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シーグラス
… 海岸や大きな湖の湖畔で見つかるガラス片のこと
遠坂 葉月は、ぼーっと眺めていた。
机の上に置かれた瓶に詰められたシーグラスを。
なぜか小さい頃からあるこの瓶。母に理由を訊いても、よくわからないと言われた。
でも太陽が当たるたびにぶわっと光を散らす様子が、すごく綺麗だった。それを見るのが好きだ。
「いってきます」
誰もいない部屋に向かって告げたあと、家を出ると幼馴染の八神 昴がいた。
鍵を閉めている背中に、おはようと話しかけられる。
振り返り挨拶を返す。
「おはよ、昴。昨日もしかして海行ってた?」
そう言って家の目の前に広がる海に視線を移す。いつ見ても青々とした海と空が一面に広がり清々しい気持ちになる。
「え?行ってないけど」
昴は不思議そうにこちらを見る。
「あ、そう。じゃあ、夢でも見たのかな」
昨日たしかに昴の姿を海辺で見た気がしたが、気のせいだったのかもしれない。それに、今よりほんのり幼く見えたし夢に違いない。
「じゃあここで。遠坂、今日放課後、補修ある?」
学校の少し手前で足を止める。
学校では一定の距離感を保っているため苗字呼びになる。たまに普通に呼びそうになるが昴の優れた対応力でなんとかなっている。
「いや、ないよ。でも、すば…八神くん部活でしょ?」
「今日は休み。じゃあ、いつもの場所で待ち合わせで」
そう言って昴は先に歩いて行った。
なんでこんな距離を保ってまで一緒にいるのかというと、昴が異常に過保護だからだ。幼い頃に父を亡くし、母は遅くまで働いているため、家にひとりになってしまう私を気遣ってくれている。家の事情を知ってるのが昴だけっていうのもある。
「いつもありがとね」
「今更でしょ」
不思議な縁で、生まれた時から高校までずっと隣に住んでいる幼馴染は切っても切り離せない存在だ。家族よりも一緒にいる時間は長い。
「葉月ー!おはよー!」
とにかく元気よく話しかけてくる柏木 柚鈴に頬が綻ぶ。
「今日も元気だね柚鈴」
「そりゃもちろん!だって今日は朝から八神くん見れちゃったし!もう目の保養だよほんと」
高校に入学して半年経つが昴の話題は一向に収まる気配がない。芸能人のような容姿と物腰柔らかな話し方にすでに50人に告白されてる、という噂があるくらい。さすがに50は盛りすぎな気がするが。
「そんなに好きなの?八神くんのこと」
「ちがうよ!好きとかじゃなくて推しなんだよ!八神くんと付き合うなんてもうみんな無理ってわかってるし」
わかるーっと隣の子から声が上がり盛り上がる。
人気なんだな、昴。絶対幼馴染ってバレちゃダメなやつだ、と本能的に悟る。
「それに、私好きな人いるし」
さっきよりも小声で少し照れながらそう言った。
「え?だれだれ」
「…恥ずかしいから葉月にだけ教えたげる!」
そう言って耳元で、陸上部の佐伯 晃くんと囁いた。
「あの、3組の?」
「そう。八神くんと仲良い子」
ぼうっと姿を思い出そうとするが、短髪だったようなことしかわからない。でもいつも昴の隣にいる子なら背が高かった気がする。
「見に行きたいな」
私がぱっと勝手に出た言葉に柚鈴の顔が明るくなる。葉月が興味持ってくれて嬉しい!と言って私の手を引っ張った。