掛ける。しばらくすると、ぼさついた髪をしている女の守衛が出てきた。魔法の杖を突きながら。こっちもまぁ、サボってないようでよし。


「うるっさいわね……。え、リードラル卿!?」

「クレアの独房まで案内して。後、警備体制は?今日は増員?」

「承知いたしました……。……えっと、はい。ここは二名増員です。見回りも増やしています」

「なるほどね。詰所の方は?」

「こちらは三名増員です」


 元々法務所は結構人多いし、まぁ順当な増員か。明朝の処刑なら、万一誰かが取り返しに来ても大規模にはならないはず。そもそも聖女派は消えてる。


「では、ここからは私がご案内いたします」

「えぇ、よろしく」


 案内役が入れ替わる。杖の音に誘導されながら、地下へと向かった。勿論、直衛の皆も一緒ではある。でもねぇ、一対一で話したいと言えばそう。どうしよ、また命を危険に晒すって話になるし。

 カツン、カツンと杖の音が反響する。薄暗い地下、堅牢な石造りの地下牢。ダンジョンの様な場所を、歩く。案内が無いと迷うわこれ。


「収監場所は?」

「ここより堅牢な特別牢です」

「そう」


 一般房へ適当に入れてますとか無くて良かったわ。てか、結構歩くね。馬の移動も含めて、運動不足でよわよわなあんよに響くわ……。


「こちらに収監されております」


 石レンガに囲われた大きめの鉄扉。向こうの様子は窺い知れない。覗き穴的な奴があるけど、身長的にこう……背伸びするか。


「よいしょ……っと」

「お手伝いは必要でしょうか?」

「いいわ」


 プルプルしながら穴を覗くと、粗末なベッドの上で座り込んでいる桃色髪が見えた。流石に本人か。俯いてるから顔分かんないけど。


「起きてる?」

「…………」

「守衛、声は届いてるの?」

「聞こえてはいるはずです」

「そ、分かったわ」


 声が向こうに聞こえるなら、幾らでもやり様はある。さて、人払いをどうするか。この厳重さだと暗殺されるとかは無さそうだし。


「一対一で話したいわ」

「危険です」


 当然、ロブが止めてくる。万一暗殺されたら、君らの人生本当に終わっちゃうもんね……。でも、話したいのよ。クレア相手にしか話せない内容が、幾つもあってね……。


「承知の上。大丈夫、この様子なら祈祷も通らないわ」

「ですが……」

「守衛。待機する場所はある?」

「少し離れますが、特別房の監視所があります」

「そこで待ってて貰おうかしら。非常時は叫べば、声が届く距離?」

「恐らく聞こえませんが……。こちらの道具を使って下さい」


 そう言って守衛はガサガサポケットを探り、出て来たのは古めかしいハンドベル。それで非常時は伝えてる感じなのかな。


「鳴らせばいいのね?」

「はい、強く振ればかなり大きな音が出ます」

「分かったわ」

「お嬢様……」


 無視して話を進める私に、悲しそうな表情の直衛一同。いや、心苦しいのはそうなのよ。分かるけど……。どうしても気になるのよ、色々と。


「命令として出すわ。呼ぶまで待機」

「……了解」


 渋々去ろうとする直衛と、気まずそうな守衛。守衛の方は巻き込んでごめんなさいね。内心で両方に謝りつつ、その辺にあった適当な椅子に座る。あ、一個ロブに聞くの忘れてたわ。


「ロブ」

「……はい」

「クレアの明朝処刑、誰が決めたの?」


 少しの溜め。ロブは振り返らない。


「私、ミモザ、アイヴィーで決めております。罪状の確定は法務所副所長、刑執行の許可はメーザリー夫人が」

「そ、ならいいわ」

「……では、失礼致します」


 皆はあっさり見えなくなり、この場に残されたのはクレアと私の二人。クソ重そうな扉を隔ててるんで、実質一人か……。どう興味を惹こうかね。


「聞こえてる?」

「……」

「息災?」

「……」


 う~ん駄目そう。やっぱり本題から入るしかないか……。


「ねぇ、クレア」

「……」

「"星彩"の真実、知りたくない?」

「……」


 ダメか。これがダメなら、どうしよっかなって感じなんだけど。とか思っていると、扉の向こうからガチャン!と枷を動かす音が聞こえた。え、こわ。


「リードラル」


 元気と明るさの無い声が聞こえた。怒りとか通り越してるでしょうし、まぁ絶望か。


「ようやく声が聞けて嬉しいわ、クレア」

「御託は要らない。聞かせて」

「その前に、一つだけ聞きたいんだけど」

「何?」

「一体、私はどう見えている?」


 "星彩"自体がかなり高位の祈祷なんだよね。忘れがちなんだけどさ、クレアも王国でも多くない司教座聖堂のトップですし。異端審問官に至っては、中央のバリバリエリートですからね。故にミモザもギリ使えないみたいな話だったというか、いや黙ってる説もあるけど。まぁいいんだ、とにかくどう見えてるかが知りたいんです。

 扉の向こうで考えているんだろう、しばらくの沈黙が流れた。近くにあるランタンの灯が揺れている。


「……いいわ、話してあげる。虚無よ。無」

「視覚的には?」

「……目、口、心臓。全てが伽藍洞。何もなく、闇でもない。空っぽ」

「なるほど、普通の人間はどう見える?」

「何を信じてるかによって変わるわ。日、月、星。それぞれ心が光る」

「……異端は、どう見える?」

「悪意、異端には闇が心から漏れ出して見えるようになってるわ」

「そうか」


 ふむ。信じているもの、心が抱えているものによって光か闇が見えるって感じか。


「云われは確か、神の目を借りる……だったか?」

「正確には、天なる神の睥睨を借り受ける。ね」

「なるほど」

「かなりの人間を見てきたわ。信徒、異端、堕落者。前例の全てが、貴女に当て嵌まらない」

「そうでしょうね」


 神の目、か。真実とは銘打って釣り出したものの、結局仮説の一つしか持って無いのよね。でも、恐らく可能性は高い奴。確認しようがないからな。


「で、リードラル」

「何だ?」

「貴女の言う真実、聞かせろ」

「……そうね」

「煙に巻くなら、このまま黙って死んでやる」


 何だかんだこれを開示するのは初めてかな。この世界において。まぁ全部話す訳じゃないけど。

 正直覚悟がいる話なので、少しだけ間を置いた。周りに誰もいないことを再度確認。息を静かに吸って、吐く。よし!


「結論から言う」

「……」

「私は恐らく、この世界の神が定義できない魂を持っている」

「!?」

「理由は単純、"私"は別世界から来た」

「一体何を言う!?」


 明らかに混乱したような声が扉越しに聞こえる。だろうね。私も意味わかんないし。どうせクレアは処刑行き、なら話してもいいだろう。


「詳しく言おう。まず、私の魂は別世界の人間だ」

「何かが憑いている、と?」

「少し違う。別世界で生きた"私"がソフィア・クオーツ・フェロアオイに入って生きている、と言った状態」

「……転生?」

「星枢教会にその概念はあったか?」

「教えの成立期。中央で文献を漁ってる時に少しだけ、見た」

「では話が早い。私は別世界からの転生者だ」

「……だから、お前は」

「天なる神の世界ではない、他の"何か"が管理する世界の住人。つまり、神の定義外だ」

「貴様が虚無なのは」

「それが、原因だろう」


 こちらの神にとって管理外の生命。やっぱり魂がバグってて、身体はこっちの管理内だから、ぐっちゃぐちゃでバグってしまったってのが私の説だ。ありそうじゃない?


「何故、この世界へ来た」

「来たくなかった。向こうの"何か"が無理やり私を転生させたんだ」

「あくまで被害者だと?」

「拒否したさ。死人が別世界に転生なんて、ロクな事がない」

「死人?」

「私は一度、前の世界で死んでいる」

「馬鹿な……」

 

 私も馬鹿だと思います。普通に死なせてくれって言ったのに、無視して異世界転生なんて理不尽だ。まぁ、クレア側からするとそれ以上に理不尽だろうが。


「新技術の導入、思想のズレ、内心の信仰。君がおかしいと叫んだ内容は、概ね正しい」

「……やはり、私は間違っていなかった!」

「なぜ、教会を一番最初に取り込んだと思う?」

「唯一、貴様が負ける可能性があったから!」

「正解」


 貴族もギルドもギャングも、所詮は利と現実の中で生きる組織だ。彼らは、明確な正しさと民衆の中に在る。だが、宗教だけは違う。君たちは、自身の一度信じた全てを最後まで信じ切れてしまう。だから、一番最初に消さねばならなかった。あらゆる手、持てる全てを懸けて。だから三年も掛った。それでも、最後は危うかったけどね。


「困るんだよ。間を全部飛ばして、答えに辿り着かれるのは」

「貴様が神を信じないのも!」

「あぁ、別世界において神は世界の軸では無い。負けたんだ、新しい概念に」

「貴様が、神を殺すのも!」

「私が導入している技術や政策は、神を殺した新しい概念の土台だ」

「……何てことを」

「別世界でそれはこう呼ばれていた。"科学"と」

「科学……?何故、こんなことをする?なんで、こんな理不尽を?」


 それは何度も悩んだ。正常な発展を破壊して、歴史のブレイクスルーを発生させる行為。どう考えても、罪だ。確実に教会は死に、王国さえどうなるか分からない。思い上がりならそれでいいが、シリッサに来て以降、それは現実へとなりつつある。


「私が貴族に産まれていなければ、七大貴族の本家に産まれてなければ、やらなかった。恐らく」

「何の関係があるんだ、貴族と」

「クレア、"責任"だ。君にも分かるだろう?自由なんて無いんだよ、我々に」

「私の責任と、貴様の責任は違う。力の無かった私と、力を持つ貴様は別だ!」

「力を持つ者は、その全てにおいて責任を持つ。違うか、クレア?」

「だが」

「目の前で飢える子ども、搾取される農民、動く気力さえない市民。現状を変える力を持つなら、その立場に立つ人間は役目を全うしなければならない」

「暴論だ、それは」

「そうだ。だが、彼らの現状を変えられるのは私だけだ。君も同じ考えだから、炊き出しや貧者救済に力を入れたんだろう?」

「……違うとは、言い切れない」

「これは、私の聞き方が卑怯だったな」


 市民だったら、農民だったら、冒険者だったら。自分の幸福や自由の中で生きたんだと思う。もしくは、結局前世と一緒で何もできないまま死んだかのどっちか。それが一番、この世界にとって健全だったのも理解している。


「貴様は、どこから来た」

「遥か先。魔法も無く、祈祷も無い世界から」

「無茶苦茶だ!」

「私もそう思うよ」

「この世界を、どうする気だ」

「可能な限り進める」

「地獄へ落ちるぞ」

「今死んでも地獄だ。全部、覚悟の上」


 どこから地獄落ち判定になったのか分かんないですけど、絶対もう地獄行き確定でしょ。これで天に還れますって言われてもギャグにしか聞こえない。やるって決めた地点で、もうやるしかないんです。


「……何故貴様は、生きようとする?」

「私が死ねば、多くの何かが犠牲になる」

「"責任"で生きていると?」

「その通りだ」

「責任の無い貴様は、何で生きる気だ?」

「……その時に、考えてみるよ」

「……憐れな」


 でしょ。私は憐れな奴なんですよ。でも、責任だけはあるからね。嫌々言いながらやるしかないんです。私にしかできないことを、最後まで。

 何だかんだ、色々話してしまった。明日処刑される人、自分が処刑へと追い込んだ人に色々話してしまう私の弱さ、醜さよ。やってらんねぇ……。こうなりゃ最後までヤケるか。


「……クレア」

「何?」

「告解しても?」


 少しの沈黙、扉越しに悩んでいるのが伝わって来た。しばらくして、声が返ってくる。


「……もう、司教じゃないわ」

「それでも」

「そう。……解心を呼び掛けておられる神の声に心を開いてください」

「「日と月と星の名において」」


 普通ならキレられて、ガン無視喰らうのが当然なのになぁ。信仰においてどこまでも単純で、真摯だからやってらんねぇ。申し訳なさと、辛さが込み上げてくる。そんな事思う資格なんてないのに。


「天の睥睨の下、貴女の罪を告白して下さい」

「私の罪は生まれた事、大量の人を処刑した事、世界に理外を持ち込んだ事。許されども、告白する事を許して下さい」


 常に抱えていた己の罪、誰にも話さず抱えていたものが出る。しかも、味方ではなく敵に対して。私は、何をやってるんだろう。


「告白する事を許しましょう。されど、責任を最後までやり通しなさい」

「よいのでしょうか」

「神の敵よ。もし貴女が道中で滅ぶのならば、神の意志でしょう。滅ばぬならば、それも神の意志なのでしょう」

「……それは」

「私は日と月と星の名において、貴女の罪を許します」

「感謝を」


 本当に滅茶苦茶で、本来の告解とは全く別の何か。でも、私の中の何かが許された気がした。


「逆に聞きます。ソフィア」

「何?」

「私は独り善がりで、信仰を曲解したのでしょうか?」

「独り善がりなのは確か。でも、信仰に対してどこまでも真摯だった」

「では、何故負けたのでしょう」

「信じる事は素晴らしい。されど、貴女ほど何かを信じ切る事が出来た人間は、そう多くない」

「……そうなのでしょうか」

「これは断言出来る。私がこれまで見て来た信仰者の中で、貴女ほど信仰を貫いた者は見た事が無い」

「それは、少しだけ」


 お互いに言葉にできない感情が渦巻いていた。色々と間違えて、どうにもならない所まで来てしまった。絶対にこうなるしかなかったのは分かるけど、実際に言葉を交わすと、どうしてこうなってしまったんだろうなと考えてしまう。

 言える全ての本音で返したけど、伝わってるんだろうか。クレアは本当に、どれだけ意味が分からないとか後ろ指を指されようが自身の抱えた真実を、最後まで貫き通した。これがどれだけの偉業なのか。弱い私には、よく分かっていた。

 お互いに吹き出しそうな感情に蓋をする時間が流れた。そして静かにクレアは、小さく震えた声で私に言った。


「救われた、気がします」



──────早朝から遅れて正午。反逆者クレア・エウフェミア並びに聖女派六人は衆人環視の中、絞首刑に処された。



「神よ、あなたに委ねます」



──────処刑間際、クレアの最後の言葉であった。



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