場面5・それはおそらく霧の中だろう
太陽光に黒く反射するカメラは、映し出していた。校庭に、人が集まる様子を。避難してきた人たちであふれかえっているこの景色を。そこから、校舎を見上げれば、あの教室に取り残された生徒たちが、倒れていく様子が映し出された。校庭で、人々が見守る中、取り残された者たちは、静かに崩れていく。どうすることも出来ない彼らは、ただただ、その様子を見ているしかなかった。
日は傾きかけ、被写物の影は長い。その影に混じ入るように、人混みの影は揺らいでいた。赤と黒の境界線は薄明の中、はっきりと浮かんで見え、絵画のようにそこに記録している。人々は、この惨事に悲しみ揺れていた。しかし、女の金切る悲鳴が、その耳に響くと、意識はその方向に集まった。彼らの見つめる先には、もう校舎はなく、その瞳には、混雑した中にある二人の人物を映していた。それは白衣の男が女を人質にしている様子であった。男は手に刃物を持ち、あいている方の腕で、女の体を、がっしりと拘束していた。女は、引きつった顔でおびえている。
しかし、人の茂みは波立つだけで、何もしない。ただただ、起こっている出来事を見ているだけ。どこかで見たような夕焼けの空と、染まる広場の木々の長い影が、まさか、またか、というざわめきにも似た木々のささやき声が、微かに、風に乗ってやってきた。
その波をかき分けて、少年がひとり現れた。そして、あっという間に、男の背後に忍び寄り、腕をねじ上げる。女は、男が怯んだ隙に、その緩んだ腕から逃れ、人の込み合う方へ駆け出していく。少年は、女が離れていく様子には、目もくれず、男の腕をつかみなおすと、勢いよく投げ飛ばした。男は、地面に叩きつけられたが、すぐに起き上がる。あまり、傷を負っていないようだ。
少年は、男と対峙している。
いつの間にか、少年の手には、2本の凶器が握られていた。少年は、狂気に満ちた笑みを浮かべた。そして、それを構える。これから、再び、殺戮のゲームがはじまるのだ。
その狂気を振り上げて、しかし少年と男は、黙ったまま静かに笑んでいた。その様子は、破裂寸前の風船のように、妙な緊張感と静寂を孕んでいた。その風船が破裂してしまったら、破片はどこまで被弾するのだろう? 今、目の前にあるのは、柔らかなゴムの風船ではなく、狂気を内包した鋭い凶器なのだ。今まで、目撃するためだけに集まっていた野次馬たちは、その身に降りかかる恐怖を察し、たちまち霧のように四散した。
――人は散っていく。人の影は、白い残像を残し、あたりは、霧がかったように、徐々に夜の色に染まっていく。形あるものを全て飲み込んで、野次馬たちを、その色に溶かしていく。