表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/29

巻の二十一 お役御免になりました。

 (ん……、ここは……)


 暗闇に一点の光が明滅するような感覚。

 その感覚と一緒に、意識がポコリと浮かび上がってくる。

 

 「琉花(りゅうか)っ!!」

 「目が覚めたのね、琉花っ!!」


 「父さま……? 母さま……?」


 ここは、自分の……家? 心配そうな父母の顔。その後ろには泣きそうな表情の香鈴(こうりん)


 「気分はどうだい? 痛いところは?」


 「え? 大丈夫……です」


 まだ頭はボンヤリしてるけど、辛いとかそういうのはない。ちょっとだけお腹が痛いけど、多分、これは月のものが来たせいだ。軽く身じろぎすると、そちらもちゃんと手当てされてるのがわかった。

 

 「お前がここに運ばれてきたときは肝が冷えたよ。とにかく無事でよかった」


 「あ、あの……」


 「まったくですわ。啓騎(けいき)さんのおっしゃることだからと、安心して琉花ちゃんをお預けしたというのに」


 プンプンと、どっちかというとかわいらしく怒る母さま。

 

 「ご寵妃だのなんだの。琉花(りゅうか)ちゃんをこんな目に遭わせて。赦せませんわ」


 「琉花。もう大丈夫だからね。ここでゆっくりと養生しなさい」


 「えっと。あの、父さま、その、後宮へは……」


 というか、陛下は?

 あの時、助けてくださったのって、陛下だよね。

 それと、公主さま。公主さまはご無事なの?

 ぼんやりとした記憶。霞みがかかったように、ハッキリしない。


 「ああ、安心していい。もう後宮には上がらなくていいと、啓騎さんから伝言があったよ」


 どういうこと? 

 父さまの言葉が理解できない。


 「皇帝陛下直々にお達しがあったそうだ。きみにお暇を出すってね。二度と後宮に上がらなくていいらしい。借金については、これまでの働きの対価として、すべて支払ってくれるそうだ」


 「お暇」って。

 寵妃として、お役御免になったってこと?

 わたしが、後宮を飛び出しちゃうような妃だから?

 それとも、公主さまを危険な目に遭わせるような女だから?

 だから、お役御免になったの? 陛下にいらないヤツだって思われたの?

 混乱するわたしを、母さまがゆっくりと寝かしつける。

 

 「琉花(りゅうか)ちゃんは、もうなにも心配することないのよ。ゆっくり休みなさい」


 その言葉に、優しさに。心が見えない巨大な手に握りつぶされたような感覚をおぼえた。


*     *     *     *


 「お嬢さま、これ、痛み止めのお薬です」


 「ありがと、香鈴(こうりん)


 いつものわたしの部屋、いつもの寝台の上で、香鈴からいつもの薬を受け取る。


 「でも、あんまり効かないんだよね~、これ」

 

 苦いだけの薬。それを手に、眉根を寄せて思いっきり嫌そうな顔をしてみせる。


 「そんなことありませんよ。病は気から。ちゃんと飲んでくださいよ」


 「……はいはい。って、やっぱマズッ!! 苦っ!!」


 いつものやりとり。いつもの会話。

 

 「だから効くんですよ。ほら、あとはゆっくり横になっていてください」


 いつものように言われるまま寝台に身体を横たえる。


 「あとで滋養のある食事をお持ちしますから。休んでいてくださいね」


 「ありがと、香鈴」


 軽く礼を述べると、香鈴が部屋から出ていく。

 なにもない午後。暖かな日差しだけが部屋に降り注ぐ。

 風にそよぐ庭の木々の葉。その音を聞きながら一人目を閉じる。


 ――後宮から暇を出された。


 そのくわしい理由を誰も話してくれない。

 ただ、わたしにも公主さまにも啓騎(けいき)さんにも、誰にもお咎めはないということ。それだけは教えてもらった。

 借金もない。後宮に上がることもない。

 以前と同じ生活。

 香鈴(こうりん)にお世話をしてもらいながら、商家の娘として暮らす日々。

 後宮じゃない。菫青妃(きんせいひ)でもない、ただの() 琉花(りゅうか)としての生活。

 これでいい。

 これでいいんだ。

 もともと挑戦に失敗したら、ここに戻ってくるつもりだったし。

 それが、ちょっと早くなっただけだし。

 そもそも後宮、皇帝陛下や公主さまとの暮らしなんて、わたしには似合わないことだったのよ。

 

 (あんな目に遭ってまで――)


 あのならず者たちは、わたしを殺そうとしていた。

 どういう理由なのかは知らないし、知りたくないけど、わたしの命を狙っていた。

 おそらくは、わたしがご寵妃だったことに関係してるんだろう。それに、公主さまが巻き込まれかけた。

 思うように動かなかった身体。

 抑えつけられた公主さまの姿。

 あの時、陛下が駆けつけてくださらなかったら、わたし、どうなっていたんだろう。

 意識を失ったまま縛られ、公主さまと一緒に冷たい運河に投げ捨てられ――!!


 (ダメッ!! ダメダメッ!! 考えちゃダメッ!!)


 頭をブンブンとふり、上掛けをひっかぶる。

 忘れよう。忘れたい。忘れなきゃいけない。

 あんな事件なんて。

 あんな出来事なんて。

 あんな世界のことなんて。

 あんな、あんな、あんな……。


 溢れそうになる涙をこらえて、寝台の上で一人身体を丸める。

 

 (陛下……)


 彼は、あんな世界で生きているのだろうか。今も。

 恐怖とは違う、別の感情が涙になってこぼれそうになった。


*     *     *     *


 「――陛下」


 その声に、ピクッと意識が書類から引き戻される。が、すぐに書類へと没入していく。


 「陛下、皇帝陛下っ!!」


 「……そう何度も呼ばずとも聞こえている、啓騎(けいき)

 

 聞こえているが、俺は忙しいんだ。

 お前の言いたいことは理解している。だからもう話しかけるな。


 「でしたら、是非目通りの許可を。()()()()がいらしております」


 「何度来ても同じだ。宮に帰るように伝えろ」


 書類から目を離さない。今は、異母弟(おとうと)よりこっちのが大事だ。


 「無理でございます。今日はなんとしてもお会いしたいと申されております。陛下がお忙しいのであれば、いくらでも待つと、紫宸殿(ししんでん)の前に侍されております」


 脅しか?

 せっかく人目につかないよう、主不在となっている琥珀宮(こはくきゅう)に、ヒッソリと住まわせてやってるというのに。


 「……(しょう)じよ」


 ため息混じりに啓騎に命じる。

 一礼して辞した啓騎が、異母弟(おとうと)を伴って再び姿を現した。


 「久しぶりだな、()()。息災にしていたか」


 「はい。おかげさまをもちまして」


 少し強張ったままの異母弟(おとうと)の声。しかし、それに気づかないようにして淡々と話を続ける。


 「ならばよい。お主の処遇については、おって沙汰する。なに、悪いようにはせぬから、琥珀宮(こはくきゅう)で待っているがよい」


 「異母兄上(あにうえ)、いえ、陛下っ!!」


 辞するように告げた俺に、異母弟(おとうと)が食い下がる。


 「僕のことなどどうでもよいのです。陛下をたばかったばかりでなく、あのように後宮を抜け出したのですから」


 祈るような、すがるような、かつて異母妹(いもうと)だった男の目。


 「今日、こうして伺ったのは、菫青妃(きんせいひ)のことです。どうして彼女に暇をだされたのですかっ!! 彼女は僕に巻き込まれただけで、なにも悪いことなんでありませんっ!!」


 菫青妃(きんせいひ)

 その言葉に、卓の上に置いていた手がピクリと痙攣したかのように動いた。


 「僕はどのような処罰でも覚悟しております。ですがどうか菫青妃(きんせいひ)、彼女だけは――」


 「――玉賢(ぎょくけん)

 

 静かに名を呼ぶ。


 「私たち兄弟ような目に、彼女を遭わせたいのか?」


 その言葉に、異母弟(おとうと)の肩がビクンと揺れた。


 「お前がどうして公主と偽って生きねばならなかったのか。そのことを考えたことはないのか?」


 「そ、それは……」


 「わかっているのなら、下がれ。これ以上、菫青妃(きんせいひ)についてもの申すことは許さぬ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ