優雅な午後
アトモスさん、いやアイヴィー先生との授業が始まって数ヶ月が経った。その間?別に先生を質問攻めにして、疲れたらダラダラしてただけですけど。
「先生、どうして身体から魔法は出せないんでしょうか?」
「う~~んとぉ、それは……」
「出せたら全身から属性が吹き出すとか?」
「……師匠曰く、いないことは無いらしいです」
「あ、そうなんですね」
今日も今日とて、色んなモノが増えた物置部屋の一室で先生と授業。ポヤポヤした雰囲気とは裏腹に、恐ろしく頭が回る人だ。私が適当に投げた質問を真面目に考えてくれる。ありがてぇ。
初日は凄かったなぁ。どこかを抓られたような顔で、持ち帰ります!と質問を持って帰られたのは初めてかもしれない。ミモザも一時期似たような表情をよくしてた気がする。
「発火魔法についても、魔力が火に変換された瞬間が何度やっても掴めなく……」
「掴んで、どうするんですか??」
「いや、気になりません?」
「うむむ……」
気にならないのか。そっか。絶対魔法が発生する瞬間には何かがあると思うんだけどなぁ。普通に気にならないんならどうしようもない。
先生はご自身の杖先を眺めながらぼんやりし始めた。そう、この時間も増えた。多分考え事をしてるんだろうなって、私は黙って見てるんですよ。
「これも、考えてみていいですか?」
「え、あ、はい。勿論です」
「ありがとうございます」
そしたら一気に真面目な顔になって、私のノリで考えた質問は持ち帰られてしまうのだ。大体次の日には「出来ませんでした……」か「分かりませんでした……」って返ってくるんですけど、考えてくれるのは嬉しいね。
先生からは魔法や国の歴史とか教えて貰いつつ、私は先生にクソみたいな質問を投げかける。これがウィンウィンか。
「いい宿題も出来ましたし、今日はこの辺にしておきましょうか」
「私の方に宿題は……?」
「無いですねぇ。明日は外で魔法行使をやりますので、その準備だけお願いします」
「承知しました」
「ではでは」
次回の話をしつつも、先生は紙に何かを書き留めている。流石に失礼かなと思い、覗き込みはしない。
教室から先に出ていく先生を頬杖をついて眺めながら、ぼんやりする。
「『火よ、現れよ』」
ボッ!と手のひらに収まるサイズの火が飛び出し、すぐに消える。異世界らしく、不思議な力だよなぁと思うばかりだ。
紙を取り出して何となくの思考を書き留める。魔法文明が根底にあるからか、紙はそれなりに潤沢にある。というか公爵家だしね。バリバリの上流ですわよ。
「現出条件は音節詠唱完了時ではなく、イメージの確定した瞬間?」
魔法の強さは脳内イメージに左右される。それは先生の言であるし、実際そうだと予想している。自身で実験したところによると、魔力を属性に変換する時に思い浮かべる“何か”。属性イメージが型を定義してる傾向にあるように思えた。
そもそも、魔力そのものに対する概念的思索もまだ弱い世界だ。のんびりやるし、急がなくてもいいか。
「茶でもしばきますか」
私も独り言を呟きながら、紙を抱えて外に出る。緩い昼下がり、窓から入ってくる陽がいいね。
廊下でお掃除を頑張ってくれるメイドたちを尻目に見ながら、自室へと向かう。
「お嬢様、ご学習お疲れ様です」
「貴方達もご苦労様。ミモザは?」
「ミモザ様は本家に招集されております」
「……なるほど」
どうせ母か父が私の学習進捗や、ここの統治状況を聞きたくて呼んだ感じだろうなぁ。裏切りはまず見てないと思うけど、私を甘やかさない保証は無いしね。
神学校出身で学位あるのに、なぁんで私の傍仕えやってんだろあの人。わかんな~。
「ミモザが居ないからってサボらないでね?」
「無論です」
「そ、ならよろしい」
鋭い目の女性メイドに告げながら、紙を任せて部屋を出る。
どの口が言ってるんですかね。これからダラダラ、屋敷のお散歩をして過ごそうとしてる人とは思えぬ。
廊下を歩いて、一回の調理場へと向かう。道中、使用人たちが会うたび頭を下げてくるのに、手を適当に振って返す。手が疲れてきた。令嬢権限で挨拶無しに出来ない?でも舐められるしな……。う~む。
エントランスから食堂、調理場へと向かう。一々歩くのが大変なんだよね、屋敷って。
「お嬢様、どうなさいましたか?」
「甘いものとお茶を貰える?勉強で疲れたの」
「アップルパイとフィガが御座います」
「悪くないわ。急がないから、出来たら食堂までお願い」
「承知いたしました」
よろしく、と言いながら食堂へと戻っていく。料理長の食器を準備する音が、後ろから響いていた。
適当に戻って、上座に座る。これが令嬢の特権!一人で座ってどうするのかと言われれば、それはまぁそう。
「……眠い」
「あ、お嬢様。お疲れ様です」
「あらロブ、ご苦労様」
何も考えずにぼ~っとしてると、食堂に男が入って来た。薄い赤色の短髪を後ろに流している、快活そうな顔立ち。こやつは、ソフィア直衛部隊のトップである。
この屋敷には兵士が二十人居る。確かそうだったはず。内十五人が屋敷で、他五人が私の直接的な護衛なのだ。これも家格的にちゃんと強い皆様だ。いないと普通に暗殺や襲撃されちゃうからね。
「訓練?」
「はい、直衛で遠乗りを」
「全員?」
「護衛は屋敷の部隊が」
「ならいいわ」
まさか私の護衛全投げして遠乗りかと思ったけど、流石にそんなことは無いよね。ま、滅多に襲われること無いけどさ。
汗を垂らしながら、まだ何かあります?って顔で私を見てくるロブ。見えるぞ心情が。
「この辺の治安はどう?」
「辺境ではない分、安定はしています」
「の割には微妙そうに見えるけど」
「本軍曰く、賊の増加が問題らしく……」
賊ねぇ。私がどうにかできる問題じゃないのよね。別に何かできるとしてもやんないだろうけど。
「南の戦況はどうなってたかしら?」
「公国の方でしたら……」
ロブは私の方に寄ってきて、小さな声で囁いてくる。顔はそれなりに悪くないとは思うけど、男には当然ピンとこない。来たら終わりだなって思います。
「隣接領のスタイン伯が手酷く会戦で負けたらしく」
「あぁ、なるほど」
「余り他言は」
「勿論」
助かります。と告げてまた離れる。私は胡乱気な目をロブに向けた。
「なぜ、戦況の話を?」
「賊の話の延長よ」
「え?」
なんでそんなピンと来て無いんだ?賊が増えるのは大体増税からの逃亡コンボが多いだろうし、ここは王国の内縁部。外から来てるなら、もうとっくに話題は来てるはずだしねぇ。
「スタイン伯爵領との境界、監視を厳重にしたら?」
「武力は減っていますが……?」
「だからよ」
「……あぁ、なるほど」
「そういうこと」
多分、治安維持に回せる金も軍も無いんでしょう。だから持ってこようとして、更に掛かる。負の無限ループとは可哀想に。結構、この戦争に入れ込んでるって話は母上から聞いてたし、まぁそうなるよね。
「開拓村の一部、ダンジョン立地なら取ってもいいんじゃない?」
「お嬢様、それは……」
「治安維持、治安維持よ」
お前マジかよ……みたいな雰囲気を漂わせてくるロブ。えっダメなの?税収の一部を伯爵にくれてやるって言ったら、喜んで受けてくれそうだけど。
「ま、父上か兄上がどうにかしてくれるでしょう」
「そこまで言っておいて投げやりですか……」
「責任がないから自由に言えるのよ」
こんな感じでダラダラ話していると、料理長がお茶とパイを運んできてくれた。美味しそう。
「……あっ!」
何かを思い出したかのように震えるロブ。どしたの?
「料理長、パイの余りって無いか……?」
「はい、残っております」
「お茶と一緒に貰ってく、いいか?」
「勿論でございます」
普通にお使いの途中だったのに引き留めちゃったか。悪いことをしてしまった。ちょっとした埋め合わせぐらいはしてあげよう。いや私が悪いんだけどさ。
「ロブ。氷室奥の小樽も持って行きなさい」
「はい?」
「実験で冷やしたエールが入ってるわ」
「いいんですか!?」
「空腹な部下を捕まえて話した挙句、何もないでは酷いでしょう?」
「ありがとうございます!」
すごい勢いで調理場の方へと消えていくロブ。現金ねぇ。
「……お嬢様。差し出がましいお願いですが」
「その文脈で本当に差し出がましいってのは面白いわね?」
「失礼いたしました」
「冗談よ。樽は幾つかあるから、仕事後にでも皆に振舞いなさい」
「よろしいのですか?」
「今日はミモザもいないし、少しは息を抜きなさい」
「その旨、周知いたします」
「よろしく」
ミモザは教会出身なだけあって、その辺厳しいのよね。別にカッチカチって訳じゃないけど、こう、信仰者特有の規律が根底にある感じがする。
一礼して調理場に消えていく料理長を尻目に身ながら、フォークでパイを削り取ってパクついた。
「美味しい!」
こうやって、私の午後は溶けていくのでありました。こういう日が大事なんだよ、ほんとに。




