ルール変更
「ここにいましたか!」
俺達三人がいる通路に響き渡るダミ声、その主はフィンケ先生だ。
「先生、今行きます」
この先生に余計な事は言って欲しくない。その一心から、近付く事を制する様に言い放った。
「もう試合の時間という事もありますがケヴィン君、理事長がお呼びです」
「理事長が?今ですか?」
「ええ、すぐに行った方が良いと思いますよ」
「分かりました」
そう答えて、今度はマリーとルイーザの方を向く。
「行かなくてはならなくなった。ルイーザ、やれるだけやれ!そして危なくなったら降参しろ!今はまだそれでいい」
ルイーザは黙って頷く。
「マリーなら勝てる!だけと万が一の時は」
「ケヴィンにお尻を持たれるのですよね」
マリーは耳たぶまで赤くして俯いて答える。
面倒くさいからこのまま話を続ける。
「そうならない様にがんばろう!でもマリーも身に危険を感じたら引いてくれ!」
「分かりました」
マリーにもルイーザにも、優しく語り掛けたつもりだ。
「あと、それから」
大事な事だからしっかりと言っておかなければ。
「二人共ちゃんと防具を付けて揺れない様にしろよ、胸が!」
「言わないで下さい!」
爽やかにアドバイスしたつもりだったが、胸を強調すると顔が真っ赤なマリーに怒られる。
今のマリーには、鶏の胸肉って言ってもダメなんだろうな。
「ケヴィン、私は何も出来ないかもしれないけど、最低限の意地は見せる!それで駄目なら素直に降参するよ」
ルイーザが素直に言った。大きな前進だ。
「そうだ、ルイーザ!」
ルイーザはただ頷く。
「二人共、行ってこい!」
「うん」
「はい」
二人はハッキリ答えてステージに向かう。
その背中を見送ると、踵を返して理事長の元へと急いだ。理事長は闘技場全体を見渡せる専用の席にいる。
「お呼びですか?」
「E組は勝てそうか?」
「勝てると思います」
即答する。
「E組が負けて無くなればお前だけは特例で二年生に上げると言っても、お前はE組を勝たせるのか?」
「はい!E組の一員ですから」
「そうか、ならば何も言うまい」
理事長は納得した様に言った後、続ける。
「E組の実力だが、見た限り必ずしも低いという訳ではなさそうだな」
「ええ、レオニーとフィリップはB組の実力が有ります。だからこそ、クラス編成に疑問を抱きます」
理事長は考え込んでいる。そんな理事長に、俺は更に続ける。
「もう始まる第六試合のルイーザは素人ですが、第七試合のマリーもC組上位の実力が有ります」
「第七試合?ケヴィン、お前は聞いていないのか?」
理事長は意外そうな表情では聞いてきた。何の事だか見当がつかない俺は、思わず聞き返す。
「何をですか?」
「第七試合は無くなった。第六試合を二人ずつ、二対二で戦う事に変更になった」
「ヴえ!」
何て声を出しているんだよ、俺!
でも驚かずにはいられない。
「エンゲルスの申し出にフィンケが応じたそうだ。馬鹿な男だ」
本当にバカだと心の底から猛烈に思う。
エンゲルスがわざわざ申し出るなんて、その方が勝算が有るからに決まっている。
でなければわざわざE組に頼む訳が無い!
そもそも、E組はあと一つ勝てば勝利なのに、何故にそんなルール変更を認めるんだ!
「でも、そのルール変更には理事の承認がありません!無効の筈です!」
「ケヴィン、当人同士が認めればルール変更は可能だ。この場合はエンゲルスとフィンケが当事者となる」
何度でも言う、本当に馬鹿だ!
「聞いた話ではC組は双子が出て来るそうだが、勝てるのか?」
「んな訳無いでしょうが!」
生まれた時からずっと一緒の双子のコンビネーションに、片方は素人の俄仕込みのコンビが勝てる要素はまず見当たらない。
「おじさん、もし本当にE組が負けた瞬間にこれを」
俺は書面にサインして理事長に手渡した。出来れば使いたくなかった切り札である。
もちろんマリーとルイーザには勝って欲しいが、セーフティーネットは欲しい。
「それでは、セコンドに戻ります」
「そうか、E組が負けたらお前一人でC組全員と戦う延長戦か。間違いなくお前が勝つだろうな」
理事長は俺の渡した書面に目を通して呟いた。
「二人の理事の署名が有るから、ルール変更は可能だが」
「そうならないようにします。出来れば自分自身の手で勝利を掴んでもらいたい!」
ステージにはルイーザとマリーが上がろうとしていた。




