4話:河口の覇者
ガザミ。この河口の覇者とも呼ぶべき巨大な蟹は、どうやら俺を探していたらしい。
「光栄だな。──そして俺は、海の王になってやる!」
俺は迷うことなく、ガザミの気配が濃い川へと飛び込んだ。一気に距離を詰めるつもりだった。
「愚か者め。陸棲の分際で、水に飛び込むとはな」
水中に響くように、ガザミのあざける念話が届く。
次の瞬間──
水を切って現れたガザミの巨体が、目の前に現れる。そして鋭いハサミが、容赦なく振るわれた!
俺は咄嗟に自分のハサミでそれを弾いたが、水中では踏ん張りが利かない。
体勢を崩した俺に、追い討ちの一閃が走る。
「ぐうっ……脚が……!」
ハサミは深く俺の脚を裂いた。千切れはしなかったが、水中ではもはや反撃などできそうにない。
(くそっ、水中でのガザミはここまで強いのか……)
陸と水とで、これほどまでに差があるとは思わなかった。俺はなんとか体を動かし、必死に川岸へと這い上がった。
そして、ガザミに念話を放つ。
「ガザミ。水中での実力、しかと見届けた。だが──陸ではどうかな?」
「それとも……得意な場所でしか戦えない、臆病者か?」
これは賭けだった。正直に言えば、水中でこいつに勝てる気はしない。だが、陸でなら──まだ俺にも勝機がある。
この挑発に乗ってくれなければ、すべてが水の泡になる。だが──
「ふん、安い挑発だが、乗ってやろう。見せてやる、愚かな蟹め!」
ガザミは川を離れ、重たい体を引きずるようにして陸へと乗り出してきた。
(よし、引きずり出すことには成功だ。あとは──)
俺はすかさずガザミの側面へと回り込む。
ガザミは俺を追って方向転換を試みるが、やはりキレがない。水中での鋭さは、そこにはなかった。
(やはりな。こいつは水中では脅威だが、陸では凡庸だ!)
俺は一瞬の隙を突いて、その脚をハサミで切り裂いた。
「チマチマと……鬱陶しい!」
ガザミは怒りに任せて、大振りでハサミを振り下ろす。
──待っていたのは、その瞬間だ。
振り下ろされたハサミを軽くかわし、その根元に自分のハサミを深く喰い込ませる!
「グワアアアアッ!!」
絶叫が響き、ガザミの体勢が崩れる。
その隙を逃さず、俺は滑り込むように下から回り込み──
その柔らかい腹を、渾身の力で貫いた!
「ば……ばかな……こんな……ちっぽけな……蟹にぃ……!」
それが、ガザミの最後の念話だった。
俺は倒れたガザミの体を貪り食った。
──この体を喰らえば、仮説どおり遊泳脚を得られるはず。
ガザミは、間違いなく強敵だった。
だからこそ、その肉体は俺に莫大なエネルギーをもたらしてくれる。
皮膚が裂け、俺の体が脱皮を始める。
その姿は──
鋭利なハサミと遊泳脚を備えた、さらに巨大なベンケイガニ。
(……なるほど。完全にガザミになるわけじゃないのか)
いや、俺自身が、ガザミの姿になることを拒んだのかもしれない。
だがそれでいい。俺は俺のまま進化する。
仮説は的中した。これで、ついに海へと進出できる。
俺は、河口に飛び込み、海を目指した──!
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