39話 俺はあきらめるのは得意なんだ
「なぁ、ディーン」
気づけば、リンゼイと並んでしまったらしい。ディーンは取り繕うように笑みを浮かべると、「なんだ」と返した。
「このペースだと、夕方には街につくよね」
リンゼイはちらりとセトの背中を見やる。ディーンはうなずいた。
「そうだな。あちらには一角馬騎士団がいるだろうし……。引継ぎ等を済ませて、俺たちは先に王都に向かおうか?」
夜に到着したのなら、セトと一緒に街に泊まってもいいのだが、まだ日が高いのであれば、先に王都に進む方がいいだろう。ディーンはそう思う。
どうせもう、会えないのなら。
別れは少しでも早い方がいい。
「なんならさ、ディーン。僕たち、一角馬騎士団と一緒についていこうよ、王都まで」
リンゼイがそんなことを言い出し、ディーンは彼を見た。
この辺りでは見かけない、珍しい象牙色の肌。精巧な彫像のような姿。癖のない黒髪は馬の動きに合わせて揺れ、黒い双眸はまっすぐに自分を見据えている。
「なんのために」
ディーンは笑った。いや、笑ったというより。
弛緩した。
「俺たちの仕事は、異端者が異端の術を使うことを止めることだ。そしてなぜ、異端の術を施すに至ったかの経緯をつまびらかにし、正当公平な罰を異端者に与えることだ」
ディーンは慣れ親しんだ相棒の顔を眺める。
「異端の儀式は中断させた。異端者は捕縛された。異端の悪魔を宿した娘は、保護された。俺たちが後、することといえば……」
ディーンは顔を正面に向けた。セトの後姿を見やる。だいぶん、距離が離れた。
「王都に赴き、捕縛された異端者に聞き取りを行うことだ」
「だけどさ」
ディーンの言葉を食い気味にリンゼイは言う。
「ディーン、本当にそれでいいの? ひょっとしたらもう、会えないんだよ、セトに」
不器用に手綱を捌きながら、リンゼイは馬を寄せる。
「僕さ、ディーン」
どこかぼんやりと前を見ているディーンの視界にリンゼイは割り込んできた。
「ディーンに幸せになってほしい。これは僕の本心なんだ」
真剣な面持ちでディーンに語り、そのあとすぐに続ける。
「ところで僕、この前の期末試験、学年五位だったんだよ」
リンゼイの語る内容がディーンには理解できていないことが表情で察せられたのだろう。
「いや、わかってる。意味わかんないよね」
リンゼイはうなずく。
「ようするにさ、僕は『勝った』んだ。あいつらにね。可哀そうに、あいつ、毎日補修と親、呼び出しだよ。たぶん、自主退学するんじゃないかな。習熟ペースについていけてない」
リンゼイは、ふふん、と笑った後、ディーンに目を向けた。
「君がいたから。そして、大司祭がいたから、僕は勝てた」
リンゼイは、彼にしては珍しく強い口調で言い放った。
「僕は、『勝つ』っていうのは、やり返すことだとずっと思ってた。あいつらより、強くなったり、あいつらより優位に立って、仕返しをすることなんだ、って。もちろん、そんなやり方もあったと思う。だけど、僕のこの体格じゃ無理だ」
リンゼイは悔しそうに手綱を握る自分の手を見た。腕を見やった。細く、薄くしか筋肉が貼らない腕。
「僕はずっと勝てない。だけど、『逃げ出す』こともできない。家にいればお母さんを泣かせるし、学校以外のところに行けば警察に補導される。死ぬことも許されずに、必死で学校に行った」
リンゼイの話を、ディーンは興味深く聞く。正直、本当に意味がわからないが、彼の苦しさややるせなさは伝わってきた。
「その、学校に行くための力をもらったのは、〝ここ〟だ」
リンゼイは自分の真下を指さした。顔を上げ、ディーンを見る。
「僕の世界では、誰にも相談できないことを、〝ここ〟ではなんでも言えた。なんでも話せた。こうやって、ほら」
リンゼイは、自分を見つめるディーンに微笑む。
「ディーンは僕の話をちゃんと聞いてくれる。大司祭もそうだ。だから僕は、必死で学校に行った。行き続けた」
リンゼイは小さく笑った。
「その結果、あいつらが僕の視界から消えた。気分的にはあれだよ。マラソン。一生懸命、ゼイゼイ喘ぎながらも、走り続けたら、走らなかったやつはどんどん後ろに下がっていった感じ」
ディーンは「そうか」と相槌を打つ。リンゼイは陽気に笑った。
「『あんたの、その勝利は、誰かを見返すためのものじゃないだろ』って歌ってるやつらがいたけどさ、僕は見返した。勝って、見返してやった。だって、ずっと、見下されてたんだ。多少、見返したっていいじゃないか」
ディーンはリンゼイの瞳を見つめ、それから穏やかに微笑んだ。
「俺には意味がよくわからないが、いけ好かない奴らに、やり返したんだな。それは良いことだ」
大きくうなずくと、ディーンは腕を伸ばし、リンゼイの柔らかな黒髪をくしゃりと撫でる。リンゼイは笑ってみせたが、黒曜石のような瞳をまっすぐにディーンに向けた。
「ディーン。君は僕の『お父さん』じゃない」
きっぱりと言われて、ディーンは表情をこわばらせた。
「『お兄さん』でも、『年上の従兄弟』でもない」
リンゼイは自分に伸ばされたディーンの手首を、力強く握る。
「僕の、相棒だ」
リンゼイは、ディーンの揺らぐ若葉色の瞳をみつめ、言う。
「僕は幸せになりつつある。だから、その幸せを与えてくれた相棒にも、幸せになってほしい」
リンゼイは必死に馬上で体勢を整えながらも、ディーンの手首をつかみ続けた。
「君のことを尊敬するのは、『お父さん』みたいだからじゃない。君といて楽しいのは、『お兄さん』みたいだからじゃない。君の料理がおいしいのは『お母さん』みたいだからじゃない。僕が君の隣に居るのは」
リンゼイは上半身をねじり、体ごとディーンを見た。
「君が、ディーンだからだ。ディアウィン・ニールゼンだからだ」
ディーンを掴む手を放した拍子に、がくりと体を揺らせたが、リンゼイは前方のセトの背を指さした。
「あの子もそうだ。君のことが好きなんだ。だから……」
「ありがとう、リンゼイ」
ディーンはリンゼイの言葉を断つ。リンゼイは中途半端に口を開いたまま、ディーンを見た。
「もう、いいんだ」
ディーンは笑った。
柔らかく、ゆるやかに。
ディーンは、ただただ、家族が幸せになってほしいと小さなころから思っていた。母も姉も、父も兄も。
だが、何がそれぞれの幸せなのかがわからなくなっていた。
途方に、暮れていた。
父にとっては権力を手に入れることなのか。兄にとっては、父に叱られないことなのか。母にとっては父が死ぬことなのか。姉にとっては男性のいない世界に住むことなのか。
幸せとはなにかが、実は、ディーンにはわからない。
家族が欲しい。
みんなが幸せになってほしい。
そんなことをディーンは願っていたが。
同時に。
そんなものは、一生手に入らないのだと知っていた。
自分が想像する理想の家族を演じよう。
そうすればいつか、自分に家族ができたとき、きっと誰もが幸せな気持ちになるだろう。
そう考え、ふるまっていたが。
そんなもの、はなから手に入ると思ってもいなかった。
ようするに。
「俺は、あきらめるのは得意なんだ」
ディーンは力なく、笑う。
本当は知っていた。
自分がいくら頑張っても家族が幸せにならないことも。理想の家族を演じたところで、それは偽りでしかないことも。
そして。
自分がセトのことを愛しく思っていることも。




