場面8・それは、終わらない
遠のいた意識の中で、目の前は、ただただ、白い。何も見えない空の色。もうこの手は、届かないのだろうか。そう伸ばした指の先は、何かに触れている。目の前が白いと思ったのも当然で、手は白い壁に触れていた。気がついてみれば、壁が見えているだけであった。
それまで少年は自分はここで、眠っていたのかもしれない。
少年の前を通り過ぎる人々は、だれも、この少年のことを気にかけない。廊下をさまよいあるく子供たちは、何も見ていない。もしかすると、廊下を歩いている人々は、窓から差し込んだ光が作り出した単なる幻影なのではないだろうか。そう思えるほど、そこで動く者たちは、右足、左足、右足と同じ音を繰り返し歩いていた。歩いても歩いても、終わらないその世界を歩いている。
どこかへ向かうどこまでも続く白い壁。いつまでも終わらない廊下。そんな中、はじまりの合図が聞こえてくる。少年は知っている。
今まで、それを見てきたのだから。
少年はそれを全て知っている、廊下に広がる駆ける響き、その笑う音が何を示しているのかを。
少年の横を、白い漆喰の粉が光に煌き舞う霧の中を、たくさんの生徒たちが駆け抜けていく。殺戮の影に追われた者たちの、その白化粧に滴る雫は、真っ赤に染まり、終わりのない廊下は、どこまでも続くだろう。そして、外に出たその黒い影は、女を人質に取り、そして。
白い壁を少年は見つめている。
全てを見てきた少年は、悲しみで廊下の壁の前にたたずんでいた。
少年は、空ろだった。いつしか、その悲しみが実感に変わっていく。
その壁は蛍光灯に照らされて、何もかかれていないノートのように真っ白だった。その壁に指を走らせると、白い粉が指についた。少年の指が壁に残した軌跡は、チョークで書かれた文字のよう。少年は、最後に、目の前に広がる白い一面の壁、消え消えな色で、文字で、はっきりと、呪いの言葉を、こう書き散らした。
――さようなら、と。