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祝福の花吹雪をあなたに  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
3章 それぞれの事情

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39話 俺はあきらめるのは得意なんだ

「なぁ、ディーン」


 気づけば、リンゼイと並んでしまったらしい。ディーンは取り繕うように笑みを浮かべると、「なんだ」と返した。


「このペースだと、夕方には街につくよね」

 リンゼイはちらりとセトの背中を見やる。ディーンはうなずいた。


「そうだな。あちらには一角馬騎士団がいるだろうし……。引継ぎ等を済ませて、俺たちは先に王都に向かおうか?」


 夜に到着したのなら、セトと一緒に街に泊まってもいいのだが、まだ日が高いのであれば、先に王都に進む方がいいだろう。ディーンはそう思う。


 どうせもう、会えないのなら。

 別れは少しでも早い方がいい。


「なんならさ、ディーン。僕たち、一角馬騎士団と一緒についていこうよ、王都まで」


 リンゼイがそんなことを言い出し、ディーンは彼を見た。


 この辺りでは見かけない、珍しい象牙色の肌。精巧な彫像のような姿。癖のない黒髪は馬の動きに合わせて揺れ、黒い双眸はまっすぐに自分を見据えている。


「なんのために」


 ディーンは笑った。いや、笑ったというより。

 弛緩した。


「俺たちの仕事は、異端者が異端の術を使うことを止めることだ。そしてなぜ、異端の術を施すに至ったかの経緯をつまびらかにし、正当公平な罰を異端者に与えることだ」


 ディーンは慣れ親しんだ相棒の顔を眺める。


「異端の儀式は中断させた。異端者は捕縛された。異端の悪魔を宿した娘は、保護された。俺たちが後、することといえば……」


 ディーンは顔を正面に向けた。セトの後姿を見やる。だいぶん、距離が離れた。


「王都に赴き、捕縛された異端者に聞き取りを行うことだ」

「だけどさ」


 ディーンの言葉を食い気味にリンゼイは言う。


「ディーン、本当にそれでいいの? ひょっとしたらもう、会えないんだよ、セトに」


 不器用に手綱を捌きながら、リンゼイは馬を寄せる。


「僕さ、ディーン」

 どこかぼんやりと前を見ているディーンの視界にリンゼイは割り込んできた。


「ディーンに幸せになってほしい。これは僕の本心なんだ」

 真剣な面持ちでディーンに語り、そのあとすぐに続ける。


「ところで僕、この前の期末試験、学年五位だったんだよ」


 リンゼイの語る内容がディーンには理解できていないことが表情で察せられたのだろう。


「いや、わかってる。意味わかんないよね」

 リンゼイはうなずく。


「ようするにさ、僕は『勝った』んだ。あいつらにね。可哀そうに、あいつ、毎日補修と親、呼び出しだよ。たぶん、自主退学するんじゃないかな。習熟ペースについていけてない」


 リンゼイは、ふふん、と笑った後、ディーンに目を向けた。


「君がいたから。そして、大司祭がいたから、僕は勝てた」

 リンゼイは、彼にしては珍しく強い口調で言い放った。


「僕は、『勝つ』っていうのは、やり返すことだとずっと思ってた。あいつらより、強くなったり、あいつらより優位に立って、仕返しをすることなんだ、って。もちろん、そんなやり方もあったと思う。だけど、僕のこの体格じゃ無理だ」


 リンゼイは悔しそうに手綱を握る自分の手を見た。腕を見やった。細く、薄くしか筋肉が貼らない腕。

「僕はずっと勝てない。だけど、『逃げ出す』こともできない。家にいればお母さんを泣かせるし、学校以外のところに行けば警察に補導される。死ぬことも許されずに、必死で学校に行った」


 リンゼイの話を、ディーンは興味深く聞く。正直、本当に意味がわからないが、彼の苦しさややるせなさは伝わってきた。


「その、学校に行くための力をもらったのは、〝ここ〟だ」


 リンゼイは自分の真下を指さした。顔を上げ、ディーンを見る。


「僕の世界では、誰にも相談できないことを、〝ここ〟ではなんでも言えた。なんでも話せた。こうやって、ほら」


 リンゼイは、自分を見つめるディーンに微笑む。


「ディーンは僕の話をちゃんと聞いてくれる。大司祭もそうだ。だから僕は、必死で学校に行った。行き続けた」


 リンゼイは小さく笑った。


「その結果、あいつらが僕の視界から消えた。気分的にはあれだよ。マラソン。一生懸命、ゼイゼイ喘ぎながらも、走り続けたら、走らなかったやつはどんどん後ろに下がっていった感じ」


 ディーンは「そうか」と相槌を打つ。リンゼイは陽気に笑った。


「『あんたの、その勝利は、誰かを見返すためのものじゃないだろ』って歌ってるやつらがいたけどさ、僕は見返した。勝って、見返してやった。だって、ずっと、見下されてたんだ。多少、見返したっていいじゃないか」


 ディーンはリンゼイの瞳を見つめ、それから穏やかに微笑んだ。


「俺には意味がよくわからないが、いけ好かない奴らに、やり返したんだな。それは良いことだ」


 大きくうなずくと、ディーンは腕を伸ばし、リンゼイの柔らかな黒髪をくしゃりと撫でる。リンゼイは笑ってみせたが、黒曜石のような瞳をまっすぐにディーンに向けた。


「ディーン。君は僕の『お父さん』じゃない」


 きっぱりと言われて、ディーンは表情をこわばらせた。


「『お兄さん』でも、『年上の従兄弟』でもない」


 リンゼイは自分に伸ばされたディーンの手首を、力強く握る。


「僕の、相棒だ」


 リンゼイは、ディーンの揺らぐ若葉色の瞳をみつめ、言う。


「僕は幸せになりつつある。だから、その幸せを与えてくれた相棒にも、幸せになってほしい」


 リンゼイは必死に馬上で体勢を整えながらも、ディーンの手首をつかみ続けた。


「君のことを尊敬するのは、『お父さん』みたいだからじゃない。君といて楽しいのは、『お兄さん』みたいだからじゃない。君の料理がおいしいのは『お母さん』みたいだからじゃない。僕が君の隣に居るのは」


 リンゼイは上半身をねじり、体ごとディーンを見た。


「君が、ディーンだからだ。ディアウィン・ニールゼンだからだ」


 ディーンを掴む手を放した拍子に、がくりと体を揺らせたが、リンゼイは前方のセトの背を指さした。


「あの子もそうだ。君のことが好きなんだ。だから……」

「ありがとう、リンゼイ」


 ディーンはリンゼイの言葉を断つ。リンゼイは中途半端に口を開いたまま、ディーンを見た。


「もう、いいんだ」


 ディーンは笑った。

 柔らかく、ゆるやかに。


 ディーンは、ただただ、家族が幸せになってほしいと小さなころから思っていた。母も姉も、父も兄も。

 だが、何がそれぞれの幸せなのかがわからなくなっていた。


 途方に、暮れていた。


 父にとっては権力を手に入れることなのか。兄にとっては、父に叱られないことなのか。母にとっては父が死ぬことなのか。姉にとっては男性のいない世界に住むことなのか。


 幸せとはなにかが、実は、ディーンにはわからない。


 家族が欲しい。

 みんなが幸せになってほしい。

 そんなことをディーンは願っていたが。


 同時に。

 そんなものは、一生手に入らないのだと知っていた。


 自分が想像する理想の家族を演じよう。

 そうすればいつか、自分に家族ができたとき、きっと誰もが幸せな気持ちになるだろう。


 そう考え、ふるまっていたが。

 そんなもの、はなから手に入ると思ってもいなかった。


 ようするに。


「俺は、あきらめるのは得意なんだ」


 ディーンは力なく、笑う。


 本当は知っていた。

 自分がいくら頑張っても家族が幸せにならないことも。理想の家族を演じたところで、それは偽りでしかないことも。


 そして。

 自分がセトのことを愛しく思っていることも。



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