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3日目その1

 「フンフンフン!」


 ベッドの柵に手をかけスクワットをする赤子。


 「フッフッフッ!」


 高低差3センチの腕立てをする赤子。


 手のひらでやっていた腕立ては、拳でやる腕立てに変化し、広げた五本指の腕立てに変化する。


 「フーッフーッフーッ!」


 荒くなる息を抑えて指を一本ずつ減らしていく赤子。


 そしてついに小指二本での腕立てに成功する赤子。


 


 「ふー、いい運動したぜ」


 おくるみで汗を拭いた俺は、前世では一切感じなかった運動の喜びを感じていた。


 ベッドの柵に肘を乗せて、遠くを見つめる俺。隠しきれないダンディズムが赤子の体から匂い立っているはずだ。


 俺の視線の先には窓があり、その先には温かい陽の光に飽和した世界がある。俺がまだ、体験していない二度目の人生の世界だ。


 そこではマリーが洗濯物を干している。俺の小さな寝間着や手ぬぐいやシーツ。装飾のない白い布地が、空の青と木々の緑の間に、万国旗のようにはためいている。


 マリーは産後三日目という状態だが、赤子のほかは一人しかいない家人としての勤めを健気に果たしていた。


 この家には一つの家族、俺とマリーしかいない。朝夕とサバンサが心配して顔を見せてくれるが、彼女にも自分の家庭での役割があり、いつまでもいられない。


 いまだ俺にとっての世界とは、マリーと俺だけの、二人だけの世界でしかない(あとたまにサバンサ)。


 俺は飽和した色と光の中で布地と戯れている彼女を見つめていた。


 腹が空腹を訴えた。普通の赤子だったらこれだけでガン泣きする状況だろうが、大人である俺は空腹ごときでは騒がない。


 いずれ与えれるであろう母乳に心ときめかせるだけだ。


 とにかく今は時間がない。彼女が屋外に行っている間にしかできないことがある。


 俺はベッドそばの机に山積みになった本を抜き出す。赤子にはそれすら一大事だ。


 なんとか取った本をベッドの上に置いて、


 一心不乱に読む。


 文字はいまだわからない。文法もスペルもわからないはずなのだが…。


 「読める、読めやがる。なんて脳みそしてんだ、俺」


 まるでAIの自動翻訳のように、視界の中の文字が片っ端から日本語に変換されて読めるように変化する。そして片っ端から吸収していく。前世の自分の脳と性能が違いすぎた。


 「前世でこの脳だったら、どんなに人生が違ったことか」


 一冊を3分で読み終えた俺は、それを投げ飛ばした。本の山に飛んでいったその本は、山の頂上に見事に乗っかり、その勢いが本の山脈の一番端にあった本に振動として伝わり、端の本を山から落とした。


 落ちた本は、見事俺の前に落っこちてきた。


 「俺、眼の前のゴミ箱にティッシュ投げて外す男だったのに…」


 今や、投げた物の放物線や着地地点、その影響の事前予想も、コンピューターの物理シュミレーションレベルで可能になっている。


 持って生まれた者、持っていなかった者。


 その両方を体験してみなければ、「才能」のアドバンテージは実感できない。


 「これでせめて、寿命が20年あればなぁ」


 嘆いたところで、俺の寿命はあと27日しか無かった。


 赤子の俺は自分の胸をポリっと掻く。ここにあるはずのものを感じる。


 SSSSSSSSSR


 Sが9つもある幸運のカード。


 今のこの高性能な肉体をもたらした、俺の運命のカード。


 だが運命の悪戯か、寿命が30日という宿命ももたらした。


 「生きている間に、なにかを為さねばならない」


 俺は次の本を速読しだした。



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