場面4・彼は、何を考えていたのか
はっとして辺りを見回すと、そこは夕闇に沈んだ廊下ではなく、広々とした明るい空間であった。その部屋の電灯が、宵闇に似た黒色の机板に輝きを与えている。目の前には、液体の入った硝子の瓶や試験管、様々な実験道具が並んでいる、そこは学校の理科室だった。どうやら、いつの間にか眠ってしまったらしい。
今から、なにか実験をするのだろう。教壇にいる白衣姿の者が淡々と、黒板に白いチョークで文字を書いていた。この教師は、一体何を黒板に書いているのだろう。単なる線の集合体。まだ、頭がはっきりしないせいか、黒板に白いチョークで浮き出る記号や図形が何を示しているのか、入ってこない。手元にあるノートは、蛍光灯の色に染まって、さらに白い。何も書かれていないそのページは、まるで、あの壁と全く同じ色である。
黒板に文字を書く音が止まった。それを合図に、生徒たちは、規則正しく並んだ試験管や、液体の入った硝子の容器をおのおの手に取り、作業を始めた。手に試験管を持ち、硝子の棒で、ビーカーに液体を移している。アルコールランプの炎、フラスコの中で液体は沸騰し始めていた。説明書の通り、決まった動きしかしない機械のように、その動きはみな一様で、まるで工場の生産ラインを、監視カメラで眺めている風景と見間違うほどに、無駄がなかった。
まだ、意識のはっきりしない少年は、他の生徒たちがするその動作を、その様子を見ていた。沸騰した透明なフラスコから、見えない煙がもくもくと、出ている様子が観えた。まるで、世界を覆う霧を製造しているかのように、それは意識にかかっていく。はっきりとしない視界の先で見渡せば、その教室の中で、子供たちは、意識を失っている。苦しんでいる様子はない。本当に、眠っているかのように、穏やかな表情で、そこに倒れていた。
再び、薄れ行く意識の中、駆ける足音を気配を感じた。この教室から、去るようにだんだん小さくなっていく。運よく理科室から脱出できた生徒たちが、この狂気に満たされた空間から逃げる音なのだろう。しかし、そんな他のところで起こっていることは、もうどうでも良いのだ。この心地よい霧の中、真っ白な空間にずっといれるのだから。
――かすかに動いていた肩の上下の動きが、徐々に消えていく。景色は、さらに霞にかかって、見えなくなっていく。
まるで、死んでいくように、世界は眠っていく。