ソフィア・クオーツ・フェロアオイの華麗なる日常 ~午前~
私の朝は早い。早すぎて起きれない。これが、別邸に戻って来た私の日常。
本家にいた数日は無理して早く起きていたせいか、三割増しで眠い。
「眩しっ……」
朝焼けが私の瞼を焼く。上がる日の方を向いていたせいで、余計に眩しすぎて起きてしまった。こういう時の二度寝が一番いいんですよ。えぇ。
「お嬢様、おはようございます」
ミモザが入って来た。逆側を向いて狸寝入りを決める私。目を瞑っているせいで状況は把握できないが、少しは放っておいてくれ。頼む。
「『天に輝く日よ、その光を此処に与え給え』」
「ぎえ!」
「おはようございます」
暴力的な目覚め!酷い!狸寝入りを決め込んで、大体バレると祈祷を喰らう。神の業をそんな俗に使っていいのか。
一気に飛び上がって、ミモザをボヤけた視界で睨みつける。ジト目で見返された。私の威厳……。
「目覚めておられましたか」
「知っててやってるでしょ?」
「無論です。一分一秒が大切ですので」
「ひっどいわ……」
「そう仰るなら、自分で起床されては如何ですか?」
「いつもそうする、って言ってるじゃない」
「でも二度寝されますよね?」
うぐぐ……。私はどうにもならないほど朝に弱い。一人で起きようとすれば、どうやっても二度寝して昼前まで行く。んでミモザに叱られる。先生の何とも言えない垂れ目もセットで付いてくるんだよね。あれ気まずいんだよ。
ミモザの小言を聞きながら、私は身体をベッドから起こす。全くセットされていない髪が跳ねまくる。マジでセットめんどい、前世だと実感なかったけど、これやばいわ。普通に重作業。
「ふぁぁ……」
「はしたないですよ、お嬢様」
「別邸だし、ミモザしかいないからいいでしょ」
「いいですか?見られていない時ほど」
「人の真価は出る、でしょ?」
「天は見ている、です」
「あぁそう……」
この説法おばあちゃんめ!どうにも生まれた時から頭が上がらないのだ。ちくしょう。実際、私に礼法その他を叩き込んできたのはミモザである。妙に礼法が教会式なのはそのせい。
立ち上がってミモザを見ると、まだ夜明けすぐなのに完全体である。結構歳行ってるはずなのに、その割にめっちゃ元気で綺麗なんだよなぁ。私は若くて元気ないし、ちょっと羨ましいのは内緒だ。
「起きればいいんでしょ……」
「えぇ、その通りです」
よろよろとドレッサーの方に歩いていき、座って鏡を眺める。装飾が地味に眩しいのよねこれ……。ミモザに手伝って貰いながら、髪のセットや服を着替える。貴族は全部一人でやらないし、私は一人だと寝癖付けて出ちゃうからね。
三十分?ぐらいで何とか用意を終えて食堂へ、上座に座ると料理が運ばれてくる。料理長も若くはないのに、全然眠そうに見えないのよね……。みんな強すぎない?
「どうぞ、お嬢様」
「天と地、巡る星の恵みに感謝します」
今日の朝食はポリッジです。普通に平民が食ってる奴より豪華ではあるけど、貴族としては粗食もいいとこだ。理由は一つ。朝弱すぎて食えないってだけ。粥しか食えねぇ。吐いちゃう。
うまうま。水も常温で大変よろしい。氷とか出せない事も無いんだけど、あんまり飲むとお腹壊しちゃうし。我ながら、変なところで弱いのよね。
「いかがですか?」
「いい仕事よ、料理長。果実も柔らかいし、薄めなのは私の体調を慮ってくれてるんでしょう?」
「よくお気づきで。……ありがとうございます」
料理長は毎食、食べてる途中に感想を聞きに来るのだ。私も別に美味しいから、何となくいいと思った所を毎回伝えている。
口に合わない日は取り繕ってもバレるから、私の口には合わないって素直に言います。料理長、顔には出ないけど落ち込んでるのは伝わるから、気まずいのよね……。ごめんなさいね、私の口が悪いの。
「ご馳走様」
「ではお嬢様、今日の業務ですが……」
食べて口を拭っていると、ミモザが早速話し掛けてくる。手で制すると、律儀に待ってくれる。そう言う所は優しいから、ズルいんだよね。ほんと。
拭い終えて、ミモザの方に視線を向ける。ミモザが再度寄ってくる。
「待たせたわね」
「お気になさらず。書類から片付けられますか?」
「そうするわ」
「承知いたしました」
少しだけ軽くなった足取りで、書斎へと向かう。挨拶してくる使用人に手を上げて応えるのも忘れない。流石に長くやってるせいか、かなり板についてる気はする。
書斎に入ると、紙の束が机の上にあった。ちょっとした丘のようになっている。めんどいなぁ。でもやらなきゃなぁ。
「めんど~い……」
誰もいないから、椅子に横を向いて座る。鳴き声のような現実逃避を口に出しながら、少しだけぼんやりとする。こんなことする暇があったら、少しでもやればいいのになぁ。なんて。
「……やるか」
ちゃんと正面に向き直り、特別に作らせたガラスペンを持つ。めっちゃ思考錯誤して貰ったけど、凄い便利で助かるのよね。体感、効率が数倍だ。体感。
「異動関連が多いなぁ」
西北を治めることになって、私の異動が確定した。今は西のど真ん中にいるが、今度は西北。フェロアオイ領の北部は基本的に海岸線沿いになる。故に、私は西側の海岸線ど真ん中へ移動する。
次に向かう街の名前は、シリッサ。要衝の港町だ。ちょっとだけ港町は楽しみだけど、実際に着任したら仕事ばかりだろうし気が重い。遊びに行くだけならいいんだけどな。
「誰が着いてきてくれるかねぇ」
ロブとミモザは着いてきてくれないと困るが、他は嫌と言われたらしょうがないかなって思う。だって、彼らにとってここは家だ。行く?はい行きます!とはならない。
断っても構わない。実際、屋敷は普通に残る訳だし。誰かが管理しなきゃいけない。上役の目も減るから、絶対残る方が楽だと思う。襲われる危険性も、相対的に下がるだろうし。
「あ、ミリゼにも手紙送っとかないと」
最初に出会ってから三年。ちょくちょく誘ったら遊びに来てくれるし、どこかのタイミングで向こうに遊びに行く気もある。
ミリゼもかなり成長してると思う。全体的に大人びたというか、結構落ち着いちゃったのよね。駆け出し商人から、中堅って感じ。魔法の講義も一緒に受けてくれるし、私的には非常に助かるし楽しい。やっぱり持つべきものは友人だな。
「シリッサに異動って言ったら、どんな反応するんだろ」
今なら、……!?って感じだろうなぁ。やっぱりミリゼもミリゼで色々と世間に揉まれているらしい。お隣の貴族が粛清されて、治安がちょっぴり悪くなって大変って言ってましたね。恨めし気な視線半分、恐れ半分って感じで、やっぱり強くなりましたよ彼女は。
カリカリカリとペンを動かす。サインも随分と書き慣れてしまった。初陣の頃からかなり経つ。あの頃はちょっとしたサインも苦手だったけど……慣れって怖いわね。
「……」
でもまぁ、軍務関連の書類はすっかり減った。あれは大変だった。兵糧、武器、銃弾、その他諸経費。マジで金掛かり過ぎ、戦争ってアホだわ。投資できるはず、蓄積できるはずの資源が溶けていくのを見て体調が悪くなってましたね、最初は。
実はミリゼにも書類仕事の助言貰ったりしたのよね。ミリゼ曰く。
「選択と集中!」
って格言を頂いた。前世でも何となく聞いた気がするが、ミリゼのお陰で助かった。実際、変にケチったり謎の投資してたら今頃生きてなかっただろうし。くわばらくわばら。
「ほんと、何で生きてるんだろ」
ミリゼ、ミモザ、ロブ。その他の誰が欠けても死んでた気がしてならない、西方鎮圧。シンプル地獄シリーズだった。でもやれって皆私に言うし、貴女にしかできないって言うんだもん……。領民が大変な目に遭ってるのに、流石に放っておくのは人間として酷いというか。私が頑張ったのは、ひとえに人道的使命の為……。ですね。ぶっちゃけ二度とやりたくないぞ。
「求められるのに応えようとする悪癖が……」
独り言が止まらない。変に引き受けちゃうから、こう投げだせないから酷い目に遭うってのは実際合ってて……。でもなぁ、純粋に貴女なら出来ます、貴女にしか出来ませんって言われると悩むし。自分の頭で考えても、私が頑張れば少しでも被害を減らせるんじゃない?って思い上がっちゃうのよ。愚かだなぁ。我ながら。
「粛清も、誰かがやらないと」
腐敗を許すのだけは絶対にやってはいけない。心を入れ替えても、苦しめられた誰かの怨嗟は消えない。許されるという前例が、全ての崩壊を招いてしまう。だから、殺すか潰すしかない。
別にやりたくないんだけどね。やるしかないから。そもそも法に基づいてるだけマシってのは、それはそうかもしれない。ま、処刑もまた手段よ。仕方ないんだ。
「言い聞かせてる……」
しょうがないならしょうがないな?自分の思う最適解を、誰かと共に積み上げるしかないんだから。
手元をシャッシャッと動かしながら、色んな事が脳裏に浮かんでは消えていった。ふと、部屋の扉がノックされる。
「お嬢様。昼食の時間です」
もうそんな時間か。う~んと伸びて、一言だけ返答を返す。
「今行くわ」
これが私の平穏な午前中。しばらくすると無くなってしまう日常。もう少し、楽しむだけの余裕が欲しかったなぁ。
シリッサはどうだろうか。西方鎮圧の経由地として通ったが、中々に活気があって雑多な印象だった。当主は珍しく女性だったはずだし、色々となんか特別な雰囲気があるのよね。
そんなことを考えながら、私はペンを置いて椅子から立ち上がる。椅子がキイッ、と軽い音を立てた。




