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祝福の花吹雪をあなたに  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
2章 王都にむけて

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16話 宿泊中の村

◇◇◇◇


 ディーンは愛馬の手綱を握り、柵に沿って歩いた。


 ぽくぽくと蹄鉄が鳴る音が律動的に聞こえる。このところ走らせることが多いから、愛馬のジャムはご機嫌だ。時折鼻を鳴らし、ディーンの金髪の髪を食む。ディーンは笑ってそれをやり過ごし、柵の中を見た。


 放牧から帰ってきた羊たちが、一同に入れられている。


 めぇめぇと口々に鳴き、馬を見て驚き慌てて逃げる羊もいれば、逆に前足を掻きながら突進してくる羊もいた。いずれも油の乗ったぽってりとした羊たちだ。毛はふくふくと盛り、夕日を照り返して橙色に染まっている。


 ディーンはそんな羊たちを眺め、ゆっくりと歩く。

 羊毛を生業の主体にしている村だと、昨日聞いた。


 精肉にするのではないらしい。毛を刈り、それを毛糸にして販売するのだそうだ。


 だからだろう。

 糸紡ぎをする女達は、この村では元気だ。村を担っている。その自負があるのだろう。


『宿を借りたい』

 昨日、そう村長に伝えると、彼ではなく、その奥方が泊めるかどうかを判断した。


『娘連れでは、野宿も大変でしょう。どうぞ空き家をご利用下さい』

 そう言われ、ほっとしたのを今でも覚えている。


 ディーンとリンゼイの二人だけであれば野宿でもなんら問題はないが、セトが一緒なのだ。もしも不測の事態が起れば、後悔だけでは済まない。


 できるだけ、屋根のあるところで宿泊しよう。

 それは、ディーンとリンゼイの共通見解だった。


 本人に自覚が無いのが大問題なのだが、セトの見かけは通常より良い。

 透明感のある銀髪。透けるような白い肌。整った顔立ち。品の良い仕草。


 全てが、『売れば高価』な少女だった。


 たとえ体内に悪魔を宿しているとはいえ、一般人にはわからない。外見だけが全てだ。

 また、彼女の高飛車な態度や、警戒心のなさが一部の男共にウケが良さそうだ、というのも二人の意見が合致したところでもあった。


 なので。

 この村が、宿を提供してくれたことに二人は心の底から安堵し感謝した。


 だからだろう。

 普段は見向きもしない依頼にも、リンゼイは応じた。


 辺鄙な村だ。教会にまつわる依頼は多かった。

 異端審問官と神官の区別はついていない。


『この子に洗礼を』

『死の床にある祖父に祝福を』

『婚礼の言祝ぎを』


 そんな場違いな村人達の願いを、リンゼイは嫌がらずにすべて受けた。


 結果的に。

 ただ、一夜の宿を、と希望したのだが、数泊する羽目になってしまっている。


 リンゼイは申し訳なさそうにそのことを口にしたが、ディーンは構わなかった。


 むしろ、自分以外と交流を持とうとするリンゼイを好ましく思った。人懐っこく、砕けた言葉や表情で彼はディーンに接するが、それは限られた人間にだけだ、と知っている。


 他者に対して、心理的な壁をリンゼイは持っていた。


 自分のことを理解してもらおうと思わない。

 そんな雰囲気を宿しているせいで、リンゼイは随分と損をしている。もう少し、自分から心を開けばいいのに。ディーンはそう思っていた。


 だが。彼はそうしない。

 そうしない、ということは。

 それは、昔、彼が心を開いて、傷ついたあったことがあるからだ、となんとなく気づいた。


 痛い目にあったことがあったのだろう。

 つらい思いをしたのかもしれない。


 リンゼイは、だから壁を作る。壁の向こうから、ひたすら様子を見る。そして、壁を越えてきた人間に対して、徹底的に警戒する。


 そんな面倒臭い人間と、誰が付き合おうと思うだろう。


 大概は表面的に付き合い、リンゼイが離れれば距離を取る。そしてそのまま「サヨウナラ」だ。

 それは、もったいない、とディーンはいつも思っていた。


 傷ついても、嫌な思いをしたとしても。

 それは、一時のことだ。


 次がある。

 次は、きっと良いことがある。


 そう思ってほしい。


 リンゼイと仕事をこなすうち、ディーンはそう思うようになった。


 こいつに、もっと楽しい思いをしてほしい、と。

 世の中、そんなに悪い奴ばっかりじゃないんだ、と。


 だから。

 たとえ、「貸しを作ったから」という理由だとはいえ、自分から誰かに近づき、何かかかわりを持とうとしたリンゼイを見て、ディーンは腹のそこから嬉しい。


 リンゼイに足りないのは、新たな知識でも、新たな術でも、階位でもない。


 経験だ。


 失敗した、成功した、挑戦した、考えた。

 そんな様々な経験を『誰かと共有』する経験が、圧倒的に足りない。


 ここ最近でこそ、リンゼイが「何か」をし、それに対して「思ったこと」をディーンに話し、ディーンは「感じたこと」をリンゼイに伝えているが。


 そういう、自分の感じたことを伝え、誰かがそれに対して反応した言葉を、「飲み込む力」。「共有する力」が著しく低い。あっさり言ってしまえば、すべてが「自己完結」なのだ。


 このところ、ようやく、「他者」に自分のことを伝え、「他者の意見」を自分に取り込むことができはじめた気がする。


(どんな環境で育ったらこうなるんだろう……)


 セトを見てもそう思うが、リンゼイとかかわる中で、ディーンは首をかしげざるを得ない。


 昔、「生まれはどこだ」と尋ねたことがあるが、「ディーンの知らないところ」とごまかされた。

 この村には数日しかいないだろうが、今まで体験できなかったことを、たくさんすればいい。ディーンはそう思う。


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