月が綺麗ですね
「冒険者もそろそろかなって思っているの」
何杯目かのグラスを傾けながらエリーゼが呟く。
「A級冒険者なのに?」
「親からも、いい加減に嫁に行けってプレッシャーだし」
王国では十五歳で成人となる。その為、特に女性は十代後半で結婚する者が多く、二十歳なんて結婚適齢期も後半である。
「とりあえずイイ男に出会う為には堅い仕事に就こうと思って王都に来たら、キミに出会ったのよ」
「それじゃ、王都に着いたばかり?」
「ええ、王都で初めて会った男がキミ、ケヴィン・ワーグナーよ!」
エリーゼは俺の名前を口にする所で、驚く俺を見つめ直す。
「まぁ付き合う云々は兎も角、キミとこうして並んでお酒を飲めるなんて思わなかったわ」
「俺の事を知っている口振りだけど?」
「噂を聞いただけよ。初代勇者、フリッツ・ワーグナーの息子は父を超える天才、史上最強の天才だってね!ワーグナーってファミリーネーム、その若さと強さ、それってキミで間違いないでしょ?」
「そんな噂が有るのか?」
「だって派手に魔物を狩りまくっているんでしょ?噂くらいたつわよ!」
酒が急に不味くなりそうな話だ。もっと不味いのは俺の素性もすっかりバレてるって事。
噂になるって、デメリットが多そうだ。人の噂も七十五日、暫くは大人しくしておくか。
「エリーゼはまずは王都で職探しか?」
無理矢理話題を変えた。
「そう、でも良い仕事が無かったらワーグナー家のメイド見習いで雇ってね!」
「オイオイッ、イイ男との出会いは無いぞ!」
「あら、素敵な若旦那様がいらっしゃるじゃない!」
エリーゼはウフフと笑って言った。こういうやり取りは正直楽しい。
エリーゼ・バーンスタイン、何とも言えない魅力を感じる。エリーゼみたいな女性を、大人の女と呼ぶのかも知れない。
「もう看板なんですが」
どのくらい時間が経ったのか?
酒場のマスターが恐縮しながら言ってきた。
「あ、そう!ケヴィン!次行くわよ!」
「エリーゼ、とことん行くぞ!オヤジ、取っとけ!」
酔って気が大きくなった俺は金貨をマスターに放った。よく覚えていないが、俺もエリーゼもかなりの酒を飲んだと思う。
でも金貨を渡しておけば足りるはずだ。
「釣りなんか要らないからな!エリーゼ、行くぞ!」
「お供しますよおう!」
俺とエリーゼは酔っ払いのお約束通り、肩を組んで酒場を後にする。
ネクタイをしていたら頭に巻いていたかも知れない!
外に出ると意外な光景が広がった。
「何これ!もうやっている店が無いじゃない!」
「それじゃ、お開きだな」
「イヤー!まだまだ飲むのぉ!」
駄々っ子か!
「宿屋まで送るから、また飲もう!」
「絶対よぉ」
俺達は千鳥足でエリーゼの宿屋まで向かう事にした。
「見てケヴィン、月が綺麗ね」
「そうだな」
「もう、鈍いわね!今のは口説き文句よ!」
「エリーゼ、月よりもあっちを見ろ」
人通りのない通りを男が一人だったり、二人や三人連れで歩いて行く。全部で二十人くらいか。
「どうかした?」
「こんな時間にあの人数が全員同じ方向、違和感を感じる」
「まさか盗賊?」
「かもな。行ってみよう」
歩き出そうとする俺の袖をエリーゼが引っ張る。
「どうした?」
「そんなに酔って行くつもり?はい、あーんして!」
「あーん」
思わず言われるがままにしてしまった。あまり人には見せたくない姿なんだろうな。
「どう?」
エリーゼは酔い覚ましにも応用出来る解毒魔法を使ってくれたようだ。
なるほど、確かに酔い覚ましになった!
「エリーゼ、良いな、これ!」
「へしょ」
「でしょう!」と言いたかった当の本人は自分自身に解毒魔法を掛けている最中だ。
「月が綺麗ですね」
「まぁ、ケヴィン様ったら」
宝石商の館の前でわざとらしくイチャつく俺達を、二十数人の黒尽くめの男達が睨み付けている。
「何だこいつら。男は殺せ!女は上玉だ!生け捕って仕事の後に連れて行くぞ!」
「ですって、ケヴィン様」
「エリーゼさん、僕は二十人」
「あら、私だって最低十人は譲れないわ」
盗賊の頭目らしい男は首を傾げる。
「まさか俺達と戦うつもりか?」
「戦うんじゃない、退治するのよ!」
「お前ら、もっと人数揃えろ!あと六人くらい!」
「ふざけるな!お前ら!」
「あと一つ、訂正を求めるわ。私は上玉じゃないの、特上よ!」
憤慨する推定レベルD級の頭目に、エリーゼは凍てつく様な視線で言った。
捕り物は呆気ない。相手が弱すぎて。
俺は十四人、エリーゼは十人倒した。
全員生け捕りで一人も殺してはいないのだから、さすがA級!エリーゼの腕は大した物だ!
特に急所から刃一枚だけ外して突く技術は相当なものだ!
もう四月も終わりだ。
月明かりの下、初夏の訪れを思わせる風に微笑むエリーゼの髪が靡いていた。




