come see me soon
「タバコやめてくれません?」
隣で煙を吹かす先輩に俺は鼻を抑えながら言う。
「嫌だね」
俺の言葉に聞く耳なんかもたないとばかりに、また先輩は煙を吸って吐いた。
この人はいつもこうだ。自分の決めたことは絶対で、他人に左右されることを嫌う。それは任務でも同じで、俺の作戦なんてまともに聞きやしない。
「早死しますよ」
それでも俺はタバコはやめて欲しかった。
「何言ってんの。こんな仕事してる時点で長生きなんてできるわけないじゃん。なら好き放題して生きた方が得だよ?」
「俺は仕事でヘマはしません。だから、俺は寿命を全うします。その上でその煙は害でしかないんです」
「面白いこというね、君は。それ本気で言ってる?」
「はい」
俺は間髪入れずに返事をした。
「ばーか」
「うわ」
先輩は貶しながら俺に煙を吹きかけてきた。臭くて反吐が出そうだ。
「だったら勝負しよう」
「はい?」
「君と私、どっちが長く生きられるか」
また変なことを言い出した。
「それ、やる意味あります?勝っても別に嬉しくないと思うんですけど」
仮に俺が勝利を掴んだとしても、仲間が一人死ぬんだから嬉しいわけがない。胸糞悪いだけだ。
「私は嬉しいよ。自分の生き方の方が正しいって証明できるから。この仕事をやりながら天寿を全うしようなんて烏滸がましい」
「ちっ。その勝負、受けてやりますよ」
「あれー?怒っちゃった?」
図星だった。
「あ、そういえばね、私と君のタッグも今月いっぱいで終わりらしいよ。私は新しく配属される新人君の教育係だって」
この人が教育係?上は何を考えてるんだ。こんな思考のダメ人間が増えたら困る。
「はぁ、そうですか」
「君と仕事するの好きだったんだけどな」
そう言いながらベンチにもたれかかる先輩。
いつも発言が全て冗談のような人だったが、この時の一言にはそれが含まれていないように思えた。
そんな様子の彼女を見て、先ほどまで燻っていた怒りの感情はスッと消えてしまう。
「俺は嫌いでした」
「ふふっ、そっか」
もうバディでなくなる隣の彼女は、最後にまた煙を吹かし、タバコを灰皿に擦り付けた。
◇
あれから一年が過ぎた。
「お前か、先輩と組んでた新人ってのは」
「はい…」
「そうか、もういけ」
「はい…」
先輩が死んだらしい。
一緒に組んでいた新人を庇っての殉職だったようだ。
「はぁ」
俺は火葬場の入り口に座り込む。
目まぐるしく脳内を駆け巡る思考を雨の音がそれを紛らわせた。
「やっぱり勝っても嬉しくなんかないじゃないですか」
悪態をつくが、あの時のように言い返してくる声は聞こえない、はずだった。
「そう言うと思って、勝者の君にプレゼントを用意したよ」
「え?」
振り向くとあの人の面影のある喪服姿の女性が隣に立っていた。
「あなたは確か…」
「あの子の姉です」
「あぁ、どうりで」
「ふふっ、そんなに似てるかな」
笑い方も彼女とそっくりだった。
「あの、さっきのは?」
「あぁ、あの子からの遺言?みたいな。きっと君は私が死んだときにそう言うからって」
虫の知らせというやつなのだろうか。遺言なんてあの人がらしくないが、何か感じるものがあったのかもしれない。
「じゃあ、プレゼントって?」
「自分のデスクの引き出しに入れといてあるって言ってたよ。絶対に渡すもんかとか言ってたけど」
あくまで勝つつもりではあったらしい。
「分かりました」
「今から取り行く?」
正直に言えば、先輩が俺に遺した物が何なのかが気になってしょうがない。だが、今は先輩の遺体が焼かれている最中だ。納骨までここを離れるわけにはいかない。
「いえ、まだ先輩の火葬が終わっていないので」
「嘘、下手だね。顔に書いてあるよ」
ここの血筋の人間は心が読めたりするんだろうか。
いや、俺に嘘をつく才能がないだけかもしれない。
「行きなよ。きっとあの子も裸なんて見られたくないと思うよ?」
「骨を見て興奮する趣味は自分にはないです」
「ふふっ。一応私も遺族なんだけどな。もっと労わるような言葉使ってほしいかも」
言葉と態度が一致していないところも似ている。こんなやり取りていると、一年前のたわいもない日々を思い出し、目頭が熱くなった。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
柄にもなく溢れ落ちそうになる涙を誤魔化すように俺は立ち上がり、火葬場を後にした。
◇
「あの人のデスクは…。うん、ここだな」
初めてくる管轄のオフィスだったが、机の上の散乱具合から簡単に特定することができた。
俺は先輩のデスクの前に立ち、ゆっくりと引き出しを開けた。
そこに入っていたのは嵩張った資料と小さめのサイズの紙袋。
「プレゼントってこれか?」
俺は紙袋を手に取る。中に物が入っているのは確かだが、全く重さはなく、中身の予想がつかない。
「それでは失礼して…」
紙袋を開けると、入っていたのは一枚の写真とジップロック。ジップロックには一本のタバコとライターが封入されていた。
「はぁ、写真はともかく、タバコなんか吸うわけないじゃないですか」
写真に写っていたのは嫌がる俺と肩を組んでピースをする先輩の姿。いつ撮ったのか全く覚えていないが、刻印された日付から察するに、まだバディを組んで間もないころの写真だ。
「こんなのずっと持ってたのか」
この世に置いてけぼりにした後輩への贈り物にしては意外とあっけなく、なんだか拍子抜けしてしまった。
何気なく遺された写真の裏面をめくってみると、そこには文字が書かれていることに気づいた。
「ははっ、なんだこれ」
--come see me soon!!--
(早く会いに来て!)
「はぁ、本当どうしようもない人だな」
俺は形見を片手に、ビルの屋上へと出る。
そして、俺は雨上がりの空に煙を吐いた。




