クララ襲来
翌日
今日からのE組での対応を考えると憂鬱だが、とりあえずは行かなくてはならない。
足取り重く、教室にたどり着く。
取り敢えず、廊下から教室を覗いてみた。
案外、和気藹々とやっている。
それじゃと俺が教室に入ると空気が一変する。
「おっ、おはようございます」
「おはようございます。ケヴィンさん」
「おはようございます。ワーグナー先輩」
出迎えてくれたクラスメートは皆余所余所しく、すっかり年長者扱いだ。
自己紹介した訳でもないのに名前を知っているって事は、何処からか情報を仕入れた様だ。
それがどんな情報なのか?皆が遠巻きに見て、誰も直接は話し掛けたりはしない事から、あまり芳しくない情報らしい。
それならば、こちらも距離を置いてクラスメートを観察してみる。
山村出身のアンナと漁村出身のエマが談笑している。山と海で気が合うのか?
銀髪の短髪のカールと、酒場の息子のハインツ、それに名前は忘れたが農家の息子でデカいのがトリオで話している。
この三人、気が合いそうだ。
剣が得意だと言うレオニーは何と目立つフィリップと話している。案外、絵になるニ人だ。
一人でいるのは、長身のマリー、尖っているルイーザ、男子ではこれまた訳ありそうなオリバーだ。
「おはようマリー。この養成所で分からない事が有れば聞いてくれ。二年目だから大抵の事は知っているから」
マリーは緊張が解けていない様なので自嘲気味に話し掛ける。
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
それだけ言うのが精一杯って感じだが、それだけでも何となく品の良さが伝わる。
マリーの場合、俺が留年しているから余所余所しい訳ではなく、誰に対しても同じ様だ。
昨日、理事長に渡された資料によればマリーの父親は怪我と派閥争いで追われた元騎士だと言う事。今はすっかり落ちぶれていて、売れない画家らしい。
父親が騎士のままなら貴族に準ずる身分だったが、平民となった自分の立ち位置に戸惑っているのだろうか。
「おはようルイーザ。何か困った事有れば言ってくれ」
次にルイーザに話し掛ける。
「ありがたいけど、金が無いのはどうにもならないだろ」
ルイーザはぶっきら棒に言い捨て、教室の外に出て行ってしまった。全く取り付く島もない。
資料では、貧民街の出身で十二歳までは孤児院にいたそうだ。その後の三年間は住み込みで働いていた。
五歳下の妹が一人いる。親のいない子供は十二歳までは孤児院に居られるので、ルイーザは養成所の寮に入り、妹とは離れて暮らしている。
母親は男と蒸発したとルイーザ本人が入所試験の面接で言っている。
彼女の事情に深く入ると地雷を踏みかねないから、要注意だ。
「おはよう、オリバー」
「何か用ですか?」
おいおい、少しは言葉のキャッチボールをしようぜ!
「分からない事は聞いてくれ!」
「じゃあ、何で留年したんですか?」
…こいつは喧嘩売ってる?
いや、怒ったらダメだ。かといって本当の理由を言う訳にもいかないし。
何て思案していると、何だか外が騒がしい。
「ケヴィン!ケヴィン・ワーグナー、いるんでしょ!」
俺を呼ぶ声の主は二年生の勇者、クララ・マリッチ。
二年生の女勇者の登場に周囲は響めいた。
制服に身を包んでいるが、腰には太刀をぶら下げている。
「勝負よ!貴方に勝たないと気分良く勇者のカリキュラムは受けられないの!」
「俺はクララと闘うつもりは無い!」
「貴方に無くても私には有るの!不戦勝で勇者になった身にもなってよ!」
クララは強く言い放つ。その迫力に周囲の者は沈黙を守るしかなかった。
何しろその殺気が凄まじく、E組の生徒たちは圧倒されていた。
「クララ、勝負っていつ、何処で、どういう勝負だ?」
俺は何とか宥めようと敢えて落ち着いて聞く。
「今、ここで、剣と魔法を使って!」
変わらずに強い口調だ。
「今、ここで?」
「そうよ。ちょうど貴方のクラスメートがいるじゃない。今から五分間、私から彼等を守れたら貴方の勝ちでいいわ」
「俺とお前の勝負に他人を巻き込むな!」
「こうでもしないと貴方は私と闘わないじゃない」
クララは終始、俺を睨みながら言った。次に周囲を見渡す。
「あなた達はどう?勇者の剣なんて滅多に受けられないわよ!もちろん、チャンスが有れば私に攻撃していいのよ!」
クララの言葉にクラスメートは色めき立つ。一応は腕に覚えがある連中だからな。
「俺達は是非ともお願いします!」
カールが代表して言った。
「私も是非!」
今度はレオニーが女子を代表した。
「分かった!クララ、彼等に話しておく事が有るから少し時間をくれ!」
「いいわ!せいぜい勇者を相手にする事の恐ろしさを教えておいて。元勇者候補の留年さん!」




