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冒険者、ネイト


 ソフィア・リードラル様は俺達が見たこと無い部類の貴族だった。間違いねぇ。

 出会って数時間だが、今まで依頼で関わってきた貴族とは何か違う。こう、何というか、雰囲気?見下して来ない以上に、なんか違うんだよな。


「名残惜しいですが……。そろそろお暇させて頂きます」

「ソフィア様、また後で!」

「あ、はい……」


 ソフィア様が席を立つ。どうやら時間みたいだ。アイヴィーが雑に挨拶してるが、いいのかあんな気安さで……。

 さっきもソフィア様に抱きついてたし、不敬が過ぎるだろ。大概、ソフィア様は貴族の中でも下の方かもな。いや、これが一番不敬か。


「リードラル様。またお話の機会を頂いても?」

「勿論。この様な話は、私としても大歓迎です」


 ダリアも立ち上がって、ソフィア様に深々と頭を下げる。頑固者のダリアが、こうなるとはなぁ。シリッサの司教に啖呵切った奴とは思えねぇ。


「また話しましょ!」

「えぇ」


 ケイシーが楽しそうに話し掛け、ソフィア様も満更では無さそうだ。こいつも仲良くするのに人を選ぶ節があるから、どうなるかと思ったが……。

 

「リードラル様。すみませんね、色々と愚痴みたいな事を……」

「聞き、実行するのが貴族の務め。寧ろ私の方がもっと聞かせて頂きたい程です」

「……感謝します」


 これを平気で言える強さ。前線指揮の経験は当然無いだろうが、あってもおかしくねぇ。そんだけの強さをこの歳で持ってるのは、素直にすげぇと思うよ。

 てかなぁ、俺達もそれなりには場数を踏んできてんだ。どんだけ可愛らしい女の子とはいえ、貴族は貴族だ。普段ならもっと全員警戒してるはずなんだがね。


「お嬢様。時間が来ております」


 ダラダラやってたせいで外からノックと声が。多分、元々の時間なんてとっくに過ぎてるんだろう。だが、嫌味なく去ろうとしてる。アイヴィーとダリアはちょっと違うが、学のない冒険者ごときの質問によくもまぁ答えてくれたもんだ。


「今行くわ」


 あまり気にして無さそうな雰囲気で、扉へと向かっていくソフィア様。歩き方も何か、気品があるというか。俺達側の、いわゆる身のこなしがすげぇとかじゃない。雰囲気って奴かね。

 そのまま扉を開き、出る間際にこっちを向いて一礼。ソフィア様は去っていった。最後まで、人の目を惹きつける力のある人だったな。


「アイヴィー、随分と楽しそうじゃない」

「イリルさん!お疲れ様です!」


 入れ替わりで入って来たのは、外套の内に地味な布鎧を着た女。身長は俺より少し小さいか。街でよく見るぐらいだ。青髪短髪の可愛い顔立ちだ。ソフィア様とは違う系統だな。


「皆様、お疲れ様でした」

「貴女は?」


 一礼するイリル。雰囲気といい、礼の感じも含めて軍人だなこりゃ。ダリアが俺達全員の疑問を飛ばしてくれた。リーダーの割に俺、存在感ねぇんだよな。ケイシーとダリア、もう一人が濃すぎるんだよ。

 あいつ用事でいないのが勿体ねぇ。絶対あの感じだと話が合うはず。唯一の貴族家出身だぜ?本人は没落貴族って笑ってたけどな、気品はにじみ出るもんだ。


「ソフィア様の護衛です。名をイリルと申します」

「イリルさんですね。私はダリアと言います」

「……ケイシーよ」

「俺はネイト」


 さっさと自己紹介を済ませる。別に貴族じゃないだろう、多分。だったとしても家名は捨ててる……よな?何か不安になってきたぞ。一応ちょっと聞いとくか。


「あ~、イリルさん?」

「何でしょう?」

「お名前って……」

「あぁ、貴族ではありませんよ」

「そうだったか、安心したよ」

「失礼があったとて、気にしませんよ」

「感謝する」


 ソフィア様があんな感じで大らかだしな……そりゃ臣下も寛大になるか。偶にいるんだよ、貴族に仕えてるからって自分も偉いと勘違いする奴が。よかったよかった。

 ケイシーは剣によって様子を見てる。普段煩い割に、こういう時は静かなんだよな。気持ちは分からんでもない。


「それで、何でイリルさんが?」

「お忘れですか?」

「護衛が付くんでしたね!イリルさんだったんですか?」

「今日だけです。以降は、銃兵が三人付きます」

「何だか気まずいですね……」

「ご理解下さい」


 はい!と特に何も気にして無さそうなアイヴィー。こいつに護衛が付く?なぜ?てかそれ、俺達に言っていいのかよ。


「あぁ、皆様」

「どうされた?」

「護衛、内訳共に他言無用でお願いします」

「言う訳ないでしょ……」

「当然、言いませんよ」


 警戒を解かないケイシー。ダリアも教典をパラパラと捲っている。アイヴィーは……うん、そりゃ警戒なんて無いよな。俺は、細めのメイスから目が離せねぇんだ。

 入って来た時はソフィア様の護衛ぐらいの印象だったが……。身体の芯、目線、布鎧の隙間から覗く本命。アンタ、めちゃめちゃ強いだろ。


「あの、皆さん、他人行儀過ぎませんか?」

「アイヴィー。俺達はイリルさんを知らないんだぜ?」

「悪い人っぽくないけど、分かるでしょ?」

「強さを見抜けない程の弱卒ではありません」


 ソフィア様の気品、アンタを見てれば察するよ。あの子、上位貴族だな?一介の男爵や伯爵だって、こんな強い護衛は持ってねぇ。しかも、魔法使いとしては全然優秀なアイヴィーに付けるほど、余裕がある。


「ま、気付くよね」


 イリルさん……イリルの雰囲気が変わる。わざと振る舞いや全身から力を抜いていたんだろう。口調と共に、それが一気に戻る。可愛い顔が、鋭くなる。やっぱクソ強いわ。一対一じゃ絶対勝てないなこれ。


「雰囲気だけでビビらないでよ。困るんだよね」

「最初の頃は、私もこんな感じでしたねぇ」

「アンタは慣れ過ぎ」

「そんな!」


 何でもないように話す二人を見て、若干警戒が薄くなる。アイヴィーのこういうとこは助かるんだが……。何度、ひやひやさせられたかも覚えてないぞ。功罪が大きすぎる。


「流石、ミドルの上澄みなだけあるわ」

「自慢のパーティーです!」

「お嬢様の気まぐれとは言え、本気で抑えてたのに。よく分かったね」

「分からなきゃミドル失格だよ」

「違いないわ。隙が無さすぎるのよ」

「あらそう?」


 見るやつが見りゃわかる。常に壁を背にして、扉は三歩圏内。別に俺達と闘る気じゃないだろうが、癖に出てんだよ。意識しなくても、こっち側の空気が。

 てか一瞬でも俺達の警戒網を抜けたのが怖ぇよ。ミドルで、シリッサでもそれなりに強いんだぜ?型無しだよ。


「アイヴィーの知り合いで、お嬢様に失礼を働いた訳でもなし。戦う理由がないの」

「だがなぁ……」

「しょうがないわね」


 溜息をついて、机の方へと歩き出すイリル。メイスと直剣を机の上にガチャン!と置いて手を振った。これでいいでしょ?目線でそう訴えかけてくる。

 俺はダリア、ケイシーへと目くばせする。それぞれ教典を仕舞い、剣から離れて座った。俺も前のめりになっていた姿勢を緩める。


「で、どうだった?」

「何がだ?」

「お嬢様」


 いきなり投げかけられた質問に、俺達は黙り込む。ざっくりと聞かれて、パッと答えられる話じゃないんだよ。


「ソフィア様は」

「アンタには聞いてないわ」


 アイヴィーが何かを言おうとするも、あっさりイリルに遮られてる。しょんぼりするアイヴィー。いい気味だぜ。ビビる俺達を尻目に、自由にしやがって。逆恨みだが、別にいいだろこれくらい?


「……何というか、寛大?」

「優秀、かな」

「素晴らしい方です」

「今度は、一気に言い過ぎ……。まぁいいわ」


 イリルはまた壁にもたれかかって、皿のように手を曲げる。余裕そうに見えて、やっぱり隙がねぇんだよなぁ。どうなってんだ。


「いいのね……」

「全部合ってるし。お嬢様は寛大で、優秀で、素晴らしいのよ」


 アイヴィーが隣で頷いている。心酔し過ぎじゃないか……?アイヴィーは信じられない程入れ込んでたしな。調査狂いって呼ばれてた奴とは思えん。


「分からんでもないが……」

「失礼かました貴族を切らない寛容さ、十六にして政を理解する優秀さ、全てを持っていてなお、傲慢にならぬ素晴らしさ!」


 早口で流れるように語るイリル。アイヴィーでも凄かったが、彼女は……凄いな。てかこんだけ強い奴が、ここまで心酔する。

 ソフィア様の事を優秀だと皆思ってるが、たった数時間話しただけ。よく考えてみれば、その程度で俺達がソフィア様を優秀だって断じれるのがおかしいんだ。特にケイシーの評価は辛口もいいとこだが、それでも優秀が出る。


「でも最初は左遷だと思ってたんですよね……?」

「煩いわね。今は心底、やりがいに満ちてるわ」

「全然、冒険者でもミドル……いや、ハイを目指せそうなのに」

「どうでもいいわ。お嬢様以外の下に付くなんて、考慮に値しない」

「随分と、入れ込んでるなぁ」


 優秀なのは認めるがねぇ。アンタほど強い人が、そこまで入れ込むほどなのか。まだソフィア様を知らなさすぎるな。残りの二人も同じように……まだ、凄い人程度だよな。


「ま、数時間じゃ分かんないわよね」


 別に賛同を得られないのも予想通りなんだろう、イリルはどうでもよさそうに腕を組んでいる。考え方が強すぎる、いや実力も間違いなく強いんだが。

 

「分かるもんなのか?」

「アンタら、シリッサに住んでるんでしょ?」

「そうだが……」


 一体、何の関係があるんだ?急に街の話へと変わる。住み始めてからそりゃ、結構経ってるが……。


「じゃ、いずれ分かるわ」

「?」


 アイヴィー以外は要領を得ないイリルの言葉に、困惑する。だが、一つだけ確信があった。何かが、これから変わるんだろう。ただ生きてるだけで。


「何か変わるの?」

「何もかもが変わるんじゃない?」


 余りにも広すぎ、適当過ぎる返事に唖然とするケイシー。俺も同意見だ。


「……よい方向に?」

「分かんないけど、私はそう信じてる」


 ダリアは返答を聞いて、顎に手を当てて考え込んでしまった。


「なぁイリルさん」

「何か?」

「ソフィア様に、命を懸けられるのか?」

「愚問ね」


 そういって、目を閉じて何かを思い出すように深呼吸するイリル。そして再び口を開いた。


「私の為に死ね。これを言わないから、私は命を懸けられるのよ」

「……そうか」


 言い切ったイリルの目は、どこまでも澄んでいた。俺は何というか、圧倒されて、これ以上の言葉を出せなかった。会話は終わってしまう。

 これ以上話す事も浮かばない。全員、得体の知れない何かに圧倒されていた。俺もどうにかなりそうで、ぼんやりと椅子を揺らす。


 そのまま解散になってしまった。アイヴィーは俺達の様子を気にしていたが、イリルと迎えの護衛二人に連れられて帰っていった。

 

「どうなっちまうんだ……」


 宿屋のベッドに寝転がり、天井を眺める。月明かりが目の前をよぎり、天井の色を隠してしまう。……寝るか。

 

──────そして、俺達の長い一日は終わりを迎えた。

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