直衛隊長、ロブ
──────ソフィア・クオーツ・フェロアオイは、“何”なんだろうか?
フェロアオイ本軍の方でも粛清は話題に上がっている。俺はその会議に長女直衛隊の隊長、ロブとして参加した。会議の中でお嬢様の初陣が取り沙汰され、あれよあれよと言う間に西方鎮圧を押し付けられていたのは可哀想だった。初の本軍会議なのにな、お嬢様。
「お嬢様、本家からの指令が」
「……後で見るわ」
「よろしいので?」
「よろしい訳ないでしょ」
はぁ……と大きなため息を吐きながら、すっかり慣れた手付きでお嬢様は封筒を開いている。ペーパーナイフをくるくる回しながら中身の書類を読むお嬢様。俺は封筒渡し係としての使命を全うして、近くに立っていた。胡乱気な目で見られた、見られても本軍の指令しか出せないっすよ。
「……また?」
「あぁ」
「察しの通り、鎮圧よ」
「やはり」
初陣以降、お嬢様向けの軍務が増えた。それまでの俺は完全に護衛って感じだったが、今では諜報と隊長を兼務している。ま、直衛になる前って感覚だ。剣も鈍らなくていい。
でもまぁ、お嬢様は大変だろう。12歳で反乱の鎮圧なんて普通は出来ない。戦場に出るのだって、当然辛いはずだ。少なくとも、直衛は全員お嬢様がボロボロになるかもしれない、で動いていた。
「まだ周辺に絞ってくれてるから助かるわ」
そんな感想、12歳のお嬢様から出る言葉じゃない。普通は本家に泣きついてもいいぐらいの状態だ。お嬢様の兄上だって、初陣の後は食事が喉を通らず、眠るのも辛かったという。
対して帰還後のお嬢様は魚のスープ、パンを平気で平らげてたし、寝る時も普通だった。翌日のお嬢様、全然いつも通りで意味が分からなかった。本人曰く「別に何でもなくない?」らしい。意味が分からん。
「動員は?」
「三日あれば」
「早くて助かるわ」
12歳だよな?動員の話が平気で出てくるんだが。実はお嬢様の方が普通で、世の中を俺が知らないだけかと思った事もあった。だが、最近遊びに来ていたミリゼ嬢は全然軍事には明るくなかったし、何なら死ぬほどお嬢様にビビってたからな。同じぐらいの歳って聞いたが、多分ミリゼ嬢でも大人びている方だと思う。多分。
ぼんやりとナイフで手遊びしながら、文字を目で追っている。この部分だけ見たら、武家出身のお嬢様って感じに見えなくもない……が。実際は武家じゃないし、屋敷の箱入り娘と言えば、そうだったんだぞ?
「後、冒険者ギルドに」
「中立要請ですね」
「後、西北の概況を本軍とギルドから貰っといて」
「……手ぶらでは、難しいかと」
「本軍から貰える予定の概況に未公開ダンジョンあるでしょ。一部、ギルドに流していいわ」
滅茶苦茶危ない橋のように思いますが、大丈夫なんですかそれ?内部軍機の漏洩ですよね?そう言う所はまだ若くて可愛らしいと思う。言ってることが普通に司令官級の視点なのは末恐ろしいが……。
「お嬢様、僭越ながら……」
「許可なら取ってるわよ。ガキを動員するなら協力しろ、って強請ったら貰えた」
「えぇ……」
嘘ですよね?先を読まれたんだが……。しかも本家相手にあっさり譲歩取らせてるし、海千山千の政治屋相手に?いや本家の一族とは言え、ダンジョン資源は一級の機密。場合によっては巨万の富を産む金券のような物だ。だからこそ、分からない。“何”が違う?
「ギルド相手に与え過ぎでは……?」
「どうせ外れダンジョンしか載って無いでしょうし、いいでしょ」
「えぇ……?」
「本物は当人が握ってるわ」
何が見えてるんだ。伏せられている情報すら見抜いている。これが成人した軍人ならまだ分かる。でも、12歳のお嬢様だぞ?少し前に、お披露目会を終えたばかりの少女。
だから俺は、こう言うしかない。
「ご命令通りに」
「えぇ、よろしく」
/////////////////
反乱は、無事鎮圧された。不利な数を圧倒的な質と調略で切り崩していく様は、熟練の将軍にしか見えない。もしかしたら、本軍にいる隊長にさえ、頭脳だけなら負けていないだろう。
武力が無いのが唯一の救いなのでは?なんて。いや、この思考は駄目だ。俺は、本質的にお嬢様を恐れ始めてる。大人だ、上級貴族とはいえ子どもを恐れてどうする?だが……。
「残党は?」
「掃討中です」
プスプスと肉が焼ける臭いの中、お嬢様は平然と聞いてくる。表情は、屋敷にいる時と何も変わらない。真面目で、何を考えてるのか何となく分からない。冗談みたいに整った顔が、今だけは不気味で。
「勝ててよかったわ」
「そう、ですね」
「……負けたら、死ぬより酷い目に遭うもの」
ゾッとする。絶対に俺たちがそうはさせないが、ゼロではない可能性の一つ。だが、12歳の箱入り娘が真面目な顔をして言うようなことではないのだ。底が知れない、分からない。
「戦争なんて、やりたくないわ」
なら、なぜ。勝ってしまうのか。いや、これはおかしい。
「不思議そうね」
当然だ。
「でも、負けられないじゃない」
それも、当然だ。
「やる気がないからって、手を抜いて負け。……で、断頭台よ?バカみたいじゃない」
「……それは」
お嬢様は心底困った様に、たはは……と目じりを下げて脱力した顔。戦終わりには似つかわしくないが、どうしようもなくお嬢様の人間性を感じたような気がした。
「怠いけど、責任を投げたら皆が大変でしょう?」
今度は逆側を向いて、お嬢様は宙に視線を投げる。俺は、何も言えなかった。
「……らしくないわね。忘れて頂戴」
「…………忘れませんよ」
「えぇ……」
数多の戦場を渡り歩いてきた俺は、人間を掴みかねている。だが、この時のお嬢様はどうしようもなく人間だと思った。長年の直感が、何となくそう言っていた。
「あ、ギルドに顔出しときましょうか」
「承知しました」
本当に今思い出したかのように、掌を手で叩くお嬢様。その様子が、ただの令嬢らしく見えて笑えた。
戦争が外側であったとは思えない程、普段通りで騒々しい街。俺たちは解放者として、フェロアオイ公爵家の地が紫色で、“引き笑う竜”の紋章が描かれた旗を掲げて入る。
この感覚は慣れない。道が開き、ざわめきは少しずつ静かになっていく。お嬢様が先頭を飾っている。見目が良くて、映えるから。止める俺たちにお嬢様は言った。
「民心を安定させるには、上の格を示す必要がある」
そりゃ、正解だろ。あの見た目で不正をやってた貴族を打倒した解放者。静けさは、ワーッと言わんばかりの歓声へ変わっていった。
「流石です」
「……はぁ」
通りから抜け、冒険者ギルドの通りに入ると幾分か視線が減った。近づき、心から褒めるとお嬢様は溜息を吐いた。なぜだ。
「行こう」
「はい」
通りのど真ん中、街の中で広く高めの建物。俺が冒険者ギルドの正面扉を開き、お嬢様が先にギルドへと入っていく。続いて直衛も入り、俺は騎兵たちに待機の命令を出し、同じように入った。
中は雑多な様子だった。カウンターに併設の酒場、冒険者の姿もちらほら見えた。俺が見る限り、ミドル手前ぐらいの連中が多い。ま、地方都市ならこんなもんだ。まだマシぐらいまである。共通して、俺たちに目を合わせようとしない。そりゃそうだ、貴族も嫌だし後ろ暗い奴も多い。市井と真逆で笑えるな。
「ロブ」
「フェロアオイ公爵家の者である!長は居るか!」
「少々、お待ちください!」
綺麗な見た目の受付嬢が、大慌てで長を呼びに消えた。綺麗だが、お嬢様がぶっ飛んでるからあんまり……。
「お待たせして申し訳ございません。ソフィア様」
「よい」
「私はギルド長をさせて頂いております。グルゲラと申します」
「うむ。後は中で話そう」
「はい、こちらへ」
スキンヘッドの老年と壮年の間か。それなりに強いが、まぁ勝てるか……。案内されるがままに、応接間へと通される。
部屋に入ると共にお嬢様が椅子へと座り、続けてグルゲラが椅子に座った。俺は勿論立ったまま、他は外を守っている。
「まずは協力、感謝しよう」
「とんでもありません」
形式的な感謝。感情が余りにもない。というか、若いし小さいせいでお嬢様がちょっと舐められてる感じさえする。グルゲラから緊張が、少しだけ抜けたのが見えた。
「公爵家様から、我々冒険者ギルドも助けて頂いてますので」
「だが、協力するには勇気がいる。故に感謝を重ねよう」
「ありがとうございます」
形式。お互い笑顔だ。
「ところで、高位冒険者の姿が見えないようだが」
「我がギルドの主力は、ご教示いただいたダンジョンへと向かってますので」
「王国の興隆へと繋がる重点だ、早いことは素晴らしい」
「感謝いたします」
お嬢様が先手を打った。なるほど、レベルが低いんじゃなくダンジョンに入ってたのか。一気にグルゲラ側の弛緩した空気が引き締まった。流れが変わる。
「ダンジョン産の品も多く取れるはずだ。これで戦災も癒えよう」
「仰る通りでございます」
スキンヘッドに汗が滲む。そうか、ギルドにもダンジョン産品の横流し疑惑が掛かってたな。
「ダンジョンは国の土地である。故に産品も、民と王家の物である」
「その通りです」
「父上は言った……『民を搾取する者に与えられるのは死だけ』だと。言い過ぎかね?」
やはり、12歳の風格ではない。グルゲラは全身に汗をかいている。拭えないのが、この緊張感を物語っている。
「……仰る通りかと」
「よかった。志が同じで安心したよ」
「勿論です」
安心したように、息を強く吐いたグルゲラ。一方お嬢様は、終始一貫して微笑であった。恐ろしさが繋がる。この方には温度がない、必要から逃げない正しさ。だが、人間のように感情はあるのがおかしい。片方に、なるはずなのだ。
「今回は疑惑で済ませよう。だが、次は無い」
「…………はい」
「うむ。時間を取らせたな」
「……とんでもございません」
──────言うならば、怪物。底の見えない才能。




