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審判の日 ~前~


 冬が明けつつあり、されど冷やかさは影に残る石畳。その上をガラガラと、パカパカと軽快に走って行くのは、一台の馬車と、それを取り囲む五騎の魔甲騎兵。馬車に施された装飾の豪華さ、引き笑う竜の印が中に乗る者の高貴さを象徴している。引き笑う竜の印は一つの家を表す。大陸国家たるロンディルト王国、その実権を握る七大貴族が一。法務卿の席を持つ、フェロアオイ公爵家である。

 市街を駆け抜け、少しずつ近づいてくるのは、石造りの巨大で荘厳な建築物。枢星教会が最盛期に建てられ、今もなお威容を誇るシリッサ大聖堂。


「どのパターンを引くのか……」


 馬車の中で薄紫の長髪をクルクルと巻きながら独り言を呟くのは、正にフェロアオイが長女。辺境侯爵位も併せ持つ彼女の名は、ソフィア・クオーツ・リードラル=フェロアオイ。

 十数分ほど走ると、馬車は大聖堂の裏手へと辿り着いていた。なおも顎に手を当てて何かを考え込んでいるソフィア。


「お嬢様。着いております」


 御者に声を掛けられ、ハッと我に返るソフィア。されど、今少しばかり考える様子を見せた。


「……計画通りに行くわ。ロブを呼んで」

「承知いたしました」


 ソフィアがそう伝えると、御者はロブへ声を掛ける。その様子を聞きながら、彼女は厳しい表情で大聖堂を見上げていた。

 ややあって、ロブが馬上から馬車の窓越しにて彼女の傍へ寄る。その表情は、やはり遊びの無い表情であった。


「一応、私に付いて」

「了解。デレク!馬を頼む!」

「了解です」


 短いやり取りの後、下馬したロブは静かに彼女の馬車へと入る。一礼し、ソフィアの向かい側へと座る。

 碧眼の鋭い目が、静かにロブを見る。背筋が自然と伸びるロブ、ここまで真面目な主はいつ以来だっただろうか。


「……神に恨まれたとて、私は祈る事しか出来ないのよ。皮肉よね」

「あの司教は、狂ってます」


 ロブがそう言うと、ソフィアは彼から目線を外して大聖堂を見た。裏手から見ても、その荘厳さには陰り無し。


「……そうね」


 会話が切れる。しばらくの沈黙、二人の間には日が射している。

 ロブはソフィアの顔を見て思う、この方はどこまで考えていて、どこまでを考えていないのか。問うたとて、自分には分からないだろう。ただ、忠誠を尽くすしかない。恐らく彼の中で何度も同じ結論が出ているのだろう、静かな決意だけが彼の顔に浮かんでいた。


「お嬢様。全員集まりました」

「行きましょう」

「はい」


 馬車を降りるロブに続いて、ソフィアも降りていく。降りた先に直衛全員が集まっていた。ソフィアを緩く囲むように位置取る。


「リードラル卿、ご足労いただきありがとうございます」

「司教補佐、出迎えご苦労様」

「とんでもございません」


 大聖堂の裏口に立つフィグラス・ラブレ司教補佐と教典派の司祭二人。両手を前に合わせ頭を下げ、礼をするフィグラスと司祭。同じ形の礼で返すソフィア。


「司教は?」

「……礼拝堂の方で、式の準備をされております」

「なるほどね。手伝いが必要かしら?」

「いえ、残りの作業は最終確認程度ですので……」


 ソフィアに返答したフィグラスは、瞬間的に失言を悟った。ソフィアの出迎えよりも、最終確認程度の作業を優先するというのは完全なる失礼。冬明けの中、フィグラスの背筋に冷や汗が走る。空気に緊張が走る、彼の後方に控える司祭二人。その表情に不安が浮かぶ。


「そう。控室まで案内して頂戴」

「……承知いたしました。ご案内いたします」


 一行は控室へと歩き始めた。特に何も言わないソフィア。

 フィグラスの胸中には安堵よりも、困惑が強く出ていた。これまでなら、何かは言っていたはずなのだ。指摘や軽口程度ではあるが、何かがあった。これが意味する内容を、彼は知っている。されど、彼は流されるしかないのだ。力を振るう決意も無く、神を信じ抜く覚悟もない。聡いが故に、囚われている。

 裏口から入り、廊下を抜ける。その間、発された言葉は無かった。過去の式典とはどこか空気感の違う、言葉にならない緊張が一行を包む。


「こちらでお待ちください」

「人払いを」

「承知いたしました」


 回廊に面する一室へと通されたソフィアと直衛。一礼して去っていく、フィグラスら三人。

 ソフィアは椅子へと座った。直衛の二人、シーラとデレクは外へ向かう。部屋の中には、ロブとイリル、モーリスの三人が残った。重く、鋭い緊張が場を包んでいる。普段なら談笑の一つや二つあっただろうが、今回ばかりは違う。

 失敗すれば、こちらが異端になる。そうなってしまえばソフィアは失脚し、これまでの改革が水の泡となる。そして最悪、ソフィアは死ぬ。


「……駄目ね。緊張するわ」

「当然の事かと思います」


 ソフィアは息を吐き、弱音を溢す。ロブが返し、他の二人は気遣わしげにソフィアを見ている。


「ま、決めた通りにやるしかないわね」

「……お嬢様」

「何?」

「直衛を始め、兵は必ず貴女を守ります」

「……心強いわ。よし!」


 パン!と頬を叩き、気合を入れ直すソフィア。もう、なるようになるしかない。ともすれば自棄とも取れるような覚悟。彼女にとって修羅場は初めてではないが、されど毎回命が懸かってはいるのだ。


「礼法は大丈夫。聖句は教典見ながらやれるからよし」


 状況を整理し始めたソフィア。覆っていた緊張感は少しほぐれ、直衛達も安堵している。

 ソフィアの悪癖である自分を追い込む癖。直衛達はミモザから、少しの安心感を与えれば勝手に気付きます。どうか、上手く対応してくださいと頼まれていた。

 ソフィアの独り言が流れる部屋に、ノックの音が鳴る。誰かが来た。


「お嬢様、クラリスです」


 ロブを見るソフィア。頷くロブ。


「……入りなさい」

「失礼致します」


 開かれた扉、入って来たのは銃兵頭のクラリスであった。ソフィア側の会場警備として、銃兵も幾らかここに来ている。ともすれば摩擦を生みかねない状態だが、そんな事を言っていられる余裕はソフィア達に無い。


「ご苦労様。状況は?」

「計画通りに動いております。会場警備に十名、即応出来る位置に二十名を巡回させております」

「よろしい。向こうの動きは?」

「我々が武装を持ち込んでいる関係上、教会側も随分と物々しい状態です」

「結構、無理に通したからねぇ……」


 ピンと張った背筋に真面目な表情のクラリス。報告を聞きながら所在なさげに手を組むソフィア。

 礼拝に来る貴族の警護、平民も混ざっているからと様々な理由をこねてようやく、ソフィア側護衛の帯剣が認められている。特例を作り出したが故に、教会側も武装していた。


「クラリス、向こうの編成はどうなってる?」

「剣にメイスにモーニングスター、近距離が多いわ」

「遠距離は?」

「弓と銃は無し。でも、向こうは祈祷が使えるのよ」

「そうか……」


 教会側は祈禱が使える。聖句は長いが、唱えてしまえば雷や炎が飛んでくる。ソフィアは戦う術を持っていない訳では無い。だが、巡礼にて実戦経験を持つ聖職者と比較すると分は悪い。彼女は率いる側なのだ。

 考え込んで話を聞いていたソフィアが口を開いた。


「蜂起する可能性は?」

「審問の結果次第ではありますが……。あり得るかと」

「……そうよね」

「雰囲気について、私見でよければ」

「いいわ、続けて」


 クラリスは珍しく、少しの逡巡を見せた。言っていいのか悪いのか、本当に本人の感覚なのだろう。


「司教及び聖女派の面々には、強い覚悟が宿っている様に見えました」

「……蜂起するわね、多分」

「待機を集めますか?」

「時間、まだ残ってる?」

「完全招集は間に合わないかと」

「なら……」


 ソフィアは顎に手をやって考えている。そして、部屋に居る人間を見回した。また別種の緊張が場を包む。司教が異端になれば、式典で聖女派は蜂起する。ソフィアの判断に迷いは無かった。


「クラリス」

「はっ!」

「外の兵を呼び、礼拝堂の正面側に集めなさい」

「了解!」


 クラリスは多くを聞かず、早足で部屋を出て行った。クラリスとソフィアは悟っている、司教達はその場で事を起こすだろうと。異端で囚われれば、ソフィアを殺す機会など二度と訪れない。

 司教達は異端審問官に賭けていた。"星彩"でソフィアを見た審問官が、正しい沙汰を下すものだと信じている。異端判定がソフィアに向かえば、フェロアオイ公爵家も擁護できない。確定的に、ソフィアは失脚する。


「お嬢様。我々は」

「……変更なし。剣を研いでおきなさい」

「了解です」


 武装の最終確認を行う直衛、慌ただしくなる室内。ソフィアだけが神妙な顔で、静かに座っていた。

 室内にいる三人の確認が終わり、ロブを除いた二人が外のメンバーと入れ替わった。時間が過ぎていく。


「確認、終わっております」

「了解。待機してて」

「はい」


 ロブがソフィアへと報告するも、彼女は額に手を当てて何かを考え込んでいる。まだ考えが纏まらないのだろう。


「……これ以上考えてもしょうがないか」


 そう一人で結論付けたソフィア。考えるのを止め、静かに時を待ち始めた。時間だけが更に過ぎ去っていく。

 そして、部屋の扉がノックされた。


「リードラル卿。お時間です」

「えぇ、今出るわ」


 外から聞こえるフィグラスの声。そして、事前の打ち合わせにて顔を何度も合わせているが、司教は最後まで挨拶に来なかった。向こうはどうなろうと完全に終わらせる気だと、ソフィアは更に確信を深めた。


「行きましょう、皆」


 返答はないが、全員がソフィアに目を合わせた。その目には一様に覚悟と、揺るぎない忠誠が映っている。

 ソフィアは満足げに頷き、立ち上がって部屋の外へと向かった。


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