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巻の四 恋愛小説は参考にならない。

 「まあまあ、そうなの。琉花(りゅうか)ちゃんが? わたくしの本を?」


 実家の母のもとへ、おつかいに行ってもらった同い年の侍女、香鈴(こうりん)の伝言。

 

 「琉花(りゅうか)さまが、やっと興味を示してくれた、理解してくれたって喜んでおられましたよ」


 うう。

 その言葉に頭を抱えたくなった。

 だってわたし、「興味」も「理解」もしてないんだもの。

 香鈴(こうりん)に頼んだのは、母さまが集めていた本を持って来てもらうこと。

 母の本。

 それは、「恋愛小説」。

 母さまは、結婚してわたしという大きな娘がいるにもかかかわらず、乙女のように恋愛小説にうつつを抜かしている。

 「トキメクのよ。いくつになっても、ステキな恋愛には胸が締めつけられるわ」

 はい、そうですか。

 その手の小説を全く読まないわたしには、そこまで感動することに、ある種の尊敬を覚える。

 そんなに他人の都合のいい恋愛を見て面白いの?

 もう少し、現実に地に脚のついた内容のモノを読まない?

 「それはダメよ。現実を忘れて幸せな気分に浸りたいから読むんですもの。ちょっとぐらいありえない内容であっても、トキメクことができれば、それでいいのよ」

 いいのかそれで。

 どっちかというと、誰かの伝記とか国を興した武将たちの戦いとか、そういうものしか読まないわたしには理解できない。あの手のたぐいのものでは、恋愛は物語の添え物でしかないからなあ。愛人も普通にいるし。


 ――彼を知り己を知れば、百戦(あやう)からず。

 

 恋愛を知らないわたしが、皇帝と恋愛するのは難しい。

 どういう状況で出会えばいいのか。どういう状態で恋愛に持ち込めばいいのか。

 相手に惚れさせるには? そもそも出会うことの難しい相手とどう出会えばいいのか?

 少しでも手がかり、突破口が欲しくて、そういう手合いの本を母さまからお借りするように、香鈴(こうりん)に頼んだわけだけど。


 「お嬢さま、これ、すっごくステキです。胸がキュンキュンします~」


 ……香鈴(こうりん)

 アンタがキュンキュンしてどうするのよ。

 一緒に手がかりを探してくれていたはずの香鈴が、本を胸に当てて陶酔してた。

 

 「ほら、ここ。月夜の池のほとりで。困ってる姫君を助ける謎の青年。あ~、トキメキますわぁ~」


 ほらほら、ここ、ここ。

 グイグイと香鈴に本を押し付けられた。

 なになに?


 「後宮に入ったものの、他の妃たちからイジメられてる身分の低い姫君? 風で飛ばしてしまった衣を取りに夜の池に向かうけど、真っ暗で恐ろしくて? そこに連れ立った二人の若者が訪れて、助けてくれて? で、その片方から愛されるように……?」


 どういう状況よ、それ。

 どうして飛ばされた衣を夜に取りに行かなきゃいけないわけ? 昼間でいいじゃない。それに、自分で取りに行かなくても、雑色(ぞうしき)とかに取りに行かせればいいじゃない。

 そして、その若者たちはどこから降って湧いて出た?

 おかしいでしょ。普通、後宮に男は立ち入れないんだもの。

 本のなかでは、〈皇帝の護衛〉とかなんとかぬかしてるけど、そんなのがプラプラと夜に歩いてるものなの?

 一番おかしいのは、その護衛と姫君が恋愛を始めてしまうということ。

 仮にも姫君は皇帝の妃なんだよ? 皇帝がいらっしゃらないからって、他の男と恋愛してちゃダメでしょ。その護衛の男と仲良く、首、チョーンッ!! よ、そんなの。


 「いえいえ、お嬢さま、その護衛がなんと〈皇帝陛下〉なのですから、問題ないですよ!!」


 香鈴、力説。

 よほどこの物語が気に入ったらしい。

 ただの護衛だと思っていたら、実は皇帝陛下でした……って、よくある展開よね。


 「それがいいんですよ。安心して読めます!!」


 そうなの?

 物語には、安心も必要なの?

 同じ展開、定まった型のようなものがあるらしい。

 

 「両想いになった二人にかかる試練。他の妃から受ける執拗なイジメ。妃の父親である大臣たちとの政治的な駆け引き。攫われ殺されそうになった姫を助けに来る皇帝陛下っ!!」


 ああなんてステキ。

 香鈴がウットリと目を閉じる。

 そんな妃と大臣なら、罷免するなり、後宮から追い出すなりして、二人だけの世界を構築すればいいのに。せめて、姫を皇帝の手元に置いて、妃たちから切り離すとか。あと、やすやすと攫われる後宮の警備、ザルすぎるから改めた方がいいわよ。


 「もう、お嬢さまは、地に脚着きすぎですっ!! 大臣や妃が妨害することで、二人の愛がより一層深くなること、ご存知ないんですか?」


 愛を磨いていくには、壮絶にイジメられ、命を危機に晒さなければならないようだ。

 命がけだな、〈愛〉。

 そして、その〈愛〉を育ませるため、煽ってくために、セッセとイジメをする妃たちも大変そうだ。自分たちの行動が、恋敵の役に立つのかと思うと、気持ち複雑。

 

 「じゃあ、夜に取りに行けるように池に衣をポイッてしておけば、護衛のフリしてる皇帝陛下を釣ることができるかしら」


 夜までに衣が池に沈んじゃわないか。そのあたりも計算して放り投げとかなきゃいけないだろうけど。


 「でも、そもそもに皇帝が後宮に来ることないから、護衛なんて現れるわけないのよね」

 

 皇帝もいないのに、護衛だけがひょっこり現れるなんて都合のいいことはないだろう。

 このあたりは、ちゃんと現実を見なくちゃね。

 

 「でしたら、こちらの本はどうでしょう」


 どれどれ。


 ――後宮に輿入れしたものの皇帝が現れず、悶々と過ごす姫。


 あ。設定はわたしと似てるわね。悶々の理由は違うけど。


 ――気晴らしに観劇でもしようと、後宮を抜け出した姫。悪漢に絡まれ窮地に陥ったところを、見知らぬ青年に助けられる。


 ん?


 ――初めて出会ったのに、心惹かれる二人。相手のことが忘れられず、逢瀬を重ねるけれど、自分は皇帝の妻になる者として後宮入りした身。他の殿方との恋など、あってはならぬこと。


 おお。悲恋かな、これは。


 ――これで最後と、涙ながらに青年に別れを告げる姫。姫と姫の父親である大臣を蹴落としたい者たちに、青年との関係がバレてしまい、姫は窮地に陥る。


 窮地好きな姫、多すぎ。行動が迂闊すぎるのよ。


 ――姦通の罪に問われる姫。そこに、皇帝登場。なんと街で出会った青年は、皇帝本人だった。姫と姫の父を陥れようと画策していた者たちの悪事を暴くために、市井に身を置いていたという皇帝。「アナタを守るため、身分を明かすことができなかった。許せ」と皇帝。信じられない事実に、涙する姫を抱きしめる。そして、お決まりのメデタシ、メデタシ。

 

 「ん~。この場合、わたしがお忍びで街に出て悪漢に襲われて、窮地を助けてもらわなくっちゃいけないのよね」


 それも皇帝に。

 どれだけ低い確率なんだろ、それ。

 砂漠に落とした真珠を探すよりも難しそう。


 「では、こちらはどうでしょう。美形の宦官と協力して、後宮で起きる事件を解決していくという物語ですわ」


 「それって、宦官が実は皇帝だったり?」


 「はい、その通りですわっ!!」


 皇帝って、「実は~」がお好きなのかしら。かくれんぼ大好き皇帝ども。


 「他にも、姫さまが男装して宣政殿に潜入し、父親にかけられた冤罪を晴らすために働いていたところを、同じように悪徳大臣の不正を暴こうとしていた青年に出会ってっていうのもありますが……、お嬢さま? どうなされました?」


 「いやいや。男装して潜入って。バレたら首チョーンッ!! よ、それ」


 恋愛の前に、首が身体とおさらばしちゃうわよ。


 「あんまり参考にならないわね、その手の本って」


 ため息混じりに言うと、香鈴がええ~っと残念そうな声を上げた。

 だって、あり得なさすぎ展開、多すぎなんだもん。

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