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場面6・人は輪郭のはっきりしない事象

 目の前に白い残像がかかっている。

 そこは、すべてが真っ白であった。よくよく見てみると、それもそのはずで、視界が白いのは、太陽の光が差し込んで白く彩りを添えた、壁に囲まれた部屋にいるからだ、ということに気がついた。

 先ほどの景色は、夢だったのだろうか。

 確かに、そこにいて、見ていたはずなのだが、自分が一体何をしているのか、記憶がない。なぜ、ここにいるのか、それさえも、覚えていなかった。

 動いてみると、何か手に当たった。薬品の入ったケースや瓶だ。黒光りする机の上に、液体の入った硝子の容器が並んでいた。少年は、それらの容器を手にとっては、光に透かし、再び机に戻す。

 綺麗な瓶、棚から薬品をいくつか、取り出し、机に並べる。奇麗な液体、手に取り、眺め、机に置く。その動作を、意味もなく、繰り返す。

 硝子の瓶に半分ほど入った透明な液体は、それはとてもおいしそうに見えた。こんなにも彩り鮮やかな薬品がなのだから、もっと、たくさんの(いろ)を混ぜたら、この器にいっぱいに満たしたのならば、もっと美しい(えき)になるかもしれない。少年は、目に付く液体を次々に手に取った。どんなに混ぜても、液体は透き通ったまま、純粋な色に混ざっていた。

 突然、飲んでみたいと言う、そんな衝動に駆られ、少年は、瓶のふちに口をつける。鼻につく異臭でさえ脳に染み渡り、舌に感じる刺激はとろけるような熱を持っている。瓶の中の液体が胃の中へ熱く流れ、粘膜に冷たく消えていくのと同時に、心地よい感情が満たしていく。幸福が、世界を満たしていく。少年は、部屋を飛び出して、そのまま廊下を走り出す。自らの安息の場所を探して、白い壁に囲まれたその廊下を、果てしなく遠くまで続いている壁の前を駆けていく。この廊下にある突き当りの壁も華麗な石灰の白い色であろう。その壁の前まで行ったら、その壁になろう、白い漆喰を赤く染めながら己の身体を、斑に滴らせるのだ。


 幸福が、世界を満たしていく。どこまでも続く廊下の果て、あの、穢れのない、白い壁が、もう目の前だ。もうすぐ、あの壁と、同化できる。溶かし込める。その幸福に世界は満たされて、少年は、そう思うと、笑いが止まらない。不自然な笑みが、紅唇を歪な形にのせて浮かんでいる。

 狂信的な信者の礼拝ように、壁に何度も繰り返しその身を捧げている。剥がれ落ちた漆喰が、それに答えるように、光をまとって舞い上がる。幸福が、世界を満たしている。額からは血がしみだし、涙しているように目じりの横を伝っても、ただただ、その微笑を絶やさなかった。

 鋭い痛みが首筋に走って、世界の色が赤色に満たされても、少年は幸福だった。白くて暗い壁といったいになれたのだから。

 少年の指先は、赤いインクで濡れている。そして最期に、少年は、その指で、その腹で、その赤い色のインクで、この白い壁に、別れの言葉を書き残すのだ。

 ――さようならと。

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