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転生日和


 俺は何故生きているのだろうか。普通に生きる、辿り着くまでに払った犠牲は数知れず。


「疲れたな……」


 仕事を有能として終わらせるのでは無く、普通に完成させることが余りにも遠かった。

 土曜日の昼、長く寝すぎた。春だから窓を開けて寝たのだろう、覚えていないが。網戸から吹く風がカーテンを揺らしている。


「とりあえず、飯でも……」


 よろよろとベッドから立ち上がり、書類を踏みつける。グシャッと音がした。

 着替えは部屋に山積み、ゴミ箱から溢れだした様々が地面を埋め尽くしている。


「まぁ、こんなもんか」


 適当に皺の寄ったシャツ、ズボンを履いた。ついでに髭も申し訳程度に剃って、準備完了。


「眩しっ……」


 1kの薄暗い部屋を出る。扉を開いた瞬間、日光が正面から襲い掛かってくる。

 美しい青空、まばらに散った白い雲が私を見下していた。

 

 今日も世界は美しい、でもなんでこんなに苦しいんだろうか。正しくどころか、普通になれない。

 道を歩く、下ばかりが気になって仕方ない。地面の汚れなど、どうでもいいはずなのに。愚者にすらなれない現実。


 踏切へと差し掛かる。カーンカーンカーンと音を立てて降りていく遮断器。隣りには暗い表情の男子高校生だろうか、制服姿の少年がいた。

 しばらくボーっと線路を眺めていたが、電車の近づく音が近づいてきた。あっという間にこちらに近づいてくる。瞬間。


 少年が遮断器を潜って線路へと飛び出した。そして進路上に立ち、静かに電車がやってくるのを静かに眺め始める。

 

「バカ……!」


 思わず声を上げ、非常停止ボタンを押し、同じように潜り少年の方へと向かう。もう時間がない、警笛が大きく聞こえる。

 死ぬのは、俺みたいなどうにもならない人間でいい。未来がある奴が死んでどうする。


「命、無駄にしてんじゃねぇ!」


 ガタタン!!ガタタン!!地面が揺れている。そう叫び、少年を掴んで遮断器の向こう側へ思いっ切り投げた。

 最後に見たのは、少年のただ驚く表情だった。すまんな、救われた苦しみを背負ったまま生きてくれ。


 ぐしゃっ、と耳に届いた。



──────ようやく、終われた。



//////////


──────はずだった。


「起きたかい?」


 薄ぼんやりとした意識の中、身体を起こす。机に突っ伏して眠っていたようだ。景色は見慣れた低価格帯のイタリアンレストラン。俺が本来行こうと思っていた場所。


「本来?」


 壁際の二人席、目の前に誰かいる。誰なんだ?恐らく人型だが、形が安定しない。少年で、男性で、少女で、女性で、老人で、子どもで、幼児。常に全てが変形している。


「君の認知、歪み過ぎてない?形が無いとかじゃなくて、決まらないは初めてだよ」


 歪み続けながら、あらゆる声で話し掛けられる。不思議と、意味はスルッと理解できた。


「貴方は……?」

「全知全能。ようこそ、終わりへ」


 死後の世界……?安息が、ようやく訪れたのか。少しずつ、嬉しさが湧いてくる。もう苦しまなくていいのか。


「ここは、天国ですか……?」

「見方によるね。自由、監獄、安息、地獄。思うままに決まるのさ」

「では、私は無に還れるのですか?」

「本来はそうだね」

「それは、どういう……?」


 嫌な予感がする。ようやく終われたのに、無に還って永遠の安息を得られるはずなのに。まさか。


「今さ、異世界転生って流行ってるよね」

「そうですね……?」

「でもさ、転生したい奴を転生させても面白くないんだよね」

「は……?」


 話が見えない。いや、見たくない。そんな馬鹿な。ようやく終われるのに。


「力、異性、金、自己顕示欲。結局その程度なんだよ、人間って」

「それが人間というものでしょう。何もおかしいことは無い」

「欲を願うものはそうなるね。目立ちたくないが、力が欲しい。責任は負いたくないが、異性は欲しい。自由に困らない程度に、金が欲しい。自分を喧伝しないが、他人に尊重して欲しい」

「私もその程度の人間です。ですから、無に還った方がいいでしょう」


 異世界転生なんてごめんだ。なぜ古くて汚くて幼い地へ行かなければならないのか。ただ休ませて欲しい。ほら、欲塗れじゃないか。


「君は無を願っている。実にいい」

「違います!全てを求めています!人、モノ、金!全てが欲しい!」

「僕に嘘は通らない。汝に有を与えよう」

「嫌だ!もう眠らせてくれ!」

「うんうん、やる気充分だね」

「どうして俺なんです!他でいいでしょう!」


 力の限り叫ぶ、しかし店内には誰も居らず、相手は様々な人間の顔で不気味に笑っている。無邪気で、邪悪な笑顔。どうして私が。


「本気で生を嫌がってる人間は、そう多くないのさ。人、モノ、金、奇跡。無欲な人間に全ては与えられる」

「不要だ!俺が欲しいのは眠りだけ!安息だけだ!」

「後さ、君は責任から逃げないし。無を望む割に、周囲の有であれって責任は最後まで負っていた」

「それは、何となくで……!」

「死ぬまでやり通したんだ。人はそれを、本物と呼ぶ」

「偽物でいい!眠れるなら!」

「だから本物なんだよ。ま、しっかり生きて来てくれ」


 視界が歪み始める。本当に飛ばされるのか、地獄のような過去へ。いや、異世界へ?どうして……


──────そして、意識が、再び消えた。



//////////////////


 ロンディルト王国、その枢要たるフェロアオイ公爵家が屋敷。今まさに出産が行われていた部屋の外で、当主のアラン・ヴァルコ・フェロアオイは待機していた。

 灰色の髪を後ろに流し、厳格な顔立ちには皺が少しだけ浮いている。彼はふらふらと廊下で同じところを右往左往していた。


「当主様!お生まれになりました!」

「本当か!?」


 老齢の産婆が扉の間から顔を出す。弾けたようにアランは部屋の中に入っていき、妻の姿を見て、続いて娘の姿を見た。


「おぉ!ミーゼル、この娘が!」

「そうよ、初めての娘……」


 濃い紫色の長髪を汗に濡らしていた美人こそ、アランの妻であるミーゼル・マホニア・フェロアオイであった。


「まだお産は終わっておりません!当主様、お下がりください!」

「そうか……すまない」


 ロンディルトに名高い公爵家の当主であるが、幼いころからの家政である産婆には弱いのであった。


──────これが、私が生まれた時の話らしい。御年12歳、転生者にして公爵家令嬢、ソフィア・クオーツ・フェロアオイはここに嫌々爆誕した。


「ソフィアお嬢様、今日からお勉強でございますよ」


 家令メイドの三つ編み白髪のおばあちゃんであるミモザから告げられた現実。ベッドの上でゴロゴロしていた私。薄紫の長髪がバラバラになってるけどまあいいや。勉強ダルすぎ、今更何を学ぶんですかね。天動説と錬金術が最新の世界で学ぶ内容なんてない。数学……いやぁ。

 ちんたら花眺めてたり、父上の遠乗りに乗せて貰ったり、母上の四方山話を聞いたりと楽しい生活を過ごしていた。しかし、どうやら私の平穏はここで終わりらしい。基礎教育だけじゃダメかぁ。


「嫌です」

「やって下さい、お嬢様」

「嫌」

「貴女は偉大なる公爵家の長女、ソフィア様なのですよ」

「……そう言われると弱いの、分かってて言ってるでしょう」

「無論です。もう先生も来られてますよ」


 身体と言語に引っ張られ、無慈悲にも女性ナイズされてしまった私。笑うしかありませんわ~!はは。望んでない生の上に性別も入れ替え、公爵家の責任。ろくでも運命の欲張りセットでやる気が無さすぎる。


「行けばいいんでしょ行けば!」

「その通りです。エントランスまでお早く」

「はいはい……」


 ネグリジェからパンツスタイルへと着替え、ミモザに背中を押されるようにエントランスへと歩みを進めた。はぁ、ねむ。公爵家なだけあって廊下さえ豪華な屋敷を歩く、ミモザは私の斜め後ろに付き従ってくる。


「……仕事に戻ったら?」

「お嬢様が先生にお会いすれば、戻りますとも」

「そっかぁ……」


 ミモザからの信頼は、私がサボりと怠けを繰り返すせいですっかり消えてしまっていた。見てよ、あの目。猜疑と呆れしかない。悲しいねぇ。

 窓から射す陽の光、庭のプランターも春の様相だ。白いクリーム色、エルダーの花が小さく咲き乱れていた。まだら色の蝶が、何種類もパタパタと浮かんでは下がってを繰り返していた。


「お嬢様。こちらが先生です」

「待たせたことを謝罪します。私がソフィア・クオーツ・フェロアオイ」


 慣れたように会釈をする。これから私の家庭教師になるのは女の魔法使いらしい。垂れた目に緑髪の長髪、恐らく西部の生まれかな。スタッフを持ち、ベルトにはワンドが刺さっている。正装は慣れないのだろう、服の皺、ベルトのサイズ。これから見るに実証主義学派、その中でも実学派と見た。学習道具だろう、足元に置かれたトランクは傷と汚れ、年季に満ちている。


「えと、あの。アイヴィー・アトモスと申します!」

「本日より魔法、錬金、歴史をご教授頂く予定です」

「はいはい……」


 アトモスか。苗字付き、私が知っている中でアトモスという貴族位は無い。恐らく、魔法学院卒業生の学位持ちだろうな。魔法学院は卒業時に所属していたゼミの名前が貰えるはず。アトモスは風関連の教室の名前だったかな。


「では、後はお二人で」


 すっかり考察モードに入った私を見て安心したのか、さっさと仕事に戻ってしまうミモザ。何て冷たい奴だ。別にいいけどさぁ。何も言わずに考え込む私と、オロオロと気まずそうに立ち尽くしているアトモス。


「取り敢えず、勉強部屋までご案内しますね」

「あ、はい!お願いします!!」


 踵を返して部屋へと歩き出す私と、後ろを追従するアトモス。ちょっとだけ楽しみになってきたぞ。


「ちっちゃくて可愛い……」


 申し訳ないが155cmしかない身長いじりはNG。まだ成長期だから、発展途上だから。胸はほぼない。ぶっちゃけその方が嬉しいからいいや。

 後、私はこういうの気にしないから全然いいけどさ。他の令嬢は面子に人生捧げてるから、下手したら手打ちだぞ?別に言わないけどね。


「この部屋は、自由に使って貰って構いませんよ」

「え、ほんとですか!私の部屋よりひろ~い!」


 なんともまぁ……。ただの物置から物を出しただけの空き部屋なんですけど。ま、幸せそうだからいいや。

 アトモスの後姿が見える。長髪を幾つかの房に分けて結ぶやり方は、魔法使い特有のものだ。二房ほど途中で切れているのは、触媒で使ったから。やはり、実戦を知っている。こんなにポヤポヤしてるのに、凄いなぁ。


「こちらが椅子とテーブルですね」

「あ、はい。並べます」


 椅子二脚と、大きめのテーブル。アトモスに部屋の中心寄りへと持ってきて貰い、椅子を並べて対面になるように座る。アトモスと目が合う。彼女は、ふわっと笑った。


「では、授業を始めましょうか!」


 柔らかい声色とは裏腹に、目と表情は研究者の鋭さそのもの。あ、なるほど。ゴリゴリの学者だこの人。お父様とお母様、ミモザもだなこれ。私がレベルの高い教育じゃないと受ける意味が無いってごねたから、本物を連れてきやがった。なんてことを。

 ドガァン!とテーブルに置かれたトランク。アトモス、テーブルが壊れちゃいますわよ。彼女は気にしないまま、パチパチと金具を外して開いた。こちらに中身が見えるように回わしてくる。

 中身は大量の書籍と、錬金道具一式。ガチすぎる。12歳にやらせる内容には見えないんですけど……。一冊だけ表紙が見えた『風魔法における大気の浮動』、これマジ?前世込みでも分かるのかこれ?


 まぁいいや、考えないようにしよ。がんばりま~す。


「よろしくお願いします。先生」

「はい!こちらこそ!」


──────先生、お手柔らかにお願いします。

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