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巻の二十三 灯籠。

 「こんにちはぁ。琉花(りゅうか)、いるー?」


 夕刻。騒々しい店先から、かけられた呼び声。せわしく動く下男たちの間から顔をのぞかせたのは、明るい色目の着物の女性たち。

 

 「ああ、いらっしゃい、藤里(とうり)桂紗(けいしゃ)


 二人とも、わたしの友だち。この近所に暮らす、同じような商家の娘。


 「琉花が帰ってきたって聞いたから遊びに来たの」

 「それで月のもの、軽くなったの?」


 「うーん。残念ながら上手くいかなかったわよ」


 「そっか。やっぱりそういうのは、子でも産まなきゃよくならないのかしらねえ」


 わたしの言葉に、二人がため息混じりに納得する。


 ――ひどい月のものを治すため、女陰士のもとで治療する。


 後宮に上がることを内緒にした両親の言い訳。

 挑戦失敗で戻ってきたときに色々詮索されると困るから、そういう理由を引っ付けたらしい。


 「それよりさ、今日は、街に出ないかって誘いに来たのよ」


 「街に?」


 「そう。だって今日、灯籠祭りの日でしょ? 一緒に灯籠を飛ばさない?」


 あ、そうか。あれ、今日の話だっけ。

 公主さまと街に出た時に見かけた灯籠売り。もうすぐ祭りだと公主さまに説明して差し上げたけど、その後はすっかり忘れていた。


 願いを込めた灯籠を、天帝にむけて夜空に飛ばす。

 夏の宵のちょっとしたお祭り。

 

 「屋台も出るし、いっしょに食べ歩きしない?」


 「桂紗(けいしゃ)ってば、また食べるつもりなの?」


 「いいじゃない。たまには羽目を外したって」


 「アンタはいつものことでしょ?」


 藤里(とうり)のツッコミに合わせて笑う。


 「そうね、たまには羽目を外しちゃおっか」


 二人の提案をアッサリと承諾し、夕暮れ時の街へとくり出す。


 「出来たてホヤホヤ、美味しい饅頭だよぉっ!!」

 「灯籠、灯籠は要らんかねぇ!! 遠く高くまで飛ばせる灯籠だよぉっ!!」


 街はいろんな呼び込みと、それに興味を示す人たちで溢れかえっていた。

 灯籠売りをはじめ、饅頭、冷たい果実水、餅。簪、櫛、反物、書物、筆、紙なんかも売っている。

 

 「ねえ、どれから食べる?」


 「いや桂紗(けいしゃ)、まずは灯籠じゃないの?」


 「それは食べてから。でないと、灯籠が邪魔になってなんにも食べられないじゃない」


 うーん。正論というかなんというか。ぽっちゃり体形の桂紗独自理論。


 「この櫛、かわいいっ!! あっ、あの簪もステキだわっ!! 紅珊瑚ねっ!!」

 

 一方、宝石に目のない藤里(とうり)。あっちこっちの屋台を眺めては目をキラキラさせてる。こっちもこっちで、灯籠なんて二の次なんだろうな。

 いつも通りの二人の様子に軽く笑いながら、なんとなしに屋台を眺める。

 灯籠売りが一番多いけど、それ以外の屋台もひしめき合っている。


 (あ……、筆)


 数ある屋台で目に付いたのは、筆屋。

 桂紗(けいしゃ)藤里(とうり)が飛びついたものと違って、ここは人も少なく、集まっているのも男性ばかりだった。 

 ちょっとこの筆、使いやすそう。


 「どうだい嬢ちゃん。愛しい誰かに恋文を書くなら、これがオススメだよっ!!」


 「こっ……!!」


 恋文っ!?


 「そっ、そんなんじゃありませんっ!! ちょっと、その、目についたっていうかっ!! へいっ、……父さまにあげたら喜ばれるかなって思っただけで」


 ただの売り文句なのに、反論して顔が赤くなるのを自覚する。

 

 「そうかい。今ならこの紙もオマケにつけてあげるよ。思いを伝えるのにピッタリだ」


 ……だから、恋文用じゃないんだってば。

 

 「ごめんなさい、結構です」


 足早に筆屋から離れる。

 恥ずかしかったからじゃない。

 買ったところで渡すことができないから。

 わたしが陛下にお会いすることはできない。

 こうして市井に紛れてしまえば、わたしが陛下のご寵妃だったなんて、誰も気づかない。その程度の存在。

 筆だってそうだ。あの筆屋が悪いわけじゃないけど、陛下が普段使われる筆と買い求めた街の筆などでは格が違いすぎる。高級な筆を使い慣れた陛下が、街の筆に満足されることはないだろう。


 「ねえ二人とも、そろそろ灯籠を飛ばさない?」


 散々買い物を楽しんだであろう友だち二人に声をかける。


 「そうねえ。そろそろやりましょうか」

 

 桂紗(けいしゃ)が手にしてた果実水をズズッと満足そうに飲み干した。藤里(とうり)も新しい簪を髪にさしてニコニコだ。


 二人と買い求めた灯籠を持って広場に行く。

 すでに飛ばされ始めた灯籠が宙に浮かび、宵闇が濃くなった街は幻想的な空気に包まれていた。


 「早く、はやく!!」


 桂紗が急かす。


 「大丈夫よ。願い事は先着順じゃないんだから」


 カチカチと火打ち石を使って灯籠のなか、蝋燭に火を灯す。木で造られた骨組み、周囲に紙を貼った灯籠は、その内にこもった熱によって、ゆっくりと空に向かって飛んでいく。

 桂紗の灯籠は薄桃色。藤里のは浅黄色。それぞれ、恋愛、健康を願う色をしていた。

 わたしのは――――白色。願いなどない。天帝には、今までの感謝を述べる、そのつもりだったから。


 けど。

 

 (ごめんなさい。願いを込めさせていただきます)


 手を組み祈る二人に合わせて、わたしも空に上がっていく灯籠に願う。


 (陛下がこれからも健やかでいらっしゃいますように。陛下が心から愛する姫君と出会われますように。陛下が幸せになられますように。陛下が……、お辛い目に遭われませんように)


 願うことは陛下のことばかり。陛下のように仕事熱心な方が治めていらっしゃれば、きっとこの国は安泰だから。というのは言い訳かもしれない。

 陛下が、陛下が、陛下が。

 わたしの灯籠は、願いがこもりすぎているのか、重そうにユラユラと夜空に舞い上がっていった。

 

 (どうかお願いです。陛下……ううん。栄順(えいじゅん)さまが幸せに暮らせますように)


*      *      *      *


 (灯籠か……)


 琉花(りゅうか)が言っていた灯籠の祭り。それが今日であったことを、琥珀宮(こはくきゅう)から見える夜空に上がった灯籠を目にして思い出す。

 

 ――天帝のもとに、灯籠を飛ばすんですよ。いっつも庚申の夜に三尸(さんしん)に悪口ばっか伝えられてますからね。たまには違うこと、お願い事とか天帝への感謝とかを書いて飛ばして、読んでいただこうって祭りなんです。

 

 ――祭りの夜、灯籠に火をともして願いとともに空へ飛ばすんです。途中で燃え尽きたらそれは叶わない願い。もしくは邪な願い。ちゃんと天帝のもとへ届いたら、その願いは聞き届けられ叶う。そう言われてるんです。


 嫁ぎ先での幸せを願って飛ばさないかと提案してきた琉花(りゅうか)。「別に願うことなんてないから」と断わった自分。

 願うことがなかったわけじゃない。願ったところで叶わないとわかっていたから、諦めていただけ。


 (琉花……)


 夜空に舞う灯籠に、二度と会うことのない少女を想う。

 こんな自分でも、一度ぐらい灯籠に願いを託してもいいのではないか。

 せめて、彼女の幸せを願うことぐらいは。

 静かに祈りを託して瞑目する。


*     *     *     *


 「おや灯籠が……」

 

 啓騎(けいき)の声に、書面から顔を上げる。

 紫宸殿(ししんでん)の窓から、夜空に色とりどりの灯籠が浮かんでいるのが見えた。

 

 「そう言えば、今日は灯籠祭りでしたね」


 そうなのか。

 願いを込めた灯籠を天帝のもとへと飛ばす祭り。

 この皇宮には存在しない習慣。

 その昔、いつの時代の皇帝だったかが、「悪習である」と飛ばすことを禁じたからだ。

 天帝に願うことなどない。三尸(さんしん)などというちっぽけな虫に讒言されても、なんら困るような振る舞いはしていない。

 そう言い張ったとかなんとか伝えられているが、実際はそうではないだろう。

 おそらくは、願いをかけて空に飛ばして途中燃えてしまうと具合が悪いから。途中で燃えてしまった場合、邪な願いを抱いていたことになるからだ。


 (ここから飛ばす灯籠など、邪だらけで、まともに飛びそうにないからな)


 次々に燃え上がる灯籠。それでは皇帝の面子もなにもあったものではない。


 「啓騎(けいき)、よそ見をするほど暇ならば、硯に墨を擦ってくれないか」


 硯に残った墨をさし示す。

 黙々と命じられたまま墨を擦る啓騎。

 その合間に、もう一度、窓の外の灯籠を見る。

 

 (彼女も飛ばしているのだろうか。灯籠を)


 どんな願いをかけているのか、わからない。けれど、その灯籠が燃え尽きることなく天帝のもとに届けばいい。彼女のようなお人よしで純粋な者の願いこそ、真っ先に叶えられてしかるべきだ。

 擦り終えられた墨を筆先に含ませると、再び書類にとりかかる。

 墨は、慣れ親しんだ筆によくなじみ、文字となって紙に記されていく。  

 祭りとは無縁の、静かな時間だけが紫宸殿に流れていった。

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