許嫁
五年くらい前に年上の許嫁と会ったが、確か喧嘩別れして、破談になった事は記憶している。
「エリーゼがその時の?」
「思い出した?」
「破談になったんじゃ?」
「貴方がそう思っているだけよ!」
段々と思い出す。見合いで細かい原因は忘れたが、お互いに譲らずに口論になって破談だった筈だ。
「お父様ったら貴方を更に気に入って、絶対にケヴィン殿でなければ!って聞かないの」
「それ、俺の親は知ってるか?」
「当たり前でしょ!許嫁なんだから!両家の合意が有るに決まっているでしょ!」
エリーゼは先程からずっと強い口調だ。酒場にいたエリーゼとは別人の様だ。
記憶を手繰ると確かに見合いの席には、綺麗だけど気の強い令嬢がいた。
あれが、こうなるのか。
「あの、貴女がケヴィンの許嫁ですか?」
「そうよ!ごめんなさいね。夫の相手をしてもらって」
「え?」
「でもこれからは本妻の私が来たから、もう大丈夫よ!」
「大丈夫って、何がですか?」
「安心して、私が貴族としての人脈で最強の弁護団を結成するわ!死刑にはさせない!無期懲役か、40年くらいの懲役になると思うけど、生理が上がった頃に出て来れるわ!」
「そんな!」
「出所してからの生活も心配しないで!私達の孫の世話は前科者には任せられないけれど、何か違う仕事を用意するわ!」
「あ、あの」
「あ、その時は遙か昔の知り合いだからって主人の事を気安く呼ばないでね。他の使用人同様、主人は旦那様。私を奥方様って呼ぶのよ」
「知り合いじゃありません!」
「元カノって言いたいの?」
「許嫁って言っても、キスもしたことないんですよね?」
クララが強い口調で反撃を開始した。それを言うか!
「私達貴族は結婚相手には慎重なの。それに貴族が平民の小娘を揶揄って遊ぶのは良く有る事よ!ありがとう、私の旦那様の練習台になって下さって」
「なんですって!貴女なんかと結婚したらケヴィンが苦労するわ!」
「ご心配なく。私こう見えて三歩下がって着いていくタイプよ。私も貴族ですから、その辺の礼儀作法は心得ておりますわ」
エリーゼは挑発しつつも、クララの様子を伺っている様に見える。
「もう少しね。貴方も畳み掛けて」
エリーゼは俺に近付き、そう呟く。何か企みが有る様だ。乗るか。
それにしても俺、間抜けだな。まるで浮気現場に踏み込まれたみたいだ。
「クララ、残念だが美貌、家柄、実力、教養、お前がエリーゼに勝てる物は一つも無い!」
「ケヴィン…」
クララを崖下に突き落とす様な台詞だと思った。心苦しいがクララを追い詰めなければならない。
「そうよ。私達は春には花を愛で、夏は」
「もう、やめて」
「私達夫婦は愛し愛され生きるのよ!貴女は塀の中で、臭い飯食べてタンスでも作っててね!」
「…や…め……ろ……」
クララの雰囲気が変わった。仮面を被っていた時と同じ雰囲気になった。
「やっと出て来たわね」
「エリーゼは知っていたのか?」
「当たり前でしょ!」
三日前にあれだけの傷が有ったのに、下手な治癒魔法よりも綺麗に治っていた。あの様子からするとクララが自分で治癒魔法を使ったのではなくて、仮面の力なのだろう。
という事は、相当量の闇の力がクララの体内に取り込まれている筈だ。
エリーゼはクララに黒い感情を湧き出させ、それを吐き出させる為に挑発していたという事か。。
「どう?旦那様の元カノの面倒まで見るなんて、出来た嫁でしょ?」
「ああ、お見逸れしました」
こんな状況なのに茶目っ気たっぷりに言うエリーゼのお陰で気負い過ぎずに済む。
目の前には仮面こそ被っていないが、その闇の力に支配されているクララがいる。
クララが持っていた魔剣は既に押収しているので、レオニー相手に使っていた普通の剣をその手にしている。
「エリーゼは下がっていてくれ!」
「嫌よ!」
「三歩下がるタイプじゃなかったのか?」
「だってこれは、夫婦として初めての共同作業よ!」
一瞬、二人でダルシャーンを手に取るのかと思ったが、あり得ないだろ!
「エリーゼ、ここは俺に任せてくれないか?」
「はいはい、夫を立てますよ!ちゃんと女関係を綺麗にしなさい!」
誤解招く言い方はよせ!




