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星の不在


 部屋で待たされている私は、シンプルに暇であった。この世界、弄るスマホも道具も無いから、こういう時が一番困るんだよな……。

 直衛に話し掛けようか迷うも、やめておいた。まだ、ここが安全地帯とは限らないしな。今、暗殺来るとかいうダイナミック戦術だとしたら笑うけどね。問答を見る限り無いでしょ、多分。

 結構待たされるな……なんて取り留めの無い事を考えていると、ドアがノックされた。


「リードラル卿、よろしいですか?」

「えぇ」

「準備が出来たそうです」

「今、行くわ」


 よっこいせ……もう婆さんみたいね。ミモザを笑えないわ。重い腰を何となく上げながら、直衛に視線をやる。静かに敬礼が返ってきた。いいね。


「ようやく本番だ」


 私がそういうと、二人は頭を下げた。横目に見ながら外に出る。

 フィグラスは、すっかり落ち着いた様子ですね。でも、緊張感はある。ま、これから対立派閥の所に案内するんだもんな。


「大変お待たせいたしました。ご案内いたします」

「よろしく」


 全員で廊下を再び歩く。傾きつつある陽が、今日という日の長さを感じさせてくる。これで終わりって考えたら、ちょっと気が楽になるよね。

 そして、執務室であろう部屋の扉へと辿り着いた。年季の入った木製の扉、奥から声が漏れ聞こえてくる。まだ準備してね?気のせい?


「司教、入室しても?」

「ちょっと待って!」

「失礼。もう少々、お待ちください」

「よしなに」


 また待ちか。それなら終わった後に呼んでくれよな~。フィグラスが司教の印象下げたいとか?別にどうでもいいぞ、貴族同士じゃないし。そういうカテゴリーで見てないから。基本的には信仰心と、思索の強さで診させて頂いてるんで。

 しばらくバタバタ聞こえていたが、やがて静かになった。準備、ようやく終わった?もう待ち過ぎて眠いんだけど。


「どうぞ!」

「では、失礼いたします」


 フィグラスが開けた扉から、先の景色が見える。簡素な木の机に、寝台を含めても質素や殺風景に近い部屋。

 私と直衛が数歩足を踏み入れると、机の前に白の長衣を着た身長の高い女性が立っていた。ピンクの髪はボサつき、疲れた顔で作ったような笑顔を浮かべる。私も首を傾けながら、笑みを浮かべる。何か、司教の顔が強張ったか?


「大変お待たせ致しました。リードラル卿」

「あぁ、随分待たされた」

「重ねて謝罪を申し上げます」


 ちょっと圧を掛けてみたものの、普通に謝罪してきた。司教は普通にやらかしてるだけって感じ?私を落として格を上げたいとかなら、ここで誠心誠意謝る訳は無いしな。まぁ腹芸の可能性もあるし、粛清を主導した人間にそれやるのは勇気あり過ぎるでしょ。


「よい。私はソフィア・リードラル辺境侯である」

「私はクレア・エウフェミアと申します。このシリッサ大聖堂の長をしております」


 クレアは私に対して、手を合わせて頭を下げた。穏当な対応っすね。嫌な感じはしないが……。

 私も尊大な感じで行くの、別に得意かと言われるとそういう訳じゃないのよね。


「此度、西北の統治を行う。よって、シリッサも私の支配下に入る。その挨拶だ」

「ご丁寧に感謝いたします」


 ここまでは普通ですね。さて、何の話やろうか。政治の話も、神学的なお話もぶっちゃけフィグラスの方とやっちゃったのよね。折角なら何か、こう、欲しいよね。

 一旦ちゃんとした気遣いも出来ますってのを出していくか。こういうの大事なんで。


「急患と聞いているが、大丈夫だったかね?」

「勿論です。お待たせした分、確実に治療しております」

「流石、司教を務められているだけはある」

「神のお陰です」

「ふっ、謙遜を……」


 少なくとも急患と言われるレベルをこの時間で診られるのは、実力の証明だろうに。てか様子を見る限り、血が付いた服を大慌てで着替えていたのだろう。そういう感じでいいや。

 クレアは少しの誇らしさと、恥ずかしさを浮かべているようだった。私も似たような事言われたら、ちょっと恥ずかしいもんな。褒められるの慣れてないし。


「司教、シリッサはどうかね?」

「少なくとも、天気は好いかと」

「はは、間違いない」


 ちょっとした皮肉も言えると。嫌味な感じが無いのはフィグラスと一緒だが、こちらには攻めっ気を感じない。示し合わせのない二人の会話を見れば、余計に二人が親密ではないのが察せる。

 クレアもこっちに微笑を浮かべている。私も同じように微笑を浮かべた。これが名刺交換的な感じなのだろうか。笑顔の交換ってのは素晴らしいな。


「……どうかね?私を見て」

「どう、とは?」

「一日、随分若いと言われてね。折角なら、聞いてみるのも一興だろう?」

「なるほど……」


 少し考え込むクレア、手を組んで私から視線を外した。何かみんな若い奴と話してる感じから、数分後には大人と話してる感じにシフトされるからな……。

 最後だし、折角ならやりたいように聞いてもいいだろう。どっちを支援するか、消すかの判断にも必要な観点だ。


「神を信じる者として、貴女の目に」

「目に?」


 私に目を合わせた。クレアが静止する。じっと私の瞳を覗き込んできた。なんすか、手を出してきたら普通に直衛がぶっ飛ばすぞ。

 じーっと私の目を覗いていたが、どこか不審そうに、不思議げにしている。あ、首を傾げてる。なんかそんなに変な目してる?やめてよね、失礼の対応するのめんどくさいんだから。


「星が見えません」

「司教……?」

「ふむ」


 なんすか、目が死んでるって話っすか?まぁ間違ってないかもしれない。一回ちゃんと死んでるからな。何なら別に責任無かったら死んだっていいぐらいまであるし。

 少しの驚きを持ちながら私に語るクレア。そして、直衛を見た。目が見開かれる。ん?


「されど、周囲は貴女に星を見ている」

「……はは」


 思わず素の笑いが漏れる。よく見てんね。私は前世での普通が難しかったが、演技は多分やれるのさ。これだから信仰者は恐ろしい。

 クレアは私の目をもう一度見る、今度は寒気が走り、震えていた。おいおい、どんな反応だよ。見れるってのは大変だな。


「……その歳で、持っていい目では」

「司教、それ以上は」

「構わん、続けろ」


 呆然とした様子で失礼を連打してくるクレア。安心したいのか、教典へと彼女の手が伸びる。面白いから止めたくない私と、止めたいフィグラス。

 直衛は少し私に寄って、マントの下に手をやった。殺るな、向こうに武器は無い、目くばせと手の動きでそう命令する。彼らの前傾が、直立へと戻った。


「……無い。理性で、人を殺せる目」

「面白い事を言う」

「貴女は当然気付いている筈。なのに、私の祈祷が無ければ見えなかった」


 入る前に祈禱唱えてやがったのか。司教レベルになれば、そりゃ使えるか。目から何かを感じ取る祈祷。私、教会の祈祷には詳しくないんでね。ずりぃ~。

 彼女の気配がどこか、おかしくなっていく。信仰者からすると何か不味いのが見えたか?勝手に見といて様子おかしくなるのやめてくれ。


「何故、そんな事が?」

「必要だから。それ以上無い」

「どうして、狂ってないの?」

「知らぬ」

「私の目は、貴女を正気と断じている……!」


 クレアの情念がヒートアップしていく、ともすれば錯乱に近い状態へ。マジかよ。


「見てきた誰も!そんな目はしていない!貴女の目には光も、星も、闇も、日も、何も見えない!」

「冗談だろう?」

「獣でさえ、そんな目を持たない!」


 ちょっとした質問だったのに、なんか凄い大事になってしまっているぞ。激熱、人でなし宣言って酷いなぁ。私は責任に押しつぶされそうな一般人だぞ。今は貴族だけどさ。


「貴女は人間を見ているが、人を見ていない!」

「司教!クレア!落ち着いてくれ!」

「人でなし!怪物!」


 フィグラスが止めに入った。直衛を制する命令を、手で打ち消す。すると、直衛たちも錯乱したクレアを抑えにかかる。


「『天に居られる、我らが日よ!眼前の怪物を打ち払う、炎を』……!」

「気絶させろ」


 私の命令で直衛が、クレアを黙らせた。あ~あ。祈祷唱えだすのは申し訳ないけど止めるわ。普通に私が焼け死んじゃうよ。

 近くのベッドにクレアを寝かせ、私とフィグラスは椅子に座り込む。フィグラスは息を切らせているが、直衛達は汗一つ掻いていない。流石だ、我が精鋭。


「……リードラル卿。まずは謝罪を」

「私が止めなかったのだ。貴君らが謝る謂れなど無かろう」

「……ですが」

「よい。祈祷を黙って使用していた件と相殺だ。よいか?」

「勿論、感謝いたします」


 クレア、フィグラス共に今日はもう駄目だろうな。流石にどえらい事になってしまった。すまん、私が止めなかったばっかりに。でも気になるしさ。

 てか、絶対帰った方がいいよなこれ。流石に気まずいし、起きた時に私がいたらまた気絶しそうまであるんだけど。


「……帰った方が、よさそうだな」

「失礼ながら……」

「そうしよう。見送りはよい」

「感謝を」

「クレアにも、今回の件は不問にすると伝えておけ」

「承知いたしました」


 帰るか……。予想外の事態しか起きてないよ、マジで疲れた。しばらく会談はいいや。てか、異世界の秘術ってやっぱ怖いわ。あっさりと死んだ目を見抜かれるとは。てか、この程度の目は上位貴族なら普通ぐらいかなって思ってたけど、存外に違うのかもしれない。だとしたら前世のザマはなんなんですかね。


「家でダラダラしたい……」


 沈みつつある日の下。帰りの馬車で、私はそうボヤくのでした。は~あ。


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― 新着の感想 ―
面識の無い挨拶に来た地方のトップを開幕殺人未遂はなかなかロック これクレアだけじゃなくて教会側で同じ祈祷した人は皆同じ反応しそうで怖いですね
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