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十字章

作者: いかちゃん
掲載日:2023/10/16

 私の通っていた私立小学校は、キリスト教系の学校だった。中学校は普通の公立中学校に入ったから、そこで自分が当たり前だと思っていたことのうちのいくつかは、決して当たり前ではないのだということに気づいた。

 そのうちのひとつが「十字章」だった。これは小さい銅色のちょっとおしゃれなバッジで、毎週一番「いい子」だったが子がもらえるもので、それを制服にいっぱいつけることが、私にとって学校生活で一番の楽しみだった。

 とはいえ、「いい子」ぶりを競うのは難しいし、先生もできるだけえこひいきせず、公平に、年間を通してすべての人がこの「十字章」が得られるように意識する。私たち生徒の間でも、「今週は、まだもらっていないあの子がもらえるようにしよう」という暗黙の協定のようなものがあり、年度がおわるときにすべてのクラスメイトが一つ以上の十字章がもらえていたら、先生はそのことで私たちを大いに褒め、私たちもよいクラスだったとそのことに誇りを持ち、寂しさを強く感じるのだ。

 とはいえ、この「十字章」についてのことで、私の記憶に一番残っているのは、四年生の時に、私が学年で最多の十一個(ほぼ毎月、つまり4回に一回は貰えていたのだ)を手に入れたことでも、五年生の時にクラスの問題児の男の子が、卒業直前の最後の週だけ必死で善行を積んで、なんとか全員が「十字章」を手に入れることができ、みんなで泣きながらそれを祝ったことでもない。

 それは六年生のころのことで、親の都合で六月ごろに転入してきた女の子、今井敬いまい けいという子に関することだった。まずその子の名前を初めて見た時、クラスのみんなは男の子が来ると思っていたが、実際にあらわれたのは、とんでもない美少女だった。お母さんがハーフの日系ブラジル人で、今井さん自身はクォーターであり、肌は私たち日本人より少し浅黒く、顔立ちは堀が深くて、髪の毛は少し茶色っぽかった。鼻は高くて、まつげも長く、唇はとてもきれいな色をしていて、眉毛がとてもくっきりしていて、意志の強い、きらりと光る眼差しを持っていた。

 同性の私でも、思わず息をのんでしまうくらいきれいな子で、口を開くと、声までとても綺麗だった。見た目は完全な日本人ではなかったけれど、私たちと同じでずっと日本で暮らしているから、日本語は普通……と思いきや、そうではなかった。今井さんの日本語は、私たちが違和感を感じるほどに丁寧だったのだ。たとえば、朝のニュースを読み上げるアナウンサーのお姉さんの話す日本語のていねいさが10で、私たちが普段しゃべる日本語のていねいさが5、みんなの前で発表する時に話すていねいさが7くらいだとすると、今井さんの日本語は常に8以上で、発表会の時にはアナウンサーの人よりもさらにはっきりと、ゆっくりと、わかりやすすぎるくらいていねいな話し方をするのだ。

 今井さんは、勉強がとても得意なようで、すぐにクラスだけでなく学年中の人気者になったけれど、本人はあまりみんなと関わりたがらなかったので、どこか距離を感じたまま過ごすことになった。

 私自身は、「十字章」の一件までは、一度だけ授業のグループ課題のときに一緒になって、そのとき色々話したけれど、それ以来話すことはなかった。私は他の大多数の子たちと同じように、今井さんを遠巻きに眺め、すごいなぁ、綺麗だなぁと思っているだけだった。

 そんな今井さんが事件を起こしたのは、今井さんが転入してきて三週間後の週末だった。今井さんはそこで、はじめて「十字章」を受け取った。

 先生が金曜日の帰りの会のときに、「今井さん、前に出てください」と言って前に出てこさせ、バッジ入れの中からひとつ十字章を手に取り、それを今井さんに渡した。今井さんが手を出して受け取ると、教室は拍手に包まれた。

 そんな中今井さんは、恥ずかしがって照れることも、自慢げに笑うことも、ぺこぺこと頭をさげて感謝することもなく、自分の手の中にある十字章をじっと見つめていた。拍手が鳴りやんだ後、今井さんは自分の席にまっすぐ向かうのではなく、反対側にあるごみ箱の方に行き、そのバッジを、捨てた。

 教室の空気は凍り付いた。皆が、それまでの六年間で、大切にしてきたものを、無造作に、しかも何の感慨もなく、してやったりといった表情を浮かべることもなく、さも当たり前のようにゴミ箱にすて、立ち止まることなくそのまま席につき、その後は教室の雰囲気を気にすることもなく、涼し気な表情のまま、教室の外の景色を、今井さんは眺めていた。

 私も、他のクラスメイトたちも、そんな今井さんをただ見ていることしかできなかった。先生もまた、今井さんに、見とれているようだった。その後、先生は我に返り、あたふたしはじめた。

 帰りの会はそのまま進行されたが、帰りの挨拶をした後、先生が今井さんに声をかけて、このあと残るように言った。みんなはどうなるのか興味津々で、すぐに帰った人は少数だった。かくいう私も、教室の外のすぐそばで、職員室に連れていかれる今井さんの後ろを少し離れたところから追いかけていた。


 私はその年度で、すでに二つの十字章を持っていた。私はそのうちひとつを自分の胸ポケットのそばから外し、指で弄んでみた。これを、捨てると考えると、とてもドキドキしたし、やってはいけないことだと思った。でも同時に、それをやったら、自分はどんな気持ちになるだろうと想像すると、なぜか期待と恐れの入り混じった、喜びのような、奇妙な感覚に襲われた。

 今この、何気ないひとつの狂気が、自分の人生の方向を決定づけるような、そんな予感を感じたのだ。

 私は結局、十字章を捨てることはなかった。他のクラスメイトの子たちの中には、真似しようとした子もいて、実際にゴミ箱に入れた子もいたけど、結局先生に怒られたくはないから、ゴミ箱の中からそれを拾って、洗ってまた付け直すことにしていた。

 肝心の今井さんの十字章はというと、クラスの別の真面目な子が拾って、今井さんに返しに行った。私もそれについていった。「大事なものだから、捨てちゃいけないよ」とその子は説明していた。今井さんは、困ったような顔を浮かべたあと、それを受け取ってすぐにその子に返した。

「なら、あなたが預かっていて。価値あるものは、その価値がわかる人が所有すべきだから」

 私は、その言葉が発せられた当時、何を言ったのかよくわからなかった。だがそのきれいな声の響きが、ずっと耳の中に残っていてくれたおかげで、何日もかけてその言葉の意味を理解することができた。

 価値あるものは、その価値がわかる人が所有すべきだから。

 十字章の価値、なんて考えたことがなかった。いい子でいたらもらえるもので、たくさんもらえたなら、その分だけいい子として学校生活をおくっていた証拠になる。たくさんもらえればお父さんやお母さんに褒めてもらえるし、他の子たちからも憧れの目で見てもらえる。

 私はふと、十字章の価値というのは、「いい子でいること」の価値なのではないかと思った。私は自分が「いい子」だと思っていたし、だからこそ自分は他の人たちから大切にしてもらえるのだと思っていた。私はその時、はじめてそれを自覚したのだ。


 今井さんは中学に入る前にまた転校してしまった。結局私は今井さんとほとんど話すことはなく、学校以外で会って遊ぶようなこともなかった。私はそのことを、中学生になっても、高校生になっても後悔し続けることになったわけだ。

 しかしそのおかげで、それ以降少し変わった人がいた時には、自分から積極的に話しかけるようになって、私の交友関係は一気に広がり、ただ「いい子」なだけじゃない自分を見つけることができた。というか、大人たちが定めた「こうであってほしい子供」であることの価値が、他のたくさんの価値と比べて、特段素晴らしいものではないことに気づき、色々な価値に触れて、その中で生きられるようになった。

 もっとも私自身は、結局「いい子」を演じることの方が楽で、自分らしいと感じていたから、それは変わらないんだけどね。

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