5話:砂中の覇者
この世界の海は魔境なので珍しい蟹もすぐにみつかります。
遊泳脚を手に入れ、海へと飛び出した俺は、新しい身体の動きを確かめていた。
(やはり海は川とは違う……浅瀬とはいえ、この広さは感覚が狂いそうだ)
ガザミの水中機動力は驚異的だった。そして、これから狩る予定のアサヒガニもまた、海中に適応した強敵のはず。
新しい身体を十分に操れなければ、逆に餌にされるのは俺の方だ。
(まずは情報だ。異世界とはいえ、アサヒガニがいるなら、このあたりに噂くらいはあるだろう)
俺は海岸へと泳ぎ、磯にいるスナガニやイソガニに念話で問いかけた。
「おい、お前ら、アサヒガニを知らないか? 赤くてデカくて、ごついハサミを持った蟹だ」
「ひえっ!? デカい蟹だ! くわばらくわばら!」
「あわわわ!」
小ガニたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
(……この聞き方では埒が明かないな)
少し離れた場所に移動し、次は念話を送る前に、スナガニの一匹を鋭く伸びたハサミで捕らえた。
「おい、お前。アサヒガニを知らないか? 知っていることを話せば解放してやる。黙るなら……潰す」
「ひ、ひぃっ! か、勘弁してください! 名前は知らないけど、赤くてデカくて、ゴツいハサミを持った化け物なら、この先の岩場の向こうに縄張りを張ってます!」
「ふむ……有益な情報だ。放してやる」
「ふぅ……最近はあんたといい、そいつといい、ヤバい奴ばっかで困りますよ……。赤い奴は、近づくやつを片っ端からハサミで粉々にするし、あんたは尋問してくるし……!」
ブツブツ文句を垂れながら、スナガニは砂の中へと逃げていった。
(なるほど。岩場の向こうか。場所さえ分かれば、寄り道はいらない──狩りに行こう)
新たな遊泳脚を完全に使いこなせるようになった俺は、海中を縦横無尽に泳ぎながら岩場を越える。
その先には、砂地が円形に広がっていた。
(……まるで闘技場だな)
そう思った瞬間、重く、濁った念話が届いた。
「……また一匹、愚かな海鮮が来たか」
砂を割って現れたのは、全身が赤く染まった、巨体のアサヒガニだった。
「愚かかどうか……その体で確かめろ!」
俺はすぐさま間合いを詰め、ガザミの鋭いハサミで一閃!
完璧なタイミング、必中の距離──そう思った刹那。
アサヒガニは信じられない速度でバックステップし、俺のハサミは空を切り、砂に突き刺さる。
その一瞬を逃さず、アサヒガニのハサミが俺のハサミを掴み──
「があっ!」
激痛が全身を駆け巡る。だが、痛みに捕らわれていては終わりだ。
俺は遊泳脚をフル稼働させ、一気に距離を取った。
左のハサミは砕かれ、もはや使い物にならない。だが──アサヒガニは追ってこない。
(……いや、来られないのか?)
そう気づいたとき、俺は冷静さを取り戻していた。
(確かに、奴のバックステップは異常な速さだった。だが──それだけだ。広い海中では、俺のほうが速く、自由に動ける!)
俺は海中を縦横に舞い、アサヒガニの周囲を高速で旋回する。
奴は追おうと体の向きを変えるが、その動きは鈍い。俺の速度にまるで追いついていない。
隙を突いて、右のハサミでアサヒガニの片目を潰す!
「ぬっ……小癪な……!」
反撃のハサミが振るわれるも、俺の姿はすでにそこにはない。
片目を失い、動きに死角ができたアサヒガニに、俺は執拗に回り込み、脚を一本ずつ切り落としていく。
「これで──自慢のバックステップもできないな!」
完全に機動力を奪った俺は、最初に外したあの一撃を──今度こそ、アサヒガニの脳天へと叩き込んだ!
「ぐあああああっ!!」
アサヒガニは激痛に絶叫し、そして──
「……フン。やるな、小僧……。だが……それで……王に……なったつもりか……?」
「お前など……“本当の王”の足元にも及ばん……。せいぜい……この海の端っこで……気取っているがいい……」
最後の念話を残し、アサヒガニは絶命した。
(本当の“王”……?)
気にかかる言葉を胸に残しつつ、俺はアサヒガニの身体を貪り食った。
その瞬間、体中に凄まじいエネルギーが満ち、脱皮が始まる。
姿こそ大きくは変わらなかったが──
そのハサミには、明確な変化があった。
握力、粉砕力。圧倒的なパワーが宿っている。試しに近くの岩を摘まんでみたが、いとも簡単に粉々に砕けた。
鋭さと破壊力、二つの武器を手にした俺は、次なる目標──
あのデンキウナギとの再戦に向け、河口へと泳ぎ戻っていった。
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