夏祭りの夜も、世界は誰かの仕事でできている。
なろうラジオ参加作品です。
私は夏祭りが嫌いだ。
会場から近距離にあるから、私の働いている小さなコンビニは、花火がうち上がるたび震える。
花火そのものは見えない。音だけ聞こえるのはむしろ腹立たしい。
今日の勤務だけでカップルや親子連れに「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」を1000回くらい言ったんじゃないか。
ドリンク類は補充しても補充しても、冷えきる前に客が買っていくから棚はスッカスカ。
君たちそんなぬるいビールでいいのかい。
夜の10時をまわり、ようやく花火大会と勤務が終わった。
同じシフトに入っていたみんなも、半数は顔が戦場帰りの兵士のようになっている。
花火見たかったのにと愚痴る高校生くん、気持ちはわかる。
バイトの中で最年長、還暦になったばかりのおばちゃん、ヒサさんだけは愚痴の一つも言わず、シャッキリ背筋を伸ばしている。
私は高校生くんと似たようなものだ。
店の裏口で折りたたみ椅子に座ってうなだれる。
しばらく働きたくない。祭当日の6時間だけで一生分働いた気がする。
「もう無理、やだ」
ヒサさんは私の鼻先にスッと何か出した。
微糖の缶コーヒー。私がいつも休憩時に飲んでいるものだ。
「そう腐らないで。花火のあとに見る空も悪くないわよ」
「ども」
冷えたコーヒーを一息にあおり、ヒサさんにつられるように、空を見上げる。
雲一つない空に星が輝いている。
「昔、夫と新婚旅行で星がきれいなところに行ったの。神話の話と一緒にオリオン座を教えてくれたんだけど、どこかしら」
「オリオンは冬の星座だから、今の時期見えませんよ」
あらまぁ、と残念そうなため息が隣から聞こえる。
「時期関係なく見える星座なら、カシオペアと北斗七星です。北極星の近くに、Wに並んでいるでしょう。あれがカシオペアでーー」
「そう。あの星なのね? きれいだわ」
空を指差してヒサさんに説明しながら、幼い頃父が連れて行ってくれた、プラネタリウムをふと思い出す。
いつの間にか、祭の日なんて嫌いだとささくれていた心はすっかり凪いでいた。
END
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