家庭教師、アイヴィー・アトモス
魔法学院出身の私は色んな所に足を伸ばして、探検を続けていました。しかし、気がつけば優秀な私でさえ一つの問題に辿り着きました。そう、金欠です。
フェロアオイ公爵領に居たのも偶然で、だたの通過点だった。路銀稼ぎのために冒険者ギルドに依頼探しへ行くと、一つの張り紙が目に入ったんです。
『さる貴族家令嬢の家庭教師。魔法学院、神学校、貴族学校学位の何れか必須。顔合わせ有。問題なければ日給、銀貨1枚』
明らかに怪しい依頼ではありました。でもなんとなく気になって、受付所まで持って行ったんです。職員の人に聞くと、こんな答えが。
「その依頼ね。今まで何人も行ってるけど、誰も令嬢様に会ったことさえないのよ」
「学位持ちなのにですか?」
「そうなの。依頼元の家令さんが、そもそも神学校の学位持ち」
そんな人が匙を投げるレベルの令嬢様?しかも家令……。明らかに男爵、伯爵くらいの令嬢様ではない。恐らく、もっと上の……まさか、フェロアオイ公?
「多分、アンタが考えてる通りよ」
「じゃあ、フェロ……!」
「守秘義務があるからそうとは言えないけどね~」
フェロアオイ公爵家。私が想像つかないほどの“上”の人たち。魔法学院には下級貴族の人々まではいました。それでも凄かったけど、侯爵家を超えてくるともう想像さえつかない。
私なんて偶然故郷にいた時に、流れの魔法使いだった師匠に才能があるって言われただけの平民ですから。好奇心のお陰で、なんとなく学位まで取れちゃいましたけど……。
「これ、受けていいですか?」
「いいよ~。資格証出して、一応ね」
度重なるダンジョン調査で、気がつけば冒険者ランクは銅。ローランクを超えて、ミドルランクへと最近昇格したのだ。えへん。
そこまで豊かじゃない胸元から、冒険者資格証を取り出します。手のひらサイズの銅製の杖。オレンジ髪の受付嬢さんに見せると、少しだけ驚いたようでした。
「ミドルじゃん!すご!」
「えへへ……」
悪い気は、しないですねぇ。この毎回驚かれる感じ。パッと見凄そうじゃないから驚かれてるってのは、そうですけど……。
「じゃあ、受注通しとく~。名前はアイヴィー・アトモスさんねぇ。連絡はどこに?」
「“紫月の革靴亭”に泊ってます!」
「あそこかぁ。了解~」
間延びした口調の受付嬢さん。でも手元は凄い速さで動いてます。流石ですね……。
「後はやっとくから、連絡待っててね~。あ、なんか受けてく?お財布厳しいんでしょ?」
「お願いします!」
数日後、私の元に届いたのは割り印と口頭試験の案内状でした。言われるままに向かった先は、とある伯爵家のお屋敷でした。
そこで例の家令さんと出会い、試験が始まりました。
「研究は何をされてましたか?」
「大気と風魔法の力関係の研究を……」
「なるほど……。今は何を?」
「王国を巡りながら、ダンジョン探索と研究を続けてます」
流石神学校出身の方、姿勢や話し方に強さと荘厳さを感じます。なんでハウスキーパーをされてるんですか……?
「因みにお聞きしていいのか分かりませんが、貴女は……?」
「ミモザと申します。私はケサドラの聖骸布から、神代の文化考察を行っておりました」
神学には詳しくありませんが、なんかすごそうです。ミモザさんが教えてあげればいいんじゃないでしょうか?
「私の知る外は、昔のモノです。お嬢様には、今を知って欲しい」
「なるほど……」
ちょっと荷が重い気がします。でも、給金は破格ですし……。う~ん。
もちろん、やれることはやりますけど。私だって魔法学院の端くれとは言え、一員ではありますから。
「……是非、貴女に依頼させて下さいませんか」
「いいんですか!?」
「お嬢様が求めておいでなのは、きっと顕学ではなく実学の方」
実地調査とかダンジョン探索が多いのは間違いないです。というか実際に魔法とか、遺跡見るのが好きなんですよねぇ。
ミモザさんが外部に依頼してまで学ばせたい“お嬢様”。気にならないと言えば嘘になります。
「貴女は、期待に答えて下さりそうです」
……期待が重いです!頑張りますけど!
──────そうして、気がつけばフェロアオイ公爵家のご令嬢様を教えることになりました。
「魔法について、どこまで知っていますか?」
椅子に座り、貴族然とした落ち着きを持つソフィア様。12歳とのことで、まだちんまくて可愛い方。私が見てきた中でも、ここまで可愛い方はあんまり見たこと無いかもです。
「基礎四属性については抑えてます」
「ふむふむ、では再確認も兼ねて」
世界には火、水、風、土の四種類があって、私たちはそれらが交互に影響し合っている世界の中で生きているんですよ。この辺は神学と競合する点も多少はありますが……。でも、こっちの方がダンジョン探索の結果から見ても正しいように思います!
それを真面目な表情で聞いているソフィア様。貴族特有のなんというか、同じ人間として平民を見てないような感じはしない。だから、家庭教師は上手くいくかなと思っていた。
「なぜ、四種類しか無いんですか?」
「え、っと……。いや、もちろん発展は何属性も存在してて」
「基礎変換が四種類とするなら、他の属性はなぜ基礎に入らないんです?」
「基礎属性が無いと成り立たない……から?」
「なるほど」
この方、何かが違う。魔法学院でも少しは話題になることがあったけど、それなりに学んできてようやく出るような話。12歳の基礎しか知らない女の子が、こんな軽い感じで出してくる問いじゃない。
「基礎の細分は出来ないんですか?四属性の分解は?」
「え?」
「最も細分化された魔法の単位は一体?」
なにそれ……?変換して出すのが魔法だから、何を分解するって言うの?自身の魔力が最小単位じゃないの?単位って、何?
「基礎魔法が、そう呼ばれてるかな……」
「どの魔法です?」
「火なら発火、水なら湧水、風なら旋風、土なら触土、かも」
「かも?」
「です!」
怪訝な顔をするソフィア様。怖い。もう、私が知ってるだけの範囲を超えつつあるのを感じる。どんどん、未知の領域が広がり始めた。後、何時間あるの……これが二時間?
「それらは誰が起こしても、同じ結果が出るんですか?」
「本人の錬度と魔力総量次第ですね!」
ようやく自信を持って回答できる内容が出てきた。そう、本人の努力と資質、どちらもあってようやく魔法は発生するんです!ふふん。
「錬度無しで魔力総量が非常に多い場合は?」
「うぇ?」
「制御無し、変換は大量の場合はどうなんです?」
「……暴発が発生して、体内の魔力を使い尽くされるはず」
「なぜ、制御が効かないんです」
「…………えっと」
分からない。そんなことを気にして、どうするというのか。
「……失礼しました。今の質問は無かったことに」
気を遣われてしまった。私、失望されたかも。たった数回の問答で、ここまで絶望したのは初めてかもしれない。
理解が完全に停止したせいか、嫌に自分を俯瞰して見ることが出来る気がした。気がしただけ。震えた目で、ソフィア様を見る。
──────目には、隠しきれない程の悲哀が見えた。
魔法学院に居た頃、一人の友達がいた。余り優秀ではない子だったけど、私は好きだった。
たまに話が合わなくて、私が気を遣って合わせていたこと。そんな思い出がどうしてか、頭の中を駆け巡る。
「脱線してしまってすみません。基礎の続きを教えて下さいますか?」
そっか。私はあの子と話してる時、今のソフィア様と同じ顔をしていたのか。どうにも、届かなかった顔。
卒業してからすっかり会わなくなってしまった、かけがえのない友人のことを。
「……次回までに!」
「!?」
「答えを探しておきます!」
目をぱちくりと開いて、私の目を見る彼女。まだ、諦めない。給金の為とはいえ、先生になっているんですから。
何より、私は魔法学院の卒業生で、人生の先輩です。ミモザさんが言っていたのは、こういうことだったのかもしれない。
「そ、そうですか……。ありがとうございます」
この可愛くて恐ろしい、私の教え子に。少しだけでも、世界を知って貰えるように。
今日から始まった生活とはいえ、もう既に何か分からない感情が胸の中を駆け巡っていた。
これは、使命感と呼んでもいいのかもしれない。私の知力が、試されている。
「では先生、期待していますね」
──────出来たらいいなぁ。




