5話 憲兵隊がなぜここに?
「もう逃れられないぞ! みな、おとなしくお縄を頂戴しろ!」
マザランが怪気炎を上げ、祭壇上をにらみつけている。
「あ、あの、どうして貴卿がこちらに?」
我に返ったディーンは佩刀から手を離し、背筋を伸ばす。十分に礼を尽くし、マザランに尋ねた。
「俺……じゃない、わたしと異端審問官であるリンゼイは、『異端集会の疑いあり』と通報を受け……」
「黙れ、卑しい小僧」
ぴしゃりとマザランはディーンの言葉をはねつけた。かつ、ディーンの礼儀も。
途端にリンゼイが眉根を寄せる。
なにか言い出す気配を感じたので、ディーンは無言で首を横に振り、黙るように伝えた。
そのすきにマザランが口を開く。
「我々は『謀反の疑いあり』との一報を受けたのだ。そのためここにおる」
「謀反?」
訝しげにリンゼイが尋ねるが、マザランにあっさりと無視された。
お前など眼中にもない、というその態度にリンゼイは舌打ちする。
「ねぇ、こいつを異端だって、訴える? 焼く?」
マザランを指さして物騒なこと言うものだから、ディーンは慌てて自分の背後にリンゼイを隠した。
「一体、なにがどうなっているのでしょうか。我々は確かに異端と聞いてこの集会に潜伏していたのですが」
ディーンはマザランを見やる。マザランは無表情に彼を見返したが、ディーンと話をするつもりはないらしい。
すぐに祭壇に顔を向けた。
「ベッケルフ! 貴卿が怪しげな術を用い、陛下の命を狙っているということはすでに分かっているのだっ」
マザランの胴間声は地下に響き、そして妙な反響をもたらす。ディーンは呆気にとられ、祭壇の司祭を見た。
「ベッケルフってあの、ベッケルフ卿か?」
つぶやきになって漏れる。やはり軍人だったか。しかも、重要役職者だ。
「ベッケルフ?」
リンゼイが暢気にディーンを見上げた。知らないらしい。
「金鷲騎士団の団長だよ」
ディーンは答えた。王立軍の第一師団所属の騎士団だ。
(……ってことは……)
ディーンはひとかたまりになって肩を震わせている黒長衣の一団を見やる。
気の毒に。
多分、この参加者たちは高位を傘に無理矢理連れてこられているのかも知れない。逆らえない立場なのか、弱みを握られているのか。
「申し開きがあるならば、このワシの前で述べよ!」
マザランが司祭に怒鳴りつける。
司祭は。
いや、ベッケルフは。
数秒、ただただ、立ち尽くしていた。
もがいていた少女も、いまや動きを止めていた。様子を窺うように、マザランと自分を抱える男とを交互に見ている。
ベッケルフの口が開く。
申し開きを行うのか。マザランが野卑た笑みを浮かべた。
だが。
「破壊の王、破滅の王、死者の王。燦然と我らに微笑みかける、素晴らしきお方」
朗と放ったのは、『カーレン詩第五章』だ。
「まずい!」
リンゼイが舌打ちした。強引に詩謡し、術の発動に向かうらしい。ディーンが自分を見る視線に気づき、リンゼイは首を横に振った。
「魔方陣がわかんない。作戦変更。術の発動を抑えよう」
「どうすればいい!?」
ディーンが大声で問うた。マザランたち憲兵隊が五月蠅いのだ。
「やめろ!」
「なにをしておる!」
「我らの話聞け!」
口々に司祭に怒鳴りつけている。
「ディーン、あのさ!」
「なに⁉ ちょっと聞こえないい!」
「だからさ、生贄が……って、うるさい、お前ら!」
リンゼイは憲兵隊に怒鳴りつけるや否や、炎の球を投げつけた。
「ひぃ」
憲兵隊たちは肩を竦めてやりすごすと、ようやく口を閉じる。
「生け贄が最後、屠られる。それを防ぐしかない。あの子の救出優先にしよう」
「わかった」
ディーンはうなずく。
途端に。
空気を震わせて地下に響くのは、ベッケルフの声だ。
「もうし、もうし。申し上げる。我らの君。素晴らしきお方」
ベッケルフの手が上がる。短剣を掴んだ方の手だ。もう片方の手で、ぐい、と乱雑に少女を床に押しつけた。
いきなりのその動きに対処できなかったらしい。少女はいともたやすくうつぶせに転倒する。同時にベッケルフは足でその背を踏んだ。「ふぐっ」。少女が肺から息を吐き出す声を漏らす。
「今、贄を捧げます。どうぞ、我らの願いを聞き届け給え」
両手で短剣を宙に掲げた。
ぼわり、と。
薄暗い室内に、青白い光が明滅する。
「……魔方陣……」
リンゼイが呆気にとられたように呟いた。
床に踏みつけられた少女の背中。
さっきまで生贄の少女はベッケルフに背後から抱え込まれていたから、衣服は前部分しか見えなかった。
どうやら、背中部分が大きく開かれたデザインになっていたらしい。
少女の。
雪よりも白く、透明感のある肌には。
青白く光を放つ魔方陣が描かれていた。