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祝福の花吹雪をあなたに  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
1章 異端審問官と護衛騎士
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2話 さぁ、まだやり続ける?

「今からでも遅くない。誠心誠意リンゼイに謝れ。自分の発言を訂正しろ」


 そう忠告したのに。

 覆面男はディーンに向かって、無言で間合いに踏み込む。振り上げた刃が室内の光を孕んで光り、一閃した。


 覆面男の目が、輝く。

 その目は、勝ちを確信している。


 自分の斬撃がディーンの頭頂に吸い寄せられていく。かち割る。そう、男は予測している。


 だが。

 ディーンは剣を構えたまま身体をわずかに右にずらして半歩覆面男に踏み込む。そして手首を裏拳の要領で返した。


 動きとしてはそれだけだ。


 ただそれが。

 神速だっただけだ。


 ディーンが持つ剣の(しのぎ)は的確に覆面男の手首を撃つ。

 ばんっと鈍い衝撃音がディーンと覆面男の間で鳴った。


 覆面男が思わず呻いて剣を下げた。


 ディーンは男に半歩踏み込む。構えは半身の脇構えだ。切っ先を下げ、柄頭を上にした構え。


 そのままもう少しだけ近づく。

 覆面男の距離は鼻先がくっつくほど近くなった。


 それなのに覆面男は逃げられない。

 射程距離に捕らえられたまま動けない。

 痛みのためか覆面男が眉根を寄せている。


 それが間近に見えた。


 ディーンの一撃を食らってなお、必死に男は剣を握りなおし、下げた剣を振り上げる。

 バカだなとディーンは内心笑った。

 この距離で剣を振りかぶるなど悪手。


 実際、男は万歳をしたような無防備な姿勢で自分の前にいる。


(斬るまでもない)


 ディーンは脇構えのまま、切っ先を上げることなく思い切り柄頭を覆面男のみぞおちにたたきつけた。


 手ごたえあり。

 強烈な斬撃ではなく、一打は覆面男の腹に入った。


 呻きよりも先に覆面男は嘔吐する。両膝をつき、無様に胃からの内容物をすべて床にぶちまける。


 その覆面男の様を見て、ほかの男たちはおののいた。

 誰もが、ディーンの動きを視覚としてとらえられなかったからだ。


 早い。

 攻撃速度が尋常じゃない。


()れ! たたきつぶせっ!」

「数で押せ!」


 残った数人の覆面男達が追い詰められたように叫んだ。

 ディーンとリンゼイを半円に取り囲む。


「やれやれ」

 ぼそりとディーンがつぶやくと、リンゼイがぷうと頬を膨らませて応じる。


「もう面倒くさい。一斉に潰すからさ。ディーン、フードかぶって」

「俺?」


 ディーンは片手で剣の柄を持ち、片手でフードの端をつまんでかぶる。適当に金の髪をフードの中に押し込んだ。


「なにするんだ」

「焼く」


 迷いのないリンゼイの一言にディーンが立ち尽くした時、


「一斉にいくぞ!」

 覆面男のひとりが叫んだ。


「待て待て。いい加減、降参しろ!」

 ディーンが制止の声を上げた。


 いかに強かろうが、いかに奇妙な技を使おうが、数ではこちらが勝っている。反撃の隙など与えぬ速さで打ちのめす。

 覆面男たちは最早それしか考えられないらしい。


 だが。

 この無情な異端審問官は「焼く」と言った。


 たぶん、それは本気だ。


「武器を捨てて」

 降伏しろと言いたかったのに。


 ディーンの語尾は轟音に消える。

 一瞬にして目の前が緋色に染まった。


 熱風が頬を嬲り、轟音が鼓膜を(ねぶ)った。


 男たちだけではなく、ディーンも首を縮める。

 紗のように天井から垂れ下がる炎に、「やば」と苦笑いして後ずさった。


「ディーン!」

 冷徹な声でリンゼイが自分を呼ぶ。


 ディーンは大ため息をつきついた。

 なんだよ、このためにフードかぶれっていったのかよ、と。


 ディーンは覚悟を決めて、その炎を打ち破って飛び出す。

 炎が作り出す天幕の向こうにいたのは、呆然自失の覆面男たちだ。


 両足で着地をし、剣を持つ右手を下から上に無造作に払いのける。覆面男のひとりがその峰で顎を砕かれ、仰向けに転倒した。


 ディーンはそのまま体を反転させる。くるりと踵を中心に華麗に回ると、掲げた剣を今度は下に振り下ろした。その真下に居た覆面男の頭部を峰が急襲し、覆面男はうつぶせに昏倒する。


 ディーンは両手で柄を持ち直すと、呆然と正面に立ち尽くす覆面男の首に向かって、剣の峰を叩きつける。男はきっと気を失う寸前に、自分の鎖骨が砕ける「ごつり」という音を聞いたことだろう。


「さぁ、まだやり続ける?」


 業火が消えたあとに薄く白煙が漂う室内で、リンゼイの声だけが静かに染み渡る。


 覆面の男たちはもう誰も立っていない。床にのびている。


 黒い長衣の参加者達も。

 それから。

 祭壇上にいる、司祭。


 誰もが。

 リンゼイを見た。


「教会はなにも異端な集まりに参加した者をすべて火刑に処するわけじゃない。事情等を考慮し、罰は受けるだろうが命までは取らない」


 リンゼイの静かで穏やかな言葉に、ディーンの剣を鞘に納める音が重なった。佩刀の柄に肘をつき、ディーンは腕を組む。


「異端審問官殿の言うとおりだ。俺からも申し送りをしてやってもいい」


 安心させるように大きく縦に首を振ると、長衣の参加者達は頭巾の奥で視線を激しく彷徨わせる。互いに意志を確認する様子に、ディーンはほんの少し安堵した。


 リンゼイと組むようになってからは、無闇な殺生が減っている。


 それまでの異端審問官は、有無を言わさず全員捕縛し、事情も聞かずに皆、「火刑」と罪状を告げた。中には、ただ親に連れてこられただけの乳幼児もいたというのに。


 2年前のことだ。泣き叫ぶ乳幼児を火の中に放り込むその様子に、ディーンは二度とこいつとは仕事しないと担当官に突っかかった。


 そして、組まされたのがリンゼイだ。


(このまま、大人しく捕縛へと誘導できれば……)


 ちらりとリンゼイに視線を送る。リンゼイは澄ました顔で参加者達を眺めていたが、ディーンの視線を感じたのか、わずかに首を縦に振った。考えていることは同じらしい。


 だが。


「今更、引けぬ」

 司祭の声が空気を細かく振動させる。


 天井が、室内が。

 司祭の声を奇妙に反響させた。

 弾かれたように参加者達はその場にひれ伏した。


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