駅のベンチで空いている席
この世には、死んだ人が見える人と、見えない人がいるそうですね。
「よぉー、待った?」
俺は息を切らせながら駅の中に駆け込む。そして間髪を入れずに待ち合わせ用に用意されている電光掲示板の前で、待ちくたびれた顔をしている彼女にちょっと大きめに声をかけた。
「遅いわよ、シュン。あなたったらいつも遅刻するんだからー」
「めんごめんご、ちょっとバスが遅れちまってさ」
俺は、腕を組んで少し怒り気味なミカに向かって思いっきり頭を下げる。
「まったくー、毎回待たされる身にもなってよね。待ち続けるのって結構体力使うのよ」
「ミカ、それならベンチに座って休んでいればいいだろう?」
俺は汗をぬぐいながら、改札前のベンチを指さす。
「何言ってのシュン。駅のベンチなんていつも誰かが座ってて、若い子は座れないのよ」
ミカは、俺が指さしたベンチを見ながら少しイライラした感じで答える。
「あれ? さっきはベンチに空きがあるように見えたんだけどな」
俺は、自分で指さしている駅のベンチをあらためて見渡す。そこには品の良さそうな和装の年老いた女性が座っていた。
俺たちは改札を通って高架駅のホームに向かって階段を上がる。
「ほら、ミカ。あそこ空いてるぜ」
俺はさっきの失点を取り返そうとして、階段を登り切ったホーム横にあるベンチを指さす。
「どこよ、シュン。空いてないじゃん。あんた目、大丈夫?」
「あれ? ホントだ。おっかしーなー。だってさっきは一人分空いていたんだけど」
俺はちょっと不思議な気分だった。確かにそこには青白い顔をして疲れたオッサンが座っていた。
「さあ、早く電車に乗って座りましょう!」
ミカはそう言いながらホームに入って来た電車の方に向かって歩き出した。
――
「あー、疲れたなあ。ミカ買い物しすぎだぜ。なんでアパレルショッピングなのに終電になってるんだよー」
俺は、ミカのお気に入りアパレルショップの紙袋を両手に抱えて、すこし疲れ気味につぶやく。
「ハアぁー、何言ってんの? アンタが遅刻したせいでお気に入りの服がタッチの差で買われちゃったんだからね。だからその後憂さ晴らしのために飲み食いしてたんでしょっ!」
電車が駅に到着して扉が開くと、ミカは少し大股になって俺を置いていくように肩で風を切りながらホームに降りる。
と、突然立ち止まる。
そして、俺の方を振り返って手で口を覆いながらひそひそ声で聴いてきた。
「……ねえ、あのオッサンてさー、今朝も同じ場所に座ってなかった?」
ミカはけげんな顔をして、高架ホームの階段そばに設置されているベンチを目で示す。
でもごめん、
―― 彼女が目で示しているベンチには、誰も座っていなかった ――
「そ、そうかな。他人の空似じゃね? 終電間際のホームのベンチなんて、酔っ払いのオッサンがいるの普通だぜ」
俺は出来る限り平然としながら、怯えているミカに答えた。
そして、アパレルの紙袋を持つ手で彼女の腕を引っ掴んで、階段横のベンチを極力見ないようにして階段を駆け下りた。ベンチの横を抜ける時に、誰かが俺をじっと見ている気がして首筋がぞくりとしたのは絶対に気のせいだ。
……
階段を下りて改札を抜けた時に、ミカは俺の方を半ば泣きそうな顔で振り返る。ミカの顔は死人のように血の気が失せていた。
彼女の眼は『自分の背後にあるベンチを見て。品の良いおばあさんが見えるよね!』と必死に訴えかけていた。
でもごめん、
―― 彼女の背後に見えるのは、誰もいないベンチだけだった ――
幽霊は寂しがり屋だそうですね。
自分が見える人がいると、嬉しくていつまでもそこで待っててくれるそうですね。