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祝福の花吹雪をあなたに  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
1章 異端審問官と護衛騎士
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6話 我の望みは

「僕が魔方陣を! ディーンは奴を!」


 リンゼイが怒鳴る。頷くより、返事をするより先に。


 ディーンは駆けた。

 ベッケルフの足下で少女がもがく。


 押さえつけるようにベッケルフはさらに力強く、踏む。少女が悲鳴を上げた。

 ベッケルフの短剣が少女の背中に吸い込まれるように、まっすぐ向かう。


 魔方陣の。

 中心へ。


「止めろっ」


 ディーンのつま先が地面を蹴った。

 飛ぶ。一息に翔けた。


 柄を握り、抜刀する。神速と怖れられたその剣の切っ先は、鞘を軌道に勢いづいた。澄んだ音を立てて剣が走りでる。半弧を描いて振り出た剣は、少女の背中に短剣が突き立つ寸前に弾き落とす。


「くそっ」


 ベッケルフが罵声を吐いた。落ちた短剣を視線が追うが、遠い。拾うには、少女から足をどけなければならない。


「それまでだ!」


 祭壇に飛び乗ったディーンの長剣がベッケルフの視界を掠める。動きを止めた。切っ先はベッケルフの喉に突き立てられている。


 同時に、轟音が鼓膜を撫でる。ベッケルフは目を細め、ディーンの背後を睨みやる。


 旋風を伴う炎が彼の背後で蜷局(とぐろ)を巻いていた。まるで蛇のように鎌首をもたげ、ベッケルフを上空から見下ろしている。


「動くなよ」


 ディーンは鍔を鳴らして刃を立てる。峰じゃない。刃がベッケルフの首に押し当てられた。炎に彩られた緑色の瞳は、だがすぐにベッケルフの足下の少女に向けられた。


「大丈夫だ」


 目元を和らげ、ディーンは少女に語りかける。少女は荒い息のまま顎を上げ、ディーンを見た。


 紫水晶のような瞳が、真っ直ぐに自分を見ている。

 いや、射抜いていると感じるほど強烈な視線だった。


「すぐに」


 助けてやる。そう言ったディーンの声は、ベッケルフの咆哮にかき消えた。


「今、贄を捧げる!」


 ベッケルフは力いっぱい少女の背を踏みつけた。甲高い悲鳴を少女は上げる。


「止せっ」


 ディーンは怒鳴ると同時に、切っ先をベッケルフの首に突き立てる。


 だが。

 ベッケルフは咄嗟に首を捩って致命傷を防いだ。首の皮膚を破り、血を吹き出しながらもベッケルフは叫ぶ。拳を振り上げた。指を広げる。片膝をつくと同時に少女の背中に爪を立てる。


 魔方陣を、爪で、掻いた。


 少女の皮膚が破ける。

 赤く。

 細く。

 痛みを伴った傷跡が。


 少女の背中を。

 その背に描かれた魔方陣の上に。

 長く長く長く、刻みつけられる。


「伏せろ! ディーン!」


 鋭いリンゼイの声に、ディーンは反射的にその場にしゃがみ込んだ。空気を揺るがせ、火の粉を散らし、炎は螺旋を描きながらベッケルフの手を急襲した。


「我の望みは、国王パルメトの破滅!」

 ベッケルフは拳を燃やしながらも喚いた。


「国王パルメトを殺してくれ!」


 ベッケルフはそれだけ叫ぶと、悲鳴を上げながら拳を振り回す。執拗に絡みつく炎をふりほどこうと、必死に、滅茶苦茶に振り回す。


「捕縛しろ、馬鹿共!」


 リンゼイの声に、弾かれたようにディーンは彼を見る。リンゼイは司祭服の裾を蹴散らしながら地団駄を踏み、憲兵達を糾弾していた。


「なにやってんだよ、ぼっとすんなっ」


 罵倒され、ようやく憲兵達は動き出す。

 祭壇の上で焼けただれた拳を抱え込み、呻くベッケルフに駆け寄ろうとした。


 その時だ。

 真っ白な閃光が室内を覆った。


「なっ……」


 ディーンは首を縮めて地面に低く身を伏せる。一瞬、何かが爆発したのかと思ったのだ。爆防体勢を取ろうとしたとき、リンゼイが「眼を開けろっ」と怒鳴る。


 慌てて亀のように首を伸ばす。


 顔を上げる。

 目を開いた。


 どろり、と。

 いや、ぬたり、と。


 粘着質な糸を引きながら。

 床に横たわる少女の背中から、得体の知れない黒い靄が吹き上がり、飛沫を上げていた。


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