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祝福の花吹雪をあなたに  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
1章 異端審問官と護衛騎士
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15話 冒険はもう終わり

「まぁ、見ず知らずのオッサンに嫁ぐのは嫌だって、気持ちは分かるよ」


 リンゼイががりがりと黒髪を掻きながら言う。「ですよね!?」とセトが同意の声を上げるから、ディーンは慌てた。


「そうはいかないよ。婚姻関係は重要だ。それによって、一族全員の命運が……」

「でも、僕がセトなら嫌だよ。ある日突然、毛むくじゃらのオッサンに抱かれるんだぜ? うへぇ」


 口を曲げてリンゼイは呻き、セトは耳を塞いで「聞きたくないっ」と悲鳴を上げる。


「じゃあ、誰か他に結婚したい人がいるのか?」


 ディーンが戸惑うようにセトに尋ねた。だったら、それを両親に言えばいい。家出するほど思い詰めたのだ。両親だって婚約を破棄してくれるかも知れない。


「そんなお相手、いません」


 だがセトは首を振る。

 呆れたように見るリンゼイとディーンに、セトは必死に訴えた。


「だって、今までは『殿方に近づくな』とか『男性と会話してはいけない。はしたない』って言われて参りましたのよ? できるだけ男性からも遠ざけられたところで暮らして参りました。それなのに」


 セトは小さな肩を落とす。


「それなのに、今年に入った途端、殿方と引き合わせようとされたり、ベッケルフもそうですが、『紳士な方だから、話してみたらどうだ』と言われたり……」


 セトは顔を顰め、二人を交互に見る。


「だいたい、ベッケルフ、紳士どころかとんだ食わせ者でしたわ」


 セトは唇をかみしめる。


「ある日突然、見知らぬ男を指して、『あの人が夫になるのだ』と言われても困ります。今までずっと、侍女たちと暮らしていたのですよ? それが普通だと。それが娘らしいことなのだ、と教えられて」


 セトは泣き出しそうな顔で二人の顔を交互に見た。


「それなのに、今日から、見知らぬ毛むくじゃらの男と一緒にベッドに入れ、と言われるんです。嫌ですっ」


 悲痛な叫びにディーンはなんと言ってやればいいのかわからない。ただただ、困惑したようにリンゼイを見る。リンゼイはわしわしと前髪を掻き上げ、ふと尋ねた。


「男に不信感持ってる割には、僕らとは普通に話すよね」


 リンゼイがいぶかし気に尋ねるが、セトは不思議そうにディーンとリンゼイの顔を見比べる。


「だって、お二人は教会の人間ではありませんか」


 ディーンとリンゼイは再び顔を見合わせた。

 なんだろう。この『教会に関する人は良い人』という先入観は。


「それで、ベッケルフが私に言ったわけです。父親には自分から上手くいっておく。海外の貴族にコネがあるから、そこに隠れていれば良い。あとは万事自分に任せろ、って」


 セトは言うと、再びシチューの器を手に取った。


「で、それを信じたんだ」


 呆れたようにリンゼイは言い、セトは肩を落として頷く。もそもそと木匙を口に運びながら、上目遣いにふたりを見る。


「だって。まさかこんなことになるなんて……」


 セトが言うには、約束された日にベッケルフによって屋敷から連れ出され、馬車に乗せられたのだそうだ。侍女も伴わずたった一人で外出したのは初めてで、そのことだけでも心躍る体験だったらしいが。


 行き先は、港ではなく、山だった。

 この屋敷だった。


 部屋に集められた人間の格好や儀式の道具、ましてや自分の背に描かれた魔方陣などを見て、異端だと気づいた時には遅かった。


 なんとか必死に逃げ出そうと儀式の間中も暴れ回っていたら、参加者の中に異端審問官と教会護衛騎士が紛れ込んでいた、ということらしい。


「まずは君の中の悪魔を消さないといけないから、大司祭の所に行くけどさ。両親に連絡した方が良いんじゃない?」


 黒パンとチーズを手に取ったリンゼイがセトに尋ねる。


「両親、心配してるんじゃないの?」


 だが、返事はない。黙々と木匙を口に運び、器が空になったら、黒パンを千切って口に放り込むだけだ。リンゼイは視線をディーンに向けた。ディーンは口をへの字に曲げて彼女の様子を見ていたが、そろり、と声をかけた。


「大司祭様のところで用件が済んだら、どうする気なんだ? 両親のところに戻るんだろう?」

「その時、考えますわ」


 ぱちり、と断つようにセトは言い切ると、菫色の瞳をリンゼイに向けた。


「次はわたくしから質問してもよろしい? 異端審問官殿」

「答えられることならねー」


 リンゼイはあっけらかんと応じ、立ち上がった。どうやら鍋の方に向かうところを見ると、おかわりをするつもりらしい。


「審問官殿はどうやって異端の情報を?」

「教会から」


 リンゼイは端的に答え、ディーンを見る。


「全部喰って良い?」


 そう言うから、ディーンは頷いた。ワインを口に運び、チーズをつまむと、リンゼイが慎重に器を両手で持って帰ってくる。


「呼び出されたから行ってみたら、『異端の儀式が開かれる』って。行って阻止して来いって言うから、護衛騎士がディーンなら行くよって答えて……」


 リンゼイは山盛りのシチューをそっと床に置くと、やれやれとばかりに自分も座る。


「で、教会から指示された場所に参加者として潜入して……。で。頃合いを見計らって、ばばーんと登場したってとこ」

「教会は異端の儀式を知っておりましたのね?」


 不思議そうにセトが尋ねる。ディーンは肩を竦めた。


「教会どころか、王室側もね」

「そういえばそうでしたわね。あの失礼な、人語を解する熊も乱入して参りましたし……」


 むう、と口を尖らせるセトに、リンゼイが言う。


「思うに、ベッケルフの失脚を狙う奴がいたんじゃない? ベッケルフ自身も王を呪殺しようとしたみたいだし……。敵がいたんでしょ。で、そいつに尻尾をつかまれたか……」


内部告発(うらぎり)にあったか、だろうね」


 ディーンがハムに手を伸ばす。つまみ上げたのは、やけにペラペラなハムで、リンゼイはそれを見て笑った。


「世の中、なにがなんだか、ですわ……」

 ぼそり、とセトが呟く。ディーンは薄切り過ぎるハムを口に放り込み、苦く笑った。


「だから冒険はもう終わり。大人しく家に帰ろう?」

 そう促したが、セトが頷くことは無かった。


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