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祝福の花吹雪をあなたに  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
1章 異端審問官と護衛騎士
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9話 よろしく

 だがその後流石にまずいとおもったのか、肩の力を抜いて、がりがりと頭を掻きはじめた。


「あの……。すみません、ついカッとなって」


 おそるおそる、しりもちをついているマザランに手を差し伸べる。


 そのディーンの姿に勢いを盛り返したマザランは、勢いよく立ち上がった。差し出された手を払いのけ、腫れ上がった頬を震わせて、ディーンに相対する。


「貴様っ! 上官に対して……っ」

「別に上官ではありませんでしょう?」


 マザランの叱責を上からかぶせたのは、凜とした澄んだ声だった。


 思わず誰もが、その声の主を見る。

 少女だ。


 祭壇の上ですっくと立つ姿は、可憐でありながらまるで舞台女優のように花があった。


「憲兵は国王のもの。そこの騎士と異端審問官の彼は教会のもの。それぞれ所属が違うではありませんか」


 少女はアーモンド型の切れ長の瞳でマザランを射すくめた。


「それともなんですか。国王は教会より上位の存在である、と? 国王と教会は平等。この原則は建前である、と? だからこそ、そこの騎士は自分の部下的存在である。そのように申すのですか。そういう論理ですか」


 淡々と、だが流麗に語る少女に、マザランは明らかに狼狽した。手と首を左右に振り、「そのようなことは言っておらん」と周囲に訴えた。


「いーや。今のはそんな感じだった」


 それに追い打ちをかけたのは、リンゼイだった。

 腕を組み、ふん、と鼻を鳴らす。


「やだなー。大人ってやだなー。王室は教会をそんな目で見てたんだ。へー。知らなかったー。口では、『大司祭、さいこー』『大司祭、やべー』『大司祭、フィーバー』って言いながら、お腹ん中ではそんなこと考えてたんだ。へー」


「そんなことはないっ!」


 拳を握り、マザランは大声を発するが、少女とリンゼイの応酬は止まない。


「怖いですわね。大人って。わたくし、このたび本当にそう思いましたわ。口で言っていることと、やっていることが全く違いましてよ」


「だよねー。汚れてるよね、大人って。あいつ、僕らのことをそう思ってたんだ。大司祭に言うべき? あいつらこんなこと考えてるよって」


「でしょう。言うべきでしょう。なんなら、わたくしからも、申し添えますわ。確かにこの耳で聞きました、と」


「まじで? 一緒に言う? 大司祭に」


「おいっ」


 呆然とふたりのやりとりを見ていたディーンだが、肩を乱雑に掴まれて我に返る。直ぐ側には、マザランの困惑顔があった。


「あの二人を止めてくれっ」

 必死な目に見つめられ、ディーンは慌てて首を縦に振る。


「お任せください。そんなことは、させません。ええ。このことは大司祭の耳には決して……。だからその、憲兵隊長」


 ディーンは間近にある髭面の男を真剣な顔で見つめた。


「どうぞ、リンゼイの言う通りにお願いします。自分は、必ず憲兵隊長の不利になるようなことはしませんので」


 断言するディーンに、マザランは安堵したように頷いた。

 自分の顔を変形するほど殴った男だというのに、「すまんが宜しく頼む」と頭まで下げて見せた。


「おやめ下さい、憲兵隊長!」


 ディーンは慌てて彼に向かって首を振ってみせる。頬骨にひびが入ってるかも知れないな、これ、とマザランの顔を見ておののいた。


「ささ。どうぞ、先にお行きください。我々はこの後、実況検分がありますので」

「そうさせてもらう。あとはよしなに」


 マザランはそそくさとディーンから離れ、そして出口に向かう。


 その後を、部下が足早に追った。扉から出て行く一瞬、マザランはディーンに目礼する。ディーンはそれに応じながら、やっぱりものっすごい顔、変形してる、と少し反省した。


「さて、と」

 明るい声に振り返ると、リンゼイが祭壇からぽすり、と飛び降りているところだった。


「邪魔者はいなくなったし、実況検分といこう」


 審問官服の内側から紙束と羽ペンを取り出したリンゼイは、ディーンにそう声をかけた。頷きかけたディーンだが、「あのう」という間延びした声に動きを止める。


「おろしてー」


 声に見遣ると、あの少女だ。


 祭壇に腰を下ろし、目いっぱい足を伸ばしたが、地面に届かないらしい。ぷるぷると裸足のつま先を震わせて、「おろしてー」とディーンに訴える。


「飛びなよ。ぽーん、って」

 呆れたようにリンゼイが言うが、首を横に振る。


「怖い」

 そういうから、リンゼイは呆れたように肩を竦めた。


「待ってろ」

 ディーンは足早に駆け寄り、正面に向かい合った。ホッとしたように紫色の瞳が自分を見つめる。


「ありがとう」


 少女の口唇がほころび、そう告げる。面と向かってそう言われると、なんだかディーンはこそばゆくなって顔を逸らした。


 彼女の細い腰に両手を当て、持ち上げる。女の子ってこんなに軽いのか。ディーンは戸惑いながら彼女を持ち上げ、そっと床に下ろしてやる。


「これから、王都まで行きますの?」

 菫色の瞳が自分を見上げる。ディーンはおずおずと頷いた。


「大司祭のところに君を連れて行くことになると思う」

「さっきも言ったように君の中の魔物を消さないといけないからね。大司祭にやってもらうつもり」


 いつの間にか隣に来ていたリンゼイが少女に告げる。そう、と少女は頷く。その表情は少し戸惑っているようにも、困っているようにも思えた。だが、少女は直ぐにその色を隠し、顔を二人に向けた。


「セトです」


 そう言うと、するり、と慣れた素振りでディーンに手を差し出してみせる。

 ディーンは「えっと」と呟き、困惑した顔でリンゼイを見た。これ、どうすべきだ、と。


「挨拶」


 ぼそり、とそう言われる。

 ディーンは慌ててセトと名乗った少女の手を取り、片膝をついた。


 手の甲にぎこちなくキスを落としてすぐさま立ち上がる。


「ディーンと呼んで。彼つきの護衛騎士だ」


 そう言って、手を離す。


 セトは頷くと、今度はリンゼイに手を向けた。

 リンゼイは、ぎゅっとその手を強く握る。その様子を見て、なんだよ。あれで良かったのか……っとディーンはひたすら顔を赤くして項垂れた。


「異端審問官のリンゼイだよ。よろしくね」

 セトは頷くと、「よろしく」と微笑んだ。


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