表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/29

巻の六 召喚!! 菫青宮!!

 ――()り 琉花(りゅうか)りゅうか。汝は今宵、〈菫青宮(きんせいきゅう)〉へ訪おとない、皇帝陛下にお仕えせよ。


 とんでもない通知が来た。

 驚いたのは、わたしだけじゃない。後宮中が上へ下への大騒ぎになった。


 「〈菫青宮(きんせいきゅう)〉って、陛下の夜伽の場所じゃないっ!!」

 「あんな侍中ふぜいの養女が行く場所じゃないわよっ!!」

 「どうしてあんな取柄もなさそうな平凡な子がっ!!」

 「あんなブス、どこがいいって言うのっ!!」


 ヒドイ言われようだ。 

 まあ、妃候補の皆さまが驚くのも、怒るのも無理はないと思うけどね。

 わたしだって、突然訪れた現実に、まだ頭がついていかない。

 バタバタと女官に言われるまま、〈菫青宮(きんせいきゅう)〉へと移動することになった。

 

 ――もしあなたにヤル気があるのなら、見せかけの月であっても、手に入れられるよう手配することもできます。


 (こう) 栄順(えいじゅん)と名乗った武官の提案に乗ったのが数日前。

 まさか、こんな展開があるなんて、思ってもみなかった。

 同じ側近である啓騎(けいき)さんでもできなかったようなことを、やすやすと叶えてしまう武官っていったい。


 (どういうコネを持ってるのよ、栄順(えいじゅん)さまって)


 いっけん、タダのヒョロヒョロ武官に見えたけど。影でとんでもない実力を持つ人だったのかな。あの人の推薦なら、女嫌いの皇帝陛下も「いいよー」って軽く了承しちゃうぐらいの。

 

 夕方、仕事の合間を縫ってか、慌てた啓騎(けいき)さんがわたしに用意された部屋に飛び込んできた。


 「琉花(りゅうか)ちゃん!! 栄順(えいじゅん)殿と契約したって本当っ!?」


 「ええ。『見せかけの月』を手に入れられるようにって、栄順さまが……、啓騎さん?」


 わたしの答えに、啓騎さんが大きくため息を吐き出した。

 なんだろう。わたしが啓騎さんの伝手ではなく、栄順さまを頼ったことに落胆されてるのかしら。


 「見せかけの月……ね。まったくあの方は、なにを考えていらっしゃるのか……」


 乱暴に髪を掻き上げる啓騎さん。

 …………?

 なにをそんなに呆れてるの?


 「こうなったら、これも機会ととらえるしかないか。琉花(りゅうか)ちゃん」


 「はい」


 啓騎さんが、至極真面目な顔してわたしを見る。


 「今日の夜、陛下がこちらへお渡りになる。その時、何があっても驚かないでほしい」


 え、と……。

 それは、男女の営みとか、そういうことにでしょうか。

 見たこともない皇帝に抱かれるのだから、驚くなっていうのはかなり無理があるけれど。

 でも、ここでちゃんと一夜を過ごせば、五百五十貫もの借金は消えてなくなるわけだし。

 怖くないかと問われれば、怖いと即答したくなるけど。

 それでも、もともとここへ来たのはそういうことをするためなんだからと、腹をくくる。

 

 「大丈夫です。何があっても驚きません」


 それぐらいの度胸は持ち合わせてます。


*     *     *     *


 それからのわたしは、というかわたしの身体は、なにかと忙しかった。

 皇帝陛下がわたしの元を訪れるということは、つまりそういうことをいたしに来るということで。

 仮にも皇帝陛下に身を晒すのだからと、お風呂に連れていかれ、ありとあらゆるところを磨きあげられた。

 お肌スベスベ、髪ツヤツヤ。

 香鈴(こうりん)だけでは間に合わないので、他の官女たちから香油を塗りたくられ、粉をはたかれた。

 最高級の紗で縁取られた着物を身に着け、なれない紅を唇にひかれ、髪を結われて(かんざし)を挿される。

 おお、別人。

 出来上がった自分を鏡に写して、自分で驚く。


 「では明日、お伺いいたします」


 そう言い残して宮女たちが退出していく。もちろん、香鈴もいっしょ。菫青宮(きんせいきゅう)、それもこれから皇帝陛下がお渡りになるであろう部屋に、侍女が残ることは許されない。

 パタリと閉じられた扉。

 ヒンヤリした空気の部屋に残されたのは、わたしと、生々しすぎる巨大な寝台。

 そういう気分を高めるためだろう。焚かれまくった麝香(じゃこう)の香りでむせそうになる。


 (これ、窓、開けちゃダメかな)


 換気したい。空気入れ替えたい。ハッキリ言って気分悪い。

 わたし、あんまり香りのキツイの好きじゃないのよ。頭痛くなってくるし。

 化粧もあまり好きじゃないし。なんていうのか、お面を着けてるような感覚になって、顔がこわばる。口紅、不味いし。


 (こんなんで、皇帝陛下を迎え入れられるのかな)


 それでなくても、人生初経験のことがこれから起きるってのに。せめて状況、環境だけでも改善したい。


 そんなことを思っていたら、皇帝の居住区である思清宮(しせいきゅう)から菫青宮(きんせいきゅう)につながる回廊のほうが、にわかに騒がしくなった。後宮へとつながる門の開く音も聞こえた。


 (来た――――)


 思わずゴクリと喉を鳴らす。

 啓騎さんは、「何があっても驚くな」と言っていたけど、この状況で緊張しないでいることは不可能だ。

 心拍が上がるぐらい、喉が干からびそうになるぐらいは許してほしい。

 

 「皇帝陛下、おなりでございます」


 部屋の外に控えていた官女の声。背筋に悪寒のようなビリビリが伝わる。

 

 (いよいよだ――)


 床に平伏し、首を垂れる。

 コツコツと石床に響く皇帝の足音。ギイッと音を立てて閉められた扉。

 床しか見えなかった視界に、華やかな紋様の描かれた沓が飛び込んでくる。――皇帝だ。


 「お待ち申し上げておりました、陛下」


 緊張しすぎて、心臓を吐きそう。

 

 「(おもて)を上げよ」


 その言葉に従うよう、おそるおそる顔を上げる。

 後宮に訪れることのなかった皇帝。

 せっかく開いてもらった宴でも、遠すぎて紗の向こうにいるのかどうかもわかんなかった皇帝。

 その皇帝が、今、目の前に――!!


 って。


 「栄順(えいじゅん)……さん!?」


 顔を上げ、見上げること数瞬。

 わたしの目の前に立っていたのは、豪華すぎる絹の袍をまとった、あの高 栄順さんだった。


 ……どういうこと?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ