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弁当

「それでは授業を始めます。昨日の続きからですね」


 昨日まで停学してたから授業で何をやったのかは知らないが、恐らく問題ないだろう。

 それにしても続きって何だろう?

 座学という事は、戦術か?魔法理論?魔物については、時期尚早だと思うけど。


「昨日の続きで、食べられる野草についてです」


「!」

 フィンケ先生の指導方針に文句を言うつもりは無い。

 そういう事も大事な事なのは知っている。

 でもそれは山に実習に行って、実物を見た方が良いと思うし、今やるべき事ではないだろう!


「先生、それはちょっと違います」


 案の定、山で育ったアンナに突っ込まれた。


「あっ、先生間違えました!」


 大声で戯けるフィンケ先生を見て、皆は笑う。

 クラスは和やかな雰囲気だが、これで良いのだろうか?


 二時間目の授業が終わった。

 チラッと見たが、真面目にノートを取っているのはマリーくらいで、あとは適当にしか取っていない。


「授業っていつもは何をやっている?」


 近くにいたアンナに聞いた。


「あっ、ケヴィンさんは……、ケヴィンは本格的な授業は今日からだからね。いつも大体こんな感じよ。昨日は野営した時の食料の調達ね」


「そう、その前は魔物に見付からないダンジョンからの脱出方法ね」


 アンナの答えにエマが補足する。

 何だか、気が重くなってきた。


 そういう事も冒険者に取っては必要な能力だと思うんですよ。

 でもそれって初っ端に座学でやる事じゃない!

 フィンケ先生の面目を潰したら学級崩壊になりかねないし、難しいな。


 結局、午前の授業は野草で終わる。

 タンポポが食べられる事は、もういい。

 次もそんな事なら、ちょっと言おう。面目を潰さない程度に。

 とりあえず昼飯食べて、対策を考えるとするか。


「ケヴィン、お昼はどうするの?よかったら一緒に食べない?」


 声を掛けて来たのはアンナとエマだ。その後にはレオニーとフィリップもいる。


「みんなは昼御飯はどうしてるんだ?」


「私とフィリップはお弁当を持って来てるの。アンナとエマは寮住まいだから購買ね」


 レオニーが鞄から弁当を取り出しながら答える。

 養成所には地方出身者等、事情で実家から通えない生徒の為に寮が用意されている。

 実家から通う者は弁当持ちが多いが、寮生は全員が購買でパン等を買っている。でなければ、外食となる。

 この養成所、昼食の為に外に出る事は認められている。


「弁当を持って来ていないから、これから外の定食屋に行こうかと思っていたんだ。購買は出遅れると不人気のパンしか残っていないからな」


「お弁当は持ってこないんだ?実家住まいでしょ?」


 エマが意外そうに聞いてきた。


「ああ、ウチは弁当はちょっとダメな家なんだ」


 去年は最初の弁当では失敗した。

 あれは一年前、苦い記憶だ。


 俺の母親は先代の国王の第十四王女だった。

 十四王女でも王女は王女。

 嫁ぐ際には身の回りの世話をする者が漏れなく付いてくる。

 その中には婆やもいた。


 あれは養成所に入ってすぐだ。その日から授業が始まるという日の朝、朝食を食べている俺に婆やが尋ねてきた。


「ケヴィン様、養成所での御昼食はいかがなされる御積もりでしょうか?」


「適当にやるよ。例えば購買でパンでも買うとか」


「なりません、ケヴィン様!それでは栄養が炭水化物しかないではありませんか!」


「婆や、どうしろと言うんだ?」


「少々お待ち下さい」


 そう言うと婆やは、つかつかと厨房に向かった。


「すぐにケヴィン様のお弁当を用意なさい!」


「そ、そんな、すぐに作れなんて無理ですよ。せめて昨晩の内に言って頂けないと」


 婆やは極めて理不尽な事を、さも当然とばかりに強く言う。

 しかしさすがに料理人も慌てて言い返した。


「お黙りなさい!ケヴィン様は購買でパンを買うなどと仰っているのですよ!お前たちの仕事を増やすまいというケヴィン様のお優しさに甘えてばかりで、恥を知りなさい!」


「でも、準備が…」


「いいですか、ケヴィン様が仰らなくても使用人なら察しなさい!何年お側にお使いさせて頂いているの!」


 使用人の上下関係は軍隊より厳しいかもしれない!

 そして、ワーグナー家で婆やに勝てる人間はいない。

 でも、別にどうしても弁当が欲しい訳じゃないんだけど、婆やに火が付いてしまったら、もう誰も止められない。


「ケヴィン様、お昼までにはお届けに上がりますので、ご安心なさって下さい」


 婆やが微笑んで言った。その後には俄に慌ただしくなった厨房が伺える。

 一抹の不安を覚えつつ登校し、昼休みとなり、その時が来た。


「ケヴィン様、御昼食をお持ちしました」


 婆やは来なかったが、数人の使用人が教室まで届けに来た。

 そこには十数人でパーティーを開けるくらいの料理が広げられ、黙々と用意を進める使用人を、クララが呆然として見ている。


「何これ?」


「よかったら一緒に食べないか?」


 それがクララと交わした最初の言葉だった。

 もちろん他のクラスメートにも振る舞い大好評であったが、帰宅後すぐに婆やに、皆と同じ物を食べるからもう弁当は要らない旨を伝えた。


「ケヴィン様、下々の者と同じ物をお食べになり、下々の者に寄り添おうなど、何とお優しい!」


 それ以来、二度と弁当は頼んでいない。

 って言うか、あれは弁当ではないだろう!


 以上、弁当の思い出でした。

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