勝負の行方
攻撃に転じてクララの気をこっちに引く。守らせて攻撃を封じたとしても、一回でも無詠唱の魔法を魔法障壁無い女子にでも使われたら終わりだ。
何も無い限り、クララは女子には攻撃しないと思うが。
しかし、クララが俺との間合いを取りながら次の標的にしたのはマリーだ。
今度は剣圧ではなく、直に斬りかかる。
まさか女子に斬り掛かるとは思いもしなかった!マリーへの距離はクララの方が近い。
「マリー、避けろ!」
俺は咄嗟に右手をマリーに向けて無詠唱の氷結魔法を使う。氷柱だ。
マリーが一秒前まで居た場所に数本の太い氷の柱が立ち、クララとマリーを隔てる壁となる。
「流石ね、ケヴィン!」
クララは楽しくて仕方ないといった表情を浮かべる。
「でも、貴方が教えてくれた技でこれを切るわよ」
クララの剣が不気味に赤く光る。紛れもなく剣に炎属性の魔法を纏わせている事が分かる。
「炎撃剣」去年、俺がクララに教えた技だ。俺はさっき剣圧で飛ばしたが、クララはそのまま切るつもりだ!
こんな時に出してくるとは。やるな!
クララが一閃すると氷柱は上半分が滑り落ちる。遅れて、プシューとけたたましい音と水蒸気に辺りは覆われる。
だが、俺はクララの位置も、これから何をするのかも分かる。
その逆も然りで、クララも俺の事が分かる筈だ。
剣を構えて向かった先にはクララが俺を待っていた。
ここからは小細工無しで剣を合わせる事になる。
『クララ、腕を上げたな』
『ケヴィンと渡り合える様に頑張ったのよ、私』
声など出さなくても通じ合う。これが剣で語るという事か。
『こうでもしないとケヴィンは私との対決に応じてくれないから。E組の皆には悪いけど』
『クララ、そこまでして』
『でもケヴィンには勝てそうもないわ。こうして直に剣を合わせると分かるよ。ケヴィンはまだ私を斬るつもりにはなってないでしょ』
『クララだって本気じゃないだろ。お前が本気なら、カール達への二度目の火球で彼奴らは丸焦げになって終わっていた筈だ。』
本当にそう思う。クララの火球なら魔法障壁を躱してカール達を焼く事が出来る事は俺が一番知っている。
それも俺がクララに教えた技だからだ。
『まぁ一応はかわいい後輩だからね。それに彼等を焼く事が目的じゃないし』
『ここまでして俺と闘いたいのか?』
傍目には火花が散る無言の鍔迫り合いが続く。
『これは私が自分自身に課した試験なの!』
『試験?何の試験だ?』
『卒業試験よ。貴方からの卒業試験』
『何?』
『トーナメントの決勝戦をケヴィンが辞退した時には、悔しいやら悲しいやらで百年の恋も覚めたつもりだったけどくすぶってた』
クララは必死な表情を変えずに撃ち込んで来る。
『あれから勇者として猛特訓して、引き摺ったままじゃダメだって思ったの。だからケヴィンから卒業しなきゃ』
『勇者としての覚悟を決めようのか?』
『そうよ。でもやっぱりケヴィンは強いわ。こうして剣を合わせると分かる。二人で稽古した時に一度だけ本気のケヴィンを見たけど、覇気が全然違うもの』
『あれはクララを魔物の群れから守るのに必死だだったからな』
よく覚えていたな。二人で山に特訓に行った時の事だ。
クララに実戦練習をと思って魔物を誘き出したら、予想以上に強い魔物、確か狼の魔物の群れとか、ワームドラゴンとかを立て続けに相手にして、兎に角忙しかった事を思い出す。
あの時はクララを守らなきゃいけないから 必死だった。
『クララは立派な勇者に成れる!俺が保証する!』
『ありがとう』
『礼を言うのはこっちだ。E組の連中に俺の実力を見せて、俺がクラスに馴染める様にって、してくれたんだろ?』
『ケヴィンが留年なんかしたのは何か言えない理由が有るって分かってる。だから私は聞かない。でもケヴィン、多少は本気を出して欲しかったな』
『すまん!クララ相手にE組の連中を守るには剣で打ち合って時間を稼ぐしかなかった。それに俺、よく考えたら人間相手に本気出した事が無かった!』
『それじゃ人間初ね。私に本当の力を見せてよ、ケヴィン』
『分かった。クララ、俺の本気を受け止めろ!』
俺は全身の気を剣に込める。本気で向き合う事がせめてもの気持ちだから。
「クララ、これで終わりだ!」
敢えて声に出す。
俺の渾身の一閃は、受ようとしたクララの剣をスパッと難無く切断し、その勢いは留まる事なくカール達を覆っていた魔法障壁を粉砕し、教室の壁を突き抜けて行った。最終的に何処まで行ったのかは知る由もない。
E組の教室は衝撃波で教室の窓やドアが全てが吹き飛んだ。
結局クラスメートは全員が気を失い、無事なのは俺とクララだけだった。
「勝った?」
キョロキョロ周囲を見渡したクララは、鳩が豆鉄砲を喰らった様な表情で確認をする。
勝負のルールは、E組のクラスメートが怪我をしたら俺の負けだった筈だ。
そして、クラスメートは全員が衝撃波で何らかの怪我をしている。
「俺の負けだ!」
そう宣言して、改めてクララの正面に立つ。
「クララ、卒業おめでとう」
「あっ、ありがとう」
クララはそれだけ言うと、クルリと背中を見せた。その背中が震えている。
その時、教室を出て行ったままだったルイーザが戻って来て、当たり前だが驚愕していた。
それに対応していた俺はクララが呟いたことを聞き取れなかった。
「さよなら、私のケヴィン」




