エンジェルライフ最終巻1/9イタリア、トレヴィーゾの牧場へ帰ってきた!
孤高の狼、ぶっ飛び!天才脳外科医のエライザが、ママになった。エライザが中心となって、発展してきたエンジェルライフも世界的な組織になり初代エンジェルクルーも年齢を重ねた。それぞれが活躍の幅を広げる中で、エライザは、子供を授かり、ママになろうとしている。日本の豊かな生活と牧場の厳しい生活の間で、子育て仕事に揺れ動く。カルメンは、牧場の生活を楽しみにしている。ここに帰ってくる理由は、何だろう。新しい技術やアイデアを受け入れながら牧場の生活を楽しめるだろうか。
エンジェルライフ最終巻!全9回、始まります。
エンジェルライフ最終章
1/9トレヴィーゾの丘に広がるカルメンの牧場
カルメンの故郷は、イタリア、ベネチアから車で北へ30分ほどの ヴェネト州
トレヴィーゾという町。と言っても街の中心部ではなく、山あいの民家も無くな
った丘陵地に広がる牧場だ。祖母、ガブリエルの祖父の時代からこの地で暮らし
てきた。父のアントニオは、牧場はガブリエルに任せ、街で仕事をしたり、一時
期はギター演奏で食っていこうと考えていたが、結局は、先代から受け継ぐ牧場
を継いだ。アントニオは、街で飲み屋を任されている時代にカルメンの母、ミサ
と知り合った。その当時は、何件か飲み屋を任されていて、自分でも店で、
ギターを演奏して人気者で、店の客足も多く、羽振りも良かった。ミサとの間に
カルメンも生まれて、順風満帆な人生であったが、ミサと、離れ離れになった頃
から世界的不況で、客足も減り街での暮らしも立ち行かなくなった。ガブリエル
が一人できりもりしていた、牧場に戻り細々とヤギや羊を飼って暮らしていた。
カルメンは、大人になると子供のころから父に教えてもらっていたギターを駅前
や公園で弾くようになる。当時は、美しい女性がギター演奏するのは珍しく、
人目にとまった。当然のようにバーやクラブから声がかかるようになった。カル
メンが演奏する日は、どこのバーもクラブも客が押し寄せ満員になった。人気は
イタリア、スペインと広まり自分のバンドを組んで、ヨーロッパ中を回るアーテ
ィストになった。
一緒のライブハウスに出演していたスペインから来たバンドのギタリスト、ヤコブ
と結ばれ、カルロが生まれた。カルロを祖母のガブリエルが面倒みてくれて、カル
メンは、再びヨーロッパを演奏旅行で回るようになったが、そのころには、若い女
性のギタリストも増えてきた。音楽シーンもエレキギターを使ったロックンロール
やロカビリーがアメリカから入ってきて、スペイン系のフラメンコやジプシージャ
ズは、人気がなくなった。父、アントニオと同じように故郷のトレヴィーゾの牧場
に帰りヤギの乳からチーズを作って生活をするようになった。カルメンが牧場に戻
ると祖母、ガブリエルに続いて父、アントニオまで、立て続けに病気になり亡くな
てしまう。年頃になっていたカルロは、アルバイトをしながらベニスの町で暮らし
母、カルメンは牧場で一人の暮らしを続た。
一人で牧場を守ってきたカルメンだったが、幼いころから少しづつ悪くなった足
の具合が悪化し歩けなくなった。牧場を幼馴染に任せて、カルロの住んでいるベ
ニスの狭い部屋で二人で暮らしカルロに介護してもらうことになった。そんな時、
エライザとカルロが出会う。エンジェルライフの中心メンバーだったエライザは
カルメンの難病を研究テーマとする代わりにカルメンを日本での治療に招待する。
カルメンの治療を計画したもう一つの理由は当時世界的に人気が出てきたエライ
ザを特別扱いせず普通に迎え入れてくれたカルロにエライザが心惹かれるように
なりカルロと一緒に居られることが目的だったのかもしれない。
そんなカルロとエライザの間に子供ができ、カルメンの足も良くなり、一人で歩
けるようになった。カルメンはイタリアに帰ることを決心し長い間放置していた、
自宅を修理することになった。10月にエライザの出産を控えて6月にイタリアに
帰国、8月までは、牧場や自宅を整備して、9月に日本に戻ってエライザが出産す
る計画を立てた。3人は、トレヴィーゾに向けて出発しよとしていた。
あさこ:気を付けてね。あんまり食べ過ぎてこれ以上太ると出産が大変よ。お酒
もほどほどにね。
エライザ:わかりました。あさこさんしか叱ってくれる人はいないから言うこと
聞いときます!
カルメン:ありがとうございました。9月にはまたお世話になります。
カルロ:すぐ帰ってくるよ。
あさこ:行ってらしゃい!
飛行機が飛び立った。
エライザ:結構機内広いね。妊婦だとわかってCAさんが席を変えてくれちゃっ
たから私だけ3席のVIP待遇だね。
カルロ、あんたカルメンと席、交代して。カルメンと私で4席使えるとカルメンも
楽だから。
カルロ:僕の方が体が大きいからここで良いよ。
エライザ:うるさい、あっち行きなさい。カルメンこっち来て!
カルメン:ありがとう。少し広いと斜めになれるし楽ね。
カルロも私の膝枕なら楽よ!(ふふっ)
カルロ:恥ずかしいね。
久しぶりに故郷へ帰る。自然と三人には笑顔があふれた。
セントレアからベニスのマルコポーロ国際空港へは、直行便がない。香港で乗り変
えて、フランクフルトでもう一度、乗り換える。
三人を乗せた飛行機が、イタリア、ベニスのマルコポーロ国際空港に近づいた。
飛行機は大きく旋回して着陸態勢に入る。旋回したときに、飛行機が傾き、窓から
望むベニスの夜景が流れていく。”ギュギーッつ”スリップ音をあげて、大きくバ
ウンドして、飛行機が着陸した。
カルメン:ちょっと、びっくりしたわね。
エライザ:へったくそなパイロットだったね。
カルロ:へくそだ?パイロット?
エライザ:アホ!
みんな元気に、ベニスについた。
ベニスの町で一泊して、明日からキャンピングカーを借りて暮らす。空港から街ま
でタクシーを使った。カルロがよくしゃべる。イタリア語が普通に通じるし、町の
様子も変わっていない。逆にエライザの出る幕がなくなった。ホテルは、予約して
いないが、カルロとカルメンが何やら打ち合わせて、携帯で当日予約で安ホテルを
取った。荷物だけおいて、食事に出る。カルロが街を歩くと女友達、男友達が声を
かけてくる。エライザでもわかるイタリア語で自分の妻だ、結婚した、と言ってい
るようだ。この街では、エライザよりカルロの方が人気があるらしい。
壊れかけた扉をくぐると地元の人が集まるレストランに入っつた。カルロが何やら
早口で頼むと、どんどんと料理が並んだ。定番のピザ、マルゲリータ。煮込み料理
などが、あらかじめ作ってあったかのようなスピードでどんどん出てくる。
カルロ:いただきます。ピザをがぶつくと、ワインで流し込んだ。
エライザは、カルロの姿を見て、初めて港の屋台でデートした夜を思い出した。
自分でさっさとメニューを決めて、料理を頼んで食べさせてくれて、有名人になっ
たエライザに気兼ねすることもなかった。この街を楽しんでと、控えめにエスコー
トする姿に、頼もしさを感じ、いつの間にか好きになった。彼には、ここベニスの
街が似合うのかもと・・思った。
カルロが安いところだと言ってとったホテルは、古いホテルだと思ったが手入れが
行き届いている。家具は何年前かわからないほど昔のデザインで、階段の手すりも
気品がある。彫り込みの窪みにすら汚れも埃もない。何百年も大切に磨き、使って
きた歴史がそこにあった。ベッドは、いがいにも新しく寝心地がいい。
”交換するところは、交換しているのか”エライザは、少し嬉しかった。
長旅で少し疲れているのだろう。ホテルに帰った三人は口数も少なくすぐに寝た。
翌朝は、快晴。朝食は取らずに頼んでおいたレンタカー屋に出向いた。
カルロ:おはよう!久しぶり!
店員:結婚したんだって、おめでとう!泣く女がいっぱいいるな。
カルロ:車はあれかい。珍しい色だね。
店員:ワインレッド!緑の牧場に映えるだろう。バイクレーサーのカル・ロッシが
ワールドグランプリの転戦で使ってた。古いが、しっかり整備してある。
イタリアの車は、よく整備してあっても油断できないが、そう言われれば気休めに
はなる。
エライザ:かっこいいね。カル宅(田原のカルロの住宅)より住みやすいかもね。
カルロ:イタリアでは、僕が運転するけど、僕もこのデカい車は少々緊張するな。
出発するよ。
郵便局に送ってあった荷物を取りに行き、トレヴィーゾの街を望む丘にあるカルメ
ンの実家に向かう。途中何か所かで、食料品や調味料、工具など新居の整備に必要
なものを買い込んだ。朝食もとっていないので何か食べようと、最近増えてきた
ハンバーガーやサンドウィッチのファーストフード店のAutogrillで小休止。
デカいワインレッドのキャンピングカーが入ってきたので駐車場でも目を引く。
カル・ロッシを知っている人は、もしかと思って近づいてくる。
ここでも、カルロが、さっさと注文し、エライザに品物を手渡す。日本にいるとき
のカルロとは、別人のようにはつらつとしている。
カルロ:はい、ママ、これならママも食べられる。
カルメン:ありがとう。そうね。おいしそうだわ。
カルロ:エライザは、好きな方をどうぞ!僕はどちらも好きだから。
エライザ:じゃあ、こっち、ちょっと大きそう!いただきまーす!
カルロ:ここからは、もうすぐだよ。あの山で見えないけど10分ぐらいかな・・・
見わたすと、民家も少なくなった。広い道路のわきに大型店がちらほらある。
その先は道路がまっすぐ走っているだけだ。ずいぶん田舎の方に来たようだ。
ただ、寄り道しないでくればトレヴィーゾの街からは、20分ぐらいだろう。
軽い朝食をすませると、わき道にそれて、進んだ。無舗装のでこぼこ道に入ると
大きなキャンピングカーは揺れがひどく、ゆっくりでしか進めない。小高い山を
回り込むと、目の前に緑色の丘が広がった。
エライザ:わーっ!綺麗!アルプスの少女ハイジみたい!
カルロ:アルプス? スイスじゃないよ。あそこがママの牧場だよ。
エライザ:あそこって、どの辺?
カルロ:目の前の丘だよ
エライザ:丘って、丘ぜんぶ?
カルロ:そうだよ。これでもこの辺では、一番小さな牧場だよ。
エライザ:へーっ牧場の感覚がわかんないな?
カルメン:最近は、相続もあってもっと小さな牧場も増えてきたらしいわね。
牧場の経営も小さく効率化してきているみたい。
カルロ:ほら見えてきたあの建物が牧場の物置小屋、自宅はもうちょっと先だよ。
物置小屋の横を通り過ぎながら
カルメン:だいぶ、傷んでるわね。手がかかりそうよ。
カルロ:大丈夫、ゆっくりやるよ。
民家が何件か見えてきた。作業している人もいる。一軒の家の前に車を止めると
カルロが降りて行った。その家の人と話をしてカルロが車に戻った。
カルロ:留守の間、牧場を任せていた親戚のおじさんだよ。電話して僕らが来る
のは知っている。挨拶だけしてきた。
カルメン:あの子も元気そうだったね。私が行くと話しが長くなるから・・
私は行かなかった・・(ふふっ)話好きだから・・
カルメンが、思い出し笑いしている。田舎に帰ってくるといろんな経験が
よみがえる。自分が前向きに生きてさえいれば嫌なことも苦しかったことでさえ、
良い思い出になる。故郷は、経験さえも浄化するフィルターだ。
カルロ:着いたよ。
カルメン:ただいま! 何年ぶりになるのかしら。ベニスに下りて1年、エライザ
に会って2年だから3年ぶりかね。
カルロ:牧場の小屋よりましだけど・・・住むにはこっちも時間がかかりそうだ。
エライザ、家の中の空気入れ替えてくる。車で待ってて!
エライザ:わかった。へーっ・住んでなかったのに・草ぼうぼうじゃないんだな。
この辺は、冬は気温が低く雪が降ると凍り付く。ゆっくりと、その凍った雪が草を
もぎ取り枯らす。春も遅く6月の今は、やっと草木が芽吹いてきた。牧草の若葉が
少し生えそろい、淡い緑色の絨毯が広がる丘はほんのりと香り、一番いい季節だ。
カルロ:エライザ、窓を開けてきたからそんなに埃っぽくないよ。おいで、
エライザ:わかった。なんか持っていくものある?
カルロ:今日は荷物は、車に置いておこう中を掃除しないと・・・天気も・・・
カルロについて中に入っていく、外は塗装も痛み修理に時間がかかりそうだが、
中は家具類もそろっていてすぐにでも住めそうだ。しかし、よく見るとキッチンや
水回りなど掃除に時間がかかりそうな場所もある。
カルロ:少し見て回ったら車で休んだら。僕は、今日中にやらなきゃならない事が
あるから。
エライザ:わかった。
カルメン:エライザ、こんな暖炉見たことある?
エライザ:古そうですね。
カルメン:ガブリエルのころに買ったらしいから100年以上前のものね。暖炉は
ほっといても割と持つんだけど、煙突を修理しないと家じゅうススだらけで真っ黒
になっちゃうの。一度小さな火を入れて煙突や煙突が抜ける壁を修理して、それか
ら家の中を掃除しないと煙で家じゅう真っ黒になっちゃうの。
エライザは、なかなか住めるようになるには、時間がかかりそうだと実感した。
カルロは、少し小高くなった場所に板やレンガを敷き詰め車をそこに止めた。
エライザ:カルロ、何やってるの?
カルロ:車のタイヤの下に板やレンガが来るように敷き詰めて車を止めるんだ。
エライザ:なんでそんなことするの?
カルロ:この時期は、雨が多くて地面がぬかるむ日が多い。この車は特に大きくて
重いから夜の間に雨が降るとタイヤの周りが沈んで、車が出せなくなる。
ほら!早速やってきた。
丘の向こうをカルロが指さした。大きな黒い雲が迫ってきていた。先ほどまでの
太陽が隠れ、あたりが暗くなった。
カルロ:結構強くふりそうだ。車に入っていた方が良いよ。
エライザが車に入ると車のフロントガラスに雨粒が落ちてきた。あっという間に
本降りになり。勢いよく降り続いた雨が、車の屋根をたたくので外の音は全く
聞こえない。エライザは、仕方なく車の中を整理し始めた。しばらくは、
キャンピングカーが、自宅がわりだ。小さなキッチンの上に調味料をしまったり。
ベッドを出してシーツをかけた。結構大きなキャンピングカーで、さすがわ
オートバイの世界選手権で何度も優勝したカル・ロッシがレースの転戦に使って
いただけのことはあり、キッチンこそ狭いが、2段ベッドが二つ、トイレに
シャワールーム、リビングソファーに事務用デスク。田原のカル宅より間違いなく
快適だ。狭いキッチンも工夫されていて食器洗浄機にオーブン電子レンジ、二つの
コンロが引き出し式になっていて横から出てきた。
エライザ:ほーっすごいな隠し道具がいっぱいだ!どんな料理も問題ないね。
冷蔵庫?ここか?ここ?わかんないな?ないのか?電子レンジがあるんだからあり
そうだけど・・ここだ!ああ、トイレ か・・せまっ・・・
冷蔵庫は、見つけられなかった。が、壁をスライドさせると大型のテレビモニター
と音響セットが出てきた。アンプの電源を入れるとランプが点いた。セレクトスイ
ッチをHDDにしてPlayボタンを押すと音楽が流れた。ボリュームを調整して・・・
エライザ:聞いたことあるぞ・・アデルだ、そのカル・ロッシとかいうワイン
みたいな名前の人は、アデルのファンだったのかな(聞いていると今度は・・・)
ノラ・ジョーンズか、なかなかいい趣味だね。
カルロ:エライザ、ゴメン!音楽消して。
エライザ:(音を止めて)どうかした。
カルロ:バッテリーを使いたくないんだ。ラジオの天気予報だとしばらく雨が
続きそうで、道がぬかるんで車が動かせない。バッテリーがあがっちゃう
とエンジンがかからないから。
エライザ:了解。ゴメンゴメン
カルロ:パンも缶詰もいっぱいあるから食べ物は問題ないけどしばらく車の中の
生活で窮屈させるかも。
車の中だけでは退屈で、エライザもカルロについて、家へ入った。
カルロ:雨の方が都合良いこともあるんだけどね。雨漏りの箇所がわかるから。
食器や鍋が床に置かれてそれぞれが違う音でにぎやかだ。
エライザ:これって時々器を変えないと水があふれるね。これくらいなら私でも
できるよ。
カルロ:じゃあ・頼むよ。
エライザ:でも、ここで、一晩中交代で鍋やコップを取り換えるつもり
カルロ:それは、無理だから・・今、考えてる。
カルロはカーテンをロープで横に引っ張り天井から落ちた水滴をカーテンで受けて
水滴を床の隅に落ちるようにした。隅に落ちた水がドアの下から外に流れ出る。
部屋の隅は少し濡れるが、これなら器の水を夜通し見張っている必要もない。
カルロ:カーテンはどっちみち洗濯するからいいけど、ほかにも部屋があるから
どうしたらいいかな。
エライザ:ブルーシートあるよ。日本で買ってきたやつ。
エライザは、車の荷物から大きめのブルーシートを何枚か持ってきた。
エライザ:ほらこれなら大きいから各部屋1枚で十分だよ。
カルロ:おーっつ良いものあったね。でもどうやって張ろうか・・・おっ丁度いい
もの見つけたぞ・・
部屋の壁に道具や額縁をつるすフックがいくつかあった。そこにブルーシートを
ひっかけて引っ張ると傾斜させて部屋の隅に水滴を集めた。
エライザ:良いね。部屋の中に青いテント張ったみたいだね。家の中でキャンプ
してるようなもんだ!
カルロ:雨漏りなおすまでこれで良いか。
エライザ:カルメンは?
カルロ:自分の城でこもりっきりだ。
エライザはキッチンだと見当をつけて、探してみた。
エライザ:と、言うことは・・・ここだな!はい・・いたいた・・・・カルメン!
手伝うことある?
カルメン:いいわよ、妊婦さんは休んでるのが仕事よ。見ててくれてもいいけど、
リホームの構想を練ってくれてもいいわよ。
エライザ:ストックはどこに置いておくの?
カルメン:あなたの足元! 開けてみて。
エライザ:はぁん・・足元、これか?
床の取っ手を引き上げると扉になっていた。その下に階段が続き部屋が見える。
エライザ:地下? 地下室があるの?
カルメン:地下にワインセラーと食品貯蔵庫があるのよ。
エライザ:入っていい?
カルメン:ちょっとまって、カルロに点検させるから。
カルロ、カルロ!ちょっとお願い。
カルロ:どうした?
カルメン:地下室って入れるかしら?
カルロ:見てみるから待てて・・
カルロは、外へ回り何やらガタゴトとやっている。地下室に入るのに何をやって
いるのだろう?”ぐーnぐーn”ファンが回る音がして、カルロが戻ってきた。
カルロ:もうちょっと待って、
階段を下りて行った。
カルロ:エライザ!下りてきていいよ。
エライザ:おっ 了解!行きまーす!
階段を下りるだけだが、わざとおどけて見せた。急な階段を後ろ向きで降りると
ワインの棚が並んでいる。半分以上棚が、からっぽになっているが、奥の方には
何本もワインが並んでいる。薄暗い地下室の底に立つとカルロが立っても十分な
高さの地下室があった。広さは8畳ぐらいであろうか、ワインの他には、大きな
包丁や寸胴、パエリヤ鍋だろうか・・・道具が置いてあった。
カルロ:食品はここに置いておく。このファンが回っていないときには、ここに
入っちゃダメなんだ。地下室に置いた物が、酸化したりすると空気の
酸素が少なくなる。地下室は、空気の通りが悪いからよどんだ空気が
循環しないんだ。家の外から空気の循環用のダクトが繋がっているけど
住んでないときは占めている。
エライザ:結構めんどくさいんだね。
カルロ:そうなんだけど、冷蔵庫もなかった時代は、食品の保管に欠かせない
部屋だった。チーズもヨーグルトもここで作る。年中気温が変わらない
地下室は、不可欠な部屋で、家を建てる前に地下室の場所を決めて掘る。
土質や向きも重要で、その後の暮らしやすさが決まる重要な部屋になる。
エライザ:日本でも戦時中に掘った防空壕でワインを貯蔵したりしてるからな・
・・ねえねえ、あの古そうなワイン飲める?
カルロ:開けてみないとわからないな・・高いワインじゃないんだ。自分たちで
作ったもので、古すぎて飲めるかわからないものが残っている。
料理には使えると思うよ。自然に酸っぱくなっていれば、ワインビネガー
としてマリネなんかに使えるよ。今夜、何本か開けてみよう。
雨は降り続き止む気配もない。家から車への移動も足元がぬかるんできた。
エライザはキャンピングカーに戻ると、夕食の準備を始めようと思ったが・・
カルロが自宅から電源をつないでいたので、冷蔵庫もあるはずだが、エライザは、
冷蔵庫がどこにあるのかわからないでいた。
カルロ:エライザ冷蔵庫に街で買ってきた食材を入れてあるから適当に料理して!
自宅の窓から叫んでいる。
エライザ:その冷蔵庫が、さっきから見つからないのよ!
叫び返した。
カルロ:足元だよ!足! 下!下!
ゼスチャー交じりで、教えている。
エライザ:足元??冷蔵庫が?? と、言うことは・・これか? あっ開いた!!
えーっ、、ここの床下全部冷蔵庫?
レーシングドライバーの生活は長いと3か月以上も車で寝泊まりになる。電気は、
もらえるから冷蔵庫にはたくさんの食材を保管してある。冷凍庫も考えて配置され
ていて、冷凍庫で作った氷で冷蔵庫を囲み電気の無い移動中でも冷蔵庫の食品が
冷やせるように工夫されている。
エライザ:冷凍庫もあるんだ。カル宅の冷凍室10個分はありそうだね。
エライザは、冷蔵庫の材料をひととおり確認し料理を作りだした。まずは・・
シーザーサラダにオイルサーディンの缶詰を乗せ、冷蔵庫にいれて冷やしておく。
引き出し式のコンロを出してコンロの足を立てる。コンロの下にキッチンシンクが
重なるようになっていて、ゆでた豆をすぐにシンクのざるに落とせる。
エライザ:家庭のキッチンより使いやすいぞ!
左側のコンロでは、カルメン直伝、早紀ちゃんネーミングのニンニクエッセンスが
いい感じで仕上がってきた。火を止めて冷ましておく。スパゲティーを茹でて
バターを絡めて放置! 次は、生のヤギ肉。エライザもいつ以来だろう、何度も
ヤギ肉の料理は食べたが、自分で料理したのは記憶にない。骨付きのままリブを
オリーブオイルで炒める。こいつは少し焦げるぐらい強火で炒める。カルメンの
教えの通りにやる。人参、玉ねぎ、ズッキーニの順でフライパンに入れて炒める。
大鍋に移して赤ワインを1本入れる。煮たってきたら小さめのトマトを皮付きの
まま投入。しばし煮込んでニンニクエッセンスを大さじ1杯。ヤギ肉の煮込みは、
甘い香りがした。ごく弱火にしてもう少し煮込む。火を入れながら今日から
2,3日は楽しめる。
エライザ:カルロ、カルメン!ご飯できたよ!
返事はない。雨が降り続いていて、声が届かない。まだ少し明るいしそのうち
来るだろうと、ほっといた。
エライザ:ちょっと寝るか、セットしたばかりのベッドにもぐりこんだ。
ベットの間の通路は狭いがベッド自体は十分な大きさがある。
このベッドは、高級品だぞ・・むンゴッ って,体が包まれる・
・・・うっ・・気持ち・・いい・・
エライザは、いつのまにか、がっつり眠りについた。
・・・・・・
エライザ:ん いい匂いだ・・・
いい匂いに、目を覚ましたエライザが、ベッドルームを出ると、カルメンが、
キッチンで、鍋に火を入れるていた。
エライザ:あーっ ごめんなさい。寝てました!
カルメン:良いのよ。妊婦は寝るのも仕事。私も今来たところだから。ところで、
エライザ、ヤギ肉なんて初めて料理したでしょ。
匂いは気にならなかった?
エライザ:いいえ、甘い香りだなって・・・
カルメン:そう!じゃあ、あなたもここで暮らせるは、
エライザ:どういうことですか?
カルメン:ヤギ肉が苦手な人もいるのよ。少し臭みを感じる人は、嫌いになる。
羊は羊毛を取るからなかなか食べられないけど、ヤギは、繁殖力も
高くてすぐに増えるので食肉にするのは、ほとんどヤギなの小さな
牧場は人でもかからないヤギの放牧が主流だからヤギ肉が食べられ
ないと、ここでの生活はつらいものになるわ。エライザはヤギ肉が
好きそうで良かったわ。
エライザ:さっき、料理しながら味見したけど、おいしかったです。
カルメン:トルコ料理の腕も上げたわね。ニンニクエッセンスも効いてる。
それと、そっちで、茹でておいてあるパスタは、後で、炒める
ペペロンチーノの予定ね。エライザ風ね。私も真似してる!
カルメンとエライザはお互いの料理方法を取りいれて自分流にアレンジする。
時間のある時は、カルメンの料理方法が基本となって、ベースのソースや具材を
作り置きする。エライザが買ってくる缶詰や冷凍食品を組み合わせてアレンジも
できる。嫁と姑がなかなか良いコンビネーションをみせる。
カルロ:きりがないから今日はここまでにするよ。1週間ぐらいで雨漏りは何とか
できそうだよ。台所は、雨漏りしてなかったね。
カルメン:私が、ベニスに下りる前に一度、直したはずね。寝室もその時、直して
るからリビングとトイレ付近が昔のままになっているはずよ。
エライザ:食事にしましょう。今日のワインは、常温のロゼ!、頂きます。
カルロ:このキャンピングカー古いけど、良くできてるよね。このモニター、
今は安くなったけど、当時は100万円ぐらいしたよ。
これが、壁にすっぽり隠されてるなんてびっくりだ。
カルロがそう言いながら、壁の大型のモニターの電源を入れた。ビデオデッキの
プレイボタンを押すと、オートバイの映像が、流れた。本番前のテスト走行の
様子だ。鈴鹿の130Rからシケインを抜ける様子が繰り返し編集されていた。
(2002年の鈴鹿の世界GPは、雨になった。
このシケインを制したカル・ロッシが
優勝しワールドチャンピオンを決めた)
音楽も映像もカル・ロッシが使用した時のままハードディスクに消されずに
残っていた。
エライザ:この人が、カル・ロッシっていう人?
カルロ:そう、世界グランプリで何度も優勝したイタリアのスーパースターだ。
ヨーロッパでは、モータースポーツの選手の権威が高い。ブラジルや
オーストラリアの選手が強かったが、ロッシが出てくるとヨーロッパ
での人気が更に高まった。イタリアでロッシを知らない人はいないよ。
エライザ:よくそんな人の車が借りれたわね。
カルロ:去年ワールドグランプリシリーズから引退してこの車もいらなくなった。
朝、車を借りてきた会社がスポンサーでこの車を管理していて、そこで
働いている僕の友達に、日本から久しぶりに電話してキャンピングカー
を探しているって聞いたら、これが、整備を終えたところだって・・
ラッキーだったね。
エライザ:カルロのミラクルパス伝説、健在だな・・・
三日間降り続いた雨も上がり風が吹いて少し肌寒い。明らかに若葉は成長し、
くるぶしに絡むくらいに伸びた。丘全体に広がったの若葉が、濃い緑色になり、
吹く風に規則的な波模様を描いている。久しぶりに出てきた太陽と風が大地を
乾かしていくカルロは、家の中の補修を中断し屋根に上って修理をしている。
カルメンは、台所周りの掃除を終えて食器などを磨いていた。エライザは、
カルメンと食器を磨きながらキッチンや浴室、トイレのリフォームを考えていた。
エライザ:カルメン、この電気コンロは、もう交換だよね。
カルメン:そう、これは交換しないと使えなくなるわね。
エライザ:それならこのコンロをどかした時に、ここにシンクをもう一つ作って、
コンロをこっちに置こうよ。モトズラウンジと同じだけど、どうかな。
カルメン:あそこのキッチンは、ほんとに使いやすいの。2シンクは一度使うと
やめられない。
エライザ:キャンピングカーの飛び出すコンロ台もすごいよね。ここは、広い
から飛び出さないでもいいけど、配置は、参考にして、
シンクの左側にコンロで良いよね。
カルメン:来年、来るときにコンロも準備しましょう。
トイレ周りや浴槽など、これから年を取った時の一人暮らしを考え色々話した。
1週間後、何とか寝泊まりできるようになったが、キャンピングカーの寝心地が
良いので、寝るのはみんなキャンピングカーがやめられない。
食事は自宅でとるようになった。それでもオーブンや電子レンジなど・・
キャンピングカーの調理道具も活用した。
エライザ:そこの右側が、うまく塗れてない。
カルロ:遠くて届かないよ。
エライザ:危ないから無理しないで、はしご掛けなおしたら!
カルロとエライザが外壁の塗装をしている。外壁の塗装が終わると自宅の修理で
最低限やらなければならない修理が終わる。もう一度雨が降って雨漏がなければ、
自宅の修理が一段落する。傷みが酷い牧場の建物の修理に入るが材料を調達して、
柱も入れ替えるとなると・・・最低でも、1か月ぐらいは修理にかかりそうだ。
牧場の生活が始まった。豊かで便利な日本の生活を経験しも、
ここに帰ってきたいカルメン。楽しそうだ。