殿下の野望
閑静な住宅街、一軒の邸宅に入って行く若者は勇者養成所の制服を身に纏っている。
「ふぅ」
一つ深めに息を付く。
「無事のお戻り、祝着至極にございます」
「大袈裟過ぎる」
深々と頭を垂れる大柄な男を一瞥し、奥へと歩を進める。
「如何でございましたか?勇者養成所は?」
「まだ初日。どうとか言えない。それにしても、こんなに重い鞄など持った事がない!下々の者たちはこんなに重い鞄を普通に持ち歩くのか?」
手に持っていた鞄を無造作に置く。それを然るべき場所に運ぶ男は言う。
「この程度で何を仰られますか。この際ですから勇者養成所で身体をお鍛えになられたら如何でしょう?」
「少しだけなら…」
本音は嫌そうにそう言うと、頭に手を掛ける。すると髪の色が変わる。いや、正しくはウィッグを取ったのだ。
白金の髪の毛。肩の長さまであるプラチナブロンドの髪の毛が露わになった。
余程ウィッグが煩わしかったのか、首を数回横に振る。
「殿下、まだご油断なさらぬ方がよろしいかと」
「ここなら大丈夫だろう。それにミヒャエル、お前がいるではないか」
「はっ、されど殿下、殿下のその髪は人目に着きまする。くれぐれもご用心下さりますよう」
「分かった」
ミヒャエルと呼ばれたこの筋肉質で大柄な男、ミヒャエル・ピルサドスキーは諭すように語り掛ける。
それに対し、殿下と呼ばれた方は楽天主義のようにも見える。
「殿下、ケヴィン・ワーグナー様は如何でしたか?」
「情報通りだ。留年とは従兄弟として情けない。本当に強いのか?」
「史上最強の天才の名を欲しいままにしております」
「ミヒャエル、お前とどっちが強い?」
「報告では、昨晩も騎士団が逃げ出した、いえ、失礼しました。騎士団が戦略的撤退をした後に歩兵部隊を壊滅状態にしたワイバーンを一人で討伐したそうです。私とは比べるまでもございません」
「ワイバーン?」
「ドラゴンの一種で翼で空を飛びます。その為、討伐は困難であると言われております」
思わず顔をしかめる。
「邪魔か」
「従兄弟なのですから味方に引き込めないでしょうか?」
「十年も会っていない従兄弟よりも、何かと縁のある養成所の方が大事かもしれない」
吹っ切れたように口元が緩む。
「ミヒャエル、むしろ好都合だ!」
そんな言葉をぶつけられたミヒャエルは首を傾げ困惑している。
「分からないか?」
「はっ、恥ずかしながら」
「史上最強の天才がいても守りきれなかったとなれば、どうなる?」
「殿下…」
「史上最強の天才勇者、ケヴィン・ワーグナーが守っても王太子である私は死ぬのだ!」
見苦しいくらいに興奮している。
「死ぬ為に勇者養成所に入ったのだ!これで死ぬる!」
「御意」
視線を投げられたミヒャエルは頭を垂れて答えた。
一方の王太子はますますテンションが高まっていた。
「はっはっはっ!ゴワウプ!」
最後は言葉になっていない。
事情を知らない第三者がこの場を見た場合、どう間違えてもこの奇声を発した人物が王太子であろうとは思わないだろう。
「死ぬぞ!ウォー!」
「殿下…」