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Long Distance  作者: 茶々
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Re union

第一話 Re start

(頼む。お前を失いたくないんだ。頼む!宮野!!)。。。

「。。。の」 「。やの!」

「おい!宮野!何ぼぉっとしてんねん。」

「ん?。。。あぁ、悪い。考え事してた。」

「。。。ったく。明日、ちょっと付き合うてくれへんか。」

「ん?明日?明日は奈穂ちゃんの外出に付き添うから無理。」


師走の京都。京都府立リハビリテーション病院。宮野渚はここで、理学療法士として働いている。明日は、担当している石川奈穂子の外出に、特別付き添うことになっていた。

草彅は笑みを浮かべながら続ける。「奈穂ちゃんの家族には了承済みさかい。もちろん、奈穂ちゃんにも。」

状況が理解できない宮野は、草彅にどういうことか訪ねるも、「待ち合わせ場所は西京極駅。奈穂ちゃんと来てくれよな。ほなまた明日。」そう言って草彅は帰っていった。

「あっおい!くさな。。」

ったく...

西京極...宮野は、ふとカレンダーを見つめた。


翌日、宮野は奈穂子とともに西京極駅へ出発した。

石川奈穂子。幼い頃に重い心臓病を患って、根治には移植以外の方法はないとされる。宮野のことが大好きで、体調が良い日はいつも宮野の側を離れようとしない。17歳。まだ夢も希望もこの先たくさんある年頃だ。宮野もまた、彼女のことを親身に考えて、リハビリに勉強にと付き合っていた。今回、奈穂子の両親の希望もあって、外出に付き添うことになっていたが、まさかの展開で宮野は未だに困惑気味だった。

西京極駅に着いたとき、様々な幟が宮野の眼に飛び込んできた。「気が重いな」宮野はため息混じりに呟く。そこへ草彅もやって来た。「よう!ちゃんと来てくれたな。直に言うと絶対に断ると思ったさかい。少し悪いと思ったけど、今日は付き合うてもらうよ。」

「別に断りはしないけど、誘い方が気に入らねぇよ。」

全国高等学校駅伝選手権大会。この日は、まさにこの大会の日だった。

沿道に向かう途中、「今年の男子、福岡はどこが代表?」と福岡県出身の宮野は草彅に訪ねた。

「なんや、マジで言うてんの?」呆れる草彅。「...東南大付属福岡高校や。」何か言いたそうな草彅ではあったが、すぐに出場校を教えてくれた。「西牟田高校の連続出場が14年でストップ言うてたで。」

宮野はそれを聞いて驚いた。「そうか...」そう呟いたあと、妙に寂しい思いが過った。

「先生!来たよ!」奈穂子が叫んだ。先頭集団が宮野達の前を駆け抜けていく。冬の澄みきった空気を切り裂くように。

「ねぇ先生?」奈穂子が宮野を見上げる。「どうして走るのやめちゃったの?」

「えっ」突然の質問に宮野は驚いた。宮野は、自分が陸上部出身だったってことを、誰にも話したことがなかったからだ。

「俺が教えた。」草彅が口にした。「たまたま病院の図書室で新聞を整理する機会があって。そこで見付けたんや。《歴史的快走へ。福岡代表 戸畑大付属 宮野渚》って記事をな。」さらに草彅は続ける。「それから少し調べさせてもろうたよ。そしたら、凄いこと凄いこと!個人タイトルの殆どを手に入れた天才ランナーだったっちゅうやないか。この事を奈穂ちゃんに教えたっちゅうわけや。」

「宮野先生?」奈穂子が宮野を囃す。宮野は困惑した顔を浮かべながら、なかなか話し出せない。

「先生って凄いランナーだったんでしょ?だったら、先生が教えたら、物凄い選手が育つんじゃない?」

「宮野先生って、凄く勉強してるし、患者さんともいつも熱心に話し合ってるでしょ?私の事だって凄く真剣に思ってくれてる。」

「だから、先生みたいな凄いランナーが監督になったら世界一になるんじゃないかな。」

奈穂子の突拍子もない言葉が宮野の心を揺るがしていく。

一瞬の静寂の後、宮野は、奈穂子の目を見つめ口を開いた。

「でも、奈穂ちゃん。そしたら俺、病院やめなくちゃいけないよ?寂しくないの?」

奈穂子は一瞬うつむくも、直ぐに宮野を見つめ直した。

「寂しいけど、先生がどんなチームを作ってくれるかの方が楽しみかな。」

奈穂子の眼は凄く澄み切っていた。

ランナーが駆けていくと共に、宮野の心を風が押していく。

「私も、心臓が悪くなかったら、こんな風に走ってみたかった。治ったら先生と一緒に走りたいな。」

奈穂子の素直な声を聞き、宮野は眼を閉じた。

「...」

宮野は眼を開けながら、何かをかすかに口にする。

(もう、15年か。)

ふぅっと深く息を吐く。そして

「わかった。ありがとう。奈穂ちゃんの期待に応えれるようにやってみようかな。正直、良い指導者かはわかんないけど、今まで学んできた知識をもとに、夢は大きく、世界に通用する選手を育ててみよっかな。」宮野はどこか吹っ切れた感じだった。

「草彅。悪かったな。今まで何も言わずに。」

「別に。わざわざ聞くのもなんやし、隠し事の一つや二つくらいだれだってあるさかい。ただ、ずっと思っていた。『なぜいつもそんな悲しい眼をしているのか』とね。過去に何があったかわからんけど、思いっきりやったらえぇんちゃう。」

「はっ。そんなこと思ってたのかよ。」

「ふー。やっぱ嬉しいね。ランナーを観ていると。体の奥から沸々した物が溢れてくるよ。」


それから2ヶ月。宮野は京都を後にし、福岡へ戻った。

夢を捨て、希望も失い、それでもどこかで何かを探していた男と、希望ある未来のために懸命に生きる少女とが作り出す、短くも長い奇跡の一年が始まった。


第二話 原石

3月。宮野は熊本にいた。春風がそよぐ場所でじっと眼を閉じていた。

しばらく風の音だけが響く。


「ありがとう。背中を押してくれて。」


「誕生日おめでとう。」


そう言って宮野は振り返り、歩き始める。

とある墓地。墓標には石川奈穂子という名が刻まれていた。

帰る途中、一人の女性とすれ違う。ふと、その女性は振り返るり「あの人...」とつぶやく。春霞の中に消えていく宮野の背中を見つめながら、記憶が蘇るようだった。


福岡県北九州市に戻った宮野は、母校への就任挨拶の前に、学校の近くにある田代クリニックへ向かった。個人のクリニックとしては、様々なスポーツ分野のトレーニングやリハビリテーションが行える恵まれた場所。宮野も戸畑大付属時代の時に、何度も通っていた。そこに、同級生の藤田一馬の紹介で働けることになった。それと、院長の理解もあり、母校の非常勤講師との兼業も許された。

「一馬!」

「おぉ渚ぁ!お帰り!」

普段、あまり群れを好まない宮野にとって、藤田は適度に何でも受け止めたり流してくれたりする大切な親友だった。野球部の熱血男ということもあり、性格はやや大雑把。しかし、思考の早さは誰もが認める切れ者。藤田もまた、寡黙な宮野を「分析のしがいがある」とかで、好んで側にいてくれた。

「一馬がいてくれてよかった。無茶な頼みを引き受けてくれてありがとう。」

「なぁに。どうってことないさ!何てったってここの部署長なんだぜ俺は!」得意気に話す藤田の後ろから、「何を自慢してるのですか藤田君」と白衣姿のおじいさんが入ってきた。

「御無沙汰しています田代院長。この度は無理難題を御許しくださいありがとうございました。」宮野は頭を下げる。

「そう固い挨拶はなしだ。君の壮大な夢の実現に、微力ながら力添えができることが嬉しからね。藤田君共々、目一杯やってくれたらいい。その代わり、途中で投げ出したりすることは許さないよ。」院長はそう言いながら訓練室を後にした。

「よかったな宮野。」

「うん。凄くありがたい。」 宮野は院長の背中を見つめながら、覚悟を決める。

「で、実際のところどうなのよ。就任一年目で、低迷している母校を全国大会に導くっていう途方もない夢はよ。」藤田は神妙な顔で大和に問う。

「そうだなぁ。」宮野は少し考えながら続けた。「2、3年生については貰った資料を見て粗方整理はついた。全国まで行けそうな生徒もいる。新1年生については、大半は進路が決まっていて、なかなか思うようにはいかなかった。」

「まぁ、そうすんなり上手くいきそうじゃないってことで良いんだな。」と藤田はちょっと苦笑いして宮野を見る。宮野もまた、強がってみたものの、見透かされてるのがバレて苦笑いするしかなかった。

「でも、一人だけ。一人だけとんでもないやつになるんじゃないかって思う1年生に出会えたよ。」宮野は少し興奮気味に教えてくれた。

「一目見ただけだけど、奇跡のランナーかもしれない。バランスがとても良くて、なにより柔らかなフォームで走ってた。」

「へぇ。俺は陸上選手のことよくわからんけど、そんな凄いやつがよく他のところに行かんかったな。どこで見つけたん。」

「ん?八幡の高炉台公園。あそこで、こどもたち相手に鬼ごっこしてた。」

宮野の返答に、藤田は呆気にとられた。

「でも、冗談なしに相当な逸材だと思うよ。」


回想

「ねぇお兄ちゃん!次、鬼やって~!」

「うん、いいよ~。さぁ捕まえるぞ~!待て待て~」

(へぇ、近所の児童館の子らか?いい少年じゃん。こどもたちが好きなんだな。しかし、雨上がりでまだぬかるんでいる中、危なくないかね。)宮野は心配そうにこの風景を見ていた。ところが、宮野の視線は、自然とその少年に釘付けになった。地面を蹴った後、ほぼ真上に上がる泥。ぬかるみを気にしない身のこなし。軽く走ってるように見えるのに、あっという間にこどもたちが捕まっていく。

「あぁもうお兄ちゃん速すぎる~。」

宮野も心の中で同じ感想を持っていた。

「ねぇお兄ちゃん。高校どこ行くの?」

「えぇ?あっ、うん~。戸畑大学の付属高校だよ。」

「本当に!じゃぁ近くだ!やったやった!夏休みになったらまた来てよ~」こどもたちは大はしゃぎだった。聞き耳を立ててはいけないと思いつつも、宮野はそれを聞いて驚いた。そして、すぐにその少年に声をかけた。

「いやぁ驚いたよ。微笑ましい光景の中に、まさかこんな原石が転がっていたなんて。」

青年が少し驚いたように振り返る。

「驚かせて悪かった。俺は宮野渚。4月から戸畑大付属陸上部監督を引き受けることになってる。是非、君を全国レベルのランナーにさせてくれないか。」

身長180cmに届こうかというスラッとした少年の名は、足立康祐。


なんとか2週間以内には次話を投稿します

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