日々は続く
すっかり見慣れた執務室、私は椅子に座っていた。机の上には沢山の書類と、これまた沢山の手紙たち。溜息が零れる。
何が悲しくて前世より働かなきゃならんのか。もう慣れたけど!慣れたけど……!嫌なものは嫌、これもまた人情って奴よ。
「手紙は……」
封を開けて目を通す。舞踏会のお誘い多すぎ。どう考えても行ける訳ないでしょ。王都や他の都市に行ったとして、その間誰が指示出すんですかね。私がやるにしても反応見えないし、知るまでラグあるし最悪。
別に舞踏会とか、サロンでダラダラしていいならやりたいですけど。公共事業裁可、市街の問題対策、発明の評価、各勢力との折衝。誰が代わりにやってくれるんですかね。責任負えないでしょ。
「あ、ミリゼから来てるわ」
前の屋敷なら呼べたんだけどねぇ。流石にシリッサへ呼びつけるのは可哀想だし。私も時間取れないからどうしようもない。だから文通に留めているのだ。手紙の内容、意外と面白くて楽しみなのよね。
「……は」
近況がつらつらと、少しだけ崩れた字で書いてある。確か前回は、ドサ舞踏会巡りで資金集めしてるとこだったかな。……んで、その金と菜種油の貿易で稼いだ金を未開のダンジョン開発に注ぎこんだと。何やってんだ。ギャンブルじゃないの。いや私も人のことは言えないか……。
「強運、持ってるなぁ」
結果的に鉄鉱山だったらしく、事業は成功した上に多角化したと。向こうも過労死しそうな勢いで働いてるなこりゃ。ちな途中には働かない冒険者と使えねぇギルドの愚痴が延々と書かれていました。
もう商会ルート一直線じゃないの。政略結婚とかどうすんだろ。血筋はデカいぞ~。結婚ルートぶん投げた私が言うのもなんだけどさ。
こっちの高炉が集産化出来れば、鉄の需要も跳ねあがるだろう。その時は普通にお世話になるかもしれない。商会周りも整理しないとなぁ。めんどくさいわぁ。
「お互い、苦労するわねぇ」
共に息災で。最後には一言だけ、そう書かれていた。ミリゼらしいわ、実直そのもの。最初に会った頃はあれだけバタバタしてたのに。それだけ追い詰められてたんだろうなぁ。ちょっとだけ、懐かしく感じる。
熱くなり始めた街を、窓から眺める。お披露目会で出逢って四年か、随分と時間が経った。てか十六にしてミリゼも事業やってるのか。凄いなあの子、信じられん。私?前世分があるから、出来て当然かもしれないですね……。
「お嬢様。宜しいですか?」
「いいわ、入りなさい」
しばらく適当に手紙を眺めてると、扉がノックされる。この声はミモザか、茶の時間だ。適当にガラスペンを横に置き、返答する。因みにガラスペンは二代目になりました、使い過ぎです。
扉が開かれ、ミモザが入ってくる。カップとポットをお盆に乗せて。シリッサはいいね、茶の種類が流石に多い。私の虚弱な胃腸、溜まるストレスに優しくてよし。
「今日は?」
「カーマイルです」
「悪くないわ」
カモミールか。何というか、気遣われてんなぁ。こっちに来てからは、胃腸やストレスに効く奴が選ばれがち。こういう気遣いから私の労働は成り立っているのだ。休めないように調整されているとも言う。
実際、私がコケたらヤバい。分権とか一ミリも進んでないし、専門家の皆様を呼んだのは私だし。誰が決裁して、誰が専門家と技術の話をするんですか?私の撒いた種?それはそう。
「……御調子は?」
「婆さんに気遣われるような歳じゃないわ」
「ふ……そうですか」
私の軽口に、薄く笑うミモザ。でも手元はしっかり茶を淹れてるのよねぇ、所作も完璧。正直、私のとこに居させるには結構勿体ないって話は……。老い先も永くないだろうし、自由にして貰ってもいいんだけどねぇ。
「ねぇ」
「はい」
「いいの?……最期まで」
私は、出されたお茶のカップを持ち上げたまま問いかける。一瞬の沈黙、湯気が視界を揺らがせた。私の責任に巻き込まれる必要は無い、もう既に結構巻き込んじゃったけど。それでも少しは。
「……何度でも、言いましょう」
「……」
お盆の上にポットを置きながら、ミモザは静かに言った。このやり取りも何度やったかって話なんだけどね。ごめんね、でも言っちゃうのよ。
文官不足なのは事実だけど、大恩ある臣下の人生と天秤に掛けるのはねぇ。一度死んだ者として、時間は大切にして欲しいの。私?これ以上ない程、大切にされてます。してるんじゃなくて、されてる。
「星の下に最期まで。意思は変わりません」
「……そ」
落ち着いた調子で語る、忠義者。何度も聞きたくなっちゃうのは、私の弱さなんでしょうね。
少しだけ曇った私の表情を察したのだろう、こちらを見てくる。覗き込んでこないとこが、ミモザらしいのよねぇ。
「この後は?」
「後任の教育がありますが、構いません」
「あら、いいの?」
「お嬢様が何より優先されますので」
「ふ、いい部下を持ったわ」
執務机の向かい側にあるテーブル、横にある椅子へと座るミモザ。背筋の伸び方、佇まい。流石、使用人にしては完成し過ぎてるわね。まぁそれぐらいできないと公爵家の筆頭家令なんて出来ないか。私も死ぬほどマナーは叩き込まれたし……。
呼び留めたのはいいけど、正直何話すかは決まってない。折角だし、なんかあるかなぁ。
「こっちはどう?」
「暇です」
「嘘でしょ??」
「冗談です」
「分かり辛いのよ……」
真顔で言ってくるから余計判断が難しいのよ!ギリ言いそうだし。これで暇なら私も暇だわ。
「お嬢様よりは暇ですが」
「比較対象が終わってるわ」
「ご自身の事ですよね?」
こうやって話している時間が過ぎれば過ぎる程、タスクは滞留していくのだ。適当に雑談してるだけで書類減らないかな。話しながら書類裁けるほど、マルチタスクじゃないのが悔やまれる。決裁書、適当にサインしたら大変なことになるからね。
「後任の調子は?」
「双方、精力的に学んでおります」
「いい事ね」
「完成までは今暫く」
「急がないわ、無理なくやりなさい」
「はい」
後任の訓練もやってくれてまして、ほんと何から何まですいませんね……。ぶっちゃけミモザの後任とか、忙殺確定だし。誰がやりたいのかと思うところではありますけれども、必要なのは間違いないからなぁ。
「文官招集はどうなっておりますか?」
「フェロークの人材を主にして、全国から呼んでるわ」
「進捗としては如何です?」
「正直、まだ掛かると思う」
「なるほど……」
私は茶をしばきながら、進捗を伝える。早く人を集めたいと思うのは私も一緒なんだけどねぇ。治安は改善されたとはいえ微妙、汚職は蔓延ってる。金もあんまりないし。今の段階でめちゃめちゃ集まられても破綻するかもしれない、ってのが素直な感想か。
「茶はどうでしょうか?」
「美味しいわ。美味しいお茶は、心にいい」
「カーマイルは、私もよく飲みます」
「そうなの?」
「神学校で学んでいた頃の、思い出の味です」
「へぇ……」
同じように茶を飲んでたのねぇ。ちょっと感慨深くなったわ。若かりし頃のミモザ……。随分と綺麗だったんだろうなぁ。私も負けてないだろう。嬉しくないっすね。見た目がよくたって、結局ちびっこくて威厳なんかないんだから。
「まだ覚えてるの?学校生活」
「そうですね……。随分と、研究で無茶をしました」
「本当?信じられないんだけど」
「私とて、若かった頃はありますとも」
「それもそうね」
やんちゃしてるミモザとか想像つかなさすぎる。真顔で祈るか、部下を指導してるかってイメージが強い。私といる時は結構緩かったり、冗談言ってくれるんだけどね。実直って感じ。
めちゃめちゃ祈祷を適当に使ってるミモザとか、気になり過ぎるんだけど。
「……しかし」
「ん?」
「こうやって話すのは、久しいのでは?」
「……確かに」
言われてみれば、会議と必要事項以外の連絡だとあんまり話してなかったな。お互い多忙だし、顔は合わせてるからいいかなって。こんな感じなのはミモザだけか、そういえば。他の部下たちは何だかんだ時間取ってるし。
「前は何かと話してたわね」
「そうですね。少し、寂しくはあります」
「あら珍しい」
「お嬢様は違うので?」
「そう言われると弱いわね……」
ほんと、話せる内に話しとかないといけないのにな。お仕事の中で時間が取れないってのがリアルで虚しくなってくる。やっぱ時間取ろう、ほんとに。
お茶のお代わりをセルフで注ぐ。ミモザが、こちらをじっと見ていた。こういう時は自分でやるわよ……。そんな仕事取られたみたいな雰囲気出さないで。
「……怖く、ありませんか?」
「統治?」
「はい」
「怖くないと言えば嘘になるわね」
ミスったら人が死ぬし、下手したら私も死ぬからなぁ。部下のみんなもロクな目に遭わないだろうし。未来を知っている、公爵家令嬢の二つが無ければ適当に過ごしてただろう。
「無理せずとも……」
「でもねぇ、背負っちゃったのよ」
「それは」
「正しいかどうかは知らないけど、やるしか無くなっちゃったの」
「……」
「少なくとも、シリッサを甦らせるまでは」
その先はどうするかなぁ。正直完了する前に死んでしまう可能性もしっかりあるんで。今の段階で死んだらどうするの……。まぁ部下は本家に回収されて、シリッサは私が来る前に戻るって感じになるかね。難しい所ですね。
「やはり最期まで、お傍に」
「……ありがとう、助かるわ」
ミモザは立ち上がり、綺麗な姿勢で一礼する。結局こうやって甘えちゃうから良くないんだろうな。でも私も人の子なんで……。十六の少女がやってるならいいけど、中身は男の残滓だからなぁ。
「折角だし、もう少し話しましょ」
「仰せのままに」
すっかり空になってしまったカップを机の上に置く。机に肘を置き、手を組み合わせる。ミモザの厳しい目が突き刺さる。無作法って?いいじゃない二人だけだし。溜息吐かないでよ。
たまには、こういう日もいいよね。無理してばっかじゃ、また死んじゃうし。
──────カップの底に残ったカーマイルの水面に、日が射していた。




